第4話 フェイクラントとして

 クリスと別れた後、俺はエミル宅の前に戻り、ちょうどいいサイズの岩に腰を下ろしている。

 焚き火などしたこともないハズだったが、フェイクラントの記憶があるからか、慣れた手つきで薪に火を点けられた。

 肝心の火はポケットに火打ち石が入っていたので、それを使った。


 彼女と話したことがきっかけだったのか、そこから蛇口をひねったように情報が出てくる。


 ──状況を整理しよう。

 俺はどうやら異世界に来てしまったらしい。

 それも現実にあったゲームの世界と酷似している世界に。

 原因は不明。

 改変がどうだのとあった気がするが、よくわからない。

 物語ではよくあるチート能力やハーレムなんてものはない。

 ……あるとするなら、この世界の同類である無職キャラ、フェイクラントの記憶と、恐らくゲームと同じ運命を辿るかもしれないというエミルの行く末の情報。

 今のところ役に立ちそうなのは焚き火の起こし方と、この辺で釣れる魚情報、あと食える野草の見分け方……。サバイバーかよ。


 こっちの世界での俺の名前はフェイクラント。

 フェイの記憶が全て正しいならば、無職童貞で恋愛経験皆無。

 家族の思い出などは無く、出身不明でプレーリーの教会で孤児として育てられた。

 プレーリーは辺境の村だからか、この国内で子を育てられないと判断した親がこの村に捨てに来る。

 クリスもその中の一人で、フェイクラントとは兄妹のように育った。


 この村自体、孤児だった者がそもそも多く、成人した者は農家や冒険者などに成長し、教会を支援している。

 貧しいが、思いやりのある優しい村だ。

 最強ニキであるベルギスはそんなプレーリーのことを知って、よく支援してくれているらしい。

 もっとも、彼の目的は攫われた母の行方を探すものなので、ついで程度だろう。その情報はフェイではなく元の俺の記憶だが。


 しかし、俺とフェイはどこか似ている……。

 コイツも教会から出る際に「冒険者になる!」と意気込んでいたらしいが、あまり上手くいかなかったのか、すぐに帰ってきてグータラの日々。

 レベルが6と微妙に上がっているのは、一応頑張っていた時代があったからだろう。

 ……きっと、理想と現実が違いすぎたのだ。

 現実に絶望し、夢を諦め、村に帰ってきてからは酒やキツめの薬に手を出す記憶がある。

 まぁ、……クズだな。

 俺と同じだ。働きはしたものの辛さに仕事を辞め、ネットとゲームに熱中する日々。

 俺にはよくわかるよ、フェイ。社会って難しいよな。


 ちなみに、俺(フェイクラント)には家がない。

 プライドが高いのか教会に帰るのも嫌なのだろう。

 焚き火を焚いて野宿している記憶ばかりだ。


 たまに教会のボランティア活動や、村人の手伝いをしているらしく、そこで食べ物をもらったり、あるいは釣りや野草を取って生きている。

 ……前の俺なら絶対に無理だと思ったが、意外にも嫌悪感は少ないのはフェイクラントの記憶があるからだろうか。

 元の世界のほうがマシとも思ったが、プレーリーはそんなフェイでも受け入れてくれているっぽい。

 うん、異世界に来ても背景村人とか状況変わらねぇ! 寧ろ家すらも無くなってホームレス!

 と嘆きたい気持ちはあるが、まだ終わったわけじゃない。


 なにせ、モブキャラといえど、俺が今いるのは憧れの異世界だ。

 アルクロをクリアした俺には、この世界の攻略本があるようなものなのだ。

 あと、クリスという可愛い幼馴染がいるのはポイント高い。


 ちなみにクリスとの思い出は──

 彼女は教会から出た後、最初は魔術の才能もあるということで冒険者になりたいと言っていたが、先に出たフェイが諦めて帰ってきたのをみて、村で道具屋を営んでいるらしい。


 ……これがどういうことなのか、ギャルゲ脳の俺が考察してみよう。


 シナリオはこうだ。

 5つ年下のクリスは、先に冒険者になると言って出て行ったフェイを追いかけたくて必死に魔術を勉強し、自分も冒険者になりたいと言う。

 しかし独り立ちする頃に、フェイは諦めて村まで帰ってきて無職になっていた。

 心配な彼女は村に残り、道具屋という別の進路を決意。

 道具屋をしながら、いつかフェイがまた「冒険者になる」と言うなら自分もついていきたい。

 もしくはフェイがいつか「働く」といった際に、彼が気軽に働ける場所を作っておきたい。

 つまり、クリスはフェイと居たいのだ。

 ──と、そんな塩梅だろう。

 だって記憶の中のクリス、全部ツンデレ嬢みたいな反応してたもの。

 これがフラグじゃなきゃなんなの? ってやつ。


 まずはフェイが少年期の記憶。


「俺はいつか、教会を出て冒険者になるんだ」

「じゃあアタシも! フェイなんかすぐに追い越してやるんだから!」

「ふっ、お前が出てくる頃には俺はもうベテラン冒険者だぜ? 初心者なんか入れてやるかよ」

「もっと魔術のお勉強がんばるもん! 逆にフェイが頼んだって入れてあげないんだから! 」


 青年期。


「フェイ。帰ってきてたの? 冒険はどうしたのよ」

「ん? あぁ、いやぁ~、冒険者ってのはクズばっかだな。足手まといしかいねぇしよ。一人でぼちぼちやることにするわ。ちょっと村で休憩するんだよ」

「ふーん? じゃあ、私が教会出る時が来たら、い、一緒にいく?」

「……ヤダよ。誰がお前なんかと」

「……っ! なによ、そんなこと言って、ホントは尻尾巻いて逃げ帰ってきたんじゃないの!?」


 そして村を出ぬまま数年後。


「私、道具屋をすることにしたわ! 魔道具とか武器とかも取り扱って、冒険者とかも訪れる、もっと賑やかな村にしてやるのよ!」

「……冒険者になるんじゃなかったのか?」

「うっ、だって、張り合う相手がいないんじゃ面白くないじゃない。フェイも休憩とか言って全然村から出ないし。それに、お金ないんでしょ。……ど、どーしてもというなら、私が雇ってやらなくもないわ!」

「へいへい。食いモンに困ったらたまに手伝わせてもらうわ」


 思い出せるのはこんなやりとりばかりだ。

 フェイのクズ野郎、ここまでクリスちゃんが匂わせてくれているのに全く気付かないとは。

 いや、ギャルゲとかがないこの世界にはそんなフラグという概念もないのだろう。

 しかし、俺の中のフェイの性格は、鳥肌が立つほど嫌悪感がある。

 これは多分、同族嫌悪というやつだ。

 実際に俺がフェイと逆の立場だと、きっと彼と同じ反応をしてしまうのだろう。

 たが、今ならクリスに違う反応ができるというワケだが。


「じゃあ、ちょっと遊んでくるね!」

「あまり遅くなりすぎるなよ。エミル」

「わかってるよ! いってきます」


 そんなことを考えていると、目の前の家からエミルが飛び出してきた。

 それを見送っているのはベルギスだ。

 どうやらチュートリアルは終わったらしい。

 いや、そんなものはないのだろうが、ゲーム的にはそうだ。

 だってベルギス、全く同じセリフ吐いてるんだもの。

 エミルは無口系主人公なのでセリフはないが…。


「うわぁ。あったかいね」


 エミルは俺の前に来ると、興味深そうに焚き火を見つめていた。

 なるほど、"話す"というコマンドは実際はそうやって会話のきっかけみたいなことを喋っているのか。

 まるでアルクロごっこをしている気分だ。

 だったら俺の返す言葉は決まっている。


「よう、今日はいい天気だな」


 季節は春に差し掛かろうとしていた。

 俺は村人Aに転生した。

 モブからモブへ。

 ……まぁ、いいさ。

 俺が勇者でないのなら、せいぜい村人Aらしく生きよう。

 頑張ればそれなりに幸せな未来もあるはずだ。

 元の世界ではやる気も無かったが、憧れの異世界ならやりたいことがいっぱいある。

 過去改変とやらも、その内なんかわかってくるだろ。


 なんなら、エミルの冒険を陰ながら助言とかしてやっても面白いかもしれない。

 俺はお前の攻略者なのだから。


「うん、がんばろう。明日から本気出そう」


 俺の異世界生活は、始まったばかりだ。

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