第3話 邂逅

 俺はベルギスを見送った後、薪は焚き火の跡のそばに置いて村の中を歩いていた。


「はぁ……」


 しかしまさか村人Aだとは。

 っていうか、名前あるのか?


「……ステータス」


 俺は元の世界で得たテンプレのような知識を思い出し、その言葉を口にしてみる。

 モノは試しだ。


 結果はすぐに目の前に現れた。

 半透明の仮想ウィンドウのような板には、俺?の情報が記されていた。



--------------------------------


 ステータス


 名前:フェイクラント

 種族:人間

 職業:なし

 年齢:28

 レベル:6

 神威位階:潜在

 体力:27

 魔力:8

 力:16

 敏捷:20

 知力:7


--------------------------------



 ……やたら液晶画面で見慣れたものが出てきたな。

 唯一見慣れないのは『神威位階』だが、これはなんだろう。

 フェイクラントってのが今の俺……村人Aの名前なのか?

 っていうか職業なしって、コイツも無職なんかい! なら書かんでもいいだろ。

 こうして数値で見ると一番高いのが年齢なのが本当に辛い。

 ゲーム上の勇者パーティのステータスを見ていたからわかるが、異常というべき全体の低さが目立つ。

 名前の通りフェイクであってほしいものだ……。


 はぁ、もういい次だ、次。


 周囲を見渡してみる。

 西洋の辺境を彷彿とさせるのどかな景色だ。

 家はまばらで、村人たちは川で洗濯していたり、田畑で農作業をしていたり。

 村人たちもシャツなどでなく、どちらかというと民族衣装っぽいのを着ている。


 来たこともない場所のはずなのに、既視感が強い。

 というか、この家の配置、川の形、焚き火中の村人……もとい俺、どれを取っても見覚えしかない。


「やっぱプレーリーなのか」


 時系列は恐らく、まだチュートリアルくらいだろう。

 エミルは恐らく10歳くらいだし、ベルギスはまだ死んでないし。


 俺がここに召喚されたってことは何か使命があったりするんだろうか?

 そういえば改変がどうだのと書いてた気もするんだが……。

 いや、魔族と戦うとかいう使命はイヤだけど。

 どうせならベルギスがよかった。あいつ強さチートだし。イケメンだし。


「……おお」


 しかし、こうやって異世界に来れたのはかなりうれしい自分がいる。

 プレーリーは小さな村だが、ファンタジー溢れる酒場や宿屋、武器屋に教会だってある。

 まぁ、教会でセーブとかはさすがに出来ないだろうが。


 剣と魔法のファンタジー世界とか男ならだれでも憧れただろうし、

 アルティア・クロニクルでは魔法ではなく魔術という表記だったが、俺もこの世界の住人なら使えるんだろうか? 一応魔力はあるっぽいし。


 もし魔術が使えるなら、魔物と戦って俺も旅に出てみるとかも面白いかもしれない。


 プレーリーハウンドA があらわれた!

 プレーリーハウンドB があらわれた!

 プレーリーハウンドC があらわれた!


 そうそう、魔物とか出てきて、魔術を覚えた俺はそれを──


「ガルルルルっ!!」

「ギャァアアアアアアアっ!!」


 とか思ってたら本当に魔物出てきた!

 気づけば俺は村から出た草原に立っていた。


 ・プレーリーハウンド

 序盤に出てくる丸くて小柄な犬型の魔物。

 先端が垂れた長い耳が特徴で、白い体毛を持つ。

 世界各地で見られるが、プレーリー周辺で特に数が多く、この名前が付けられた。

 魔物の中でも特に弱く、群れでなければ苦戦することはない。

 人に慣れることもあり、ペットとしての愛好家も多い。序盤モフモフ枠。


 俺の脳内にモンスターのデータが鮮明に思い出される。

 最弱設定? いやいやあの牙見て!?

 絶対嚙まれたら肉引きちぎられるよ!?

 しかも群れじゃん!!


 俺は叫びながら来た道を逆走する。

 そういえばさっき「そっちはきぃつけろよー」とか声が聞こえた気がする。

 考えに耽りすぎて全然門を出たことに気付かなかった!

 っていうかもっと強く引き留めてくれよ!


 たたかう ◀

 アイテム

 さくせん

 にげる  


「もう逃げてますけどぉおおおお!?」


 ゲーム脳な俺の頭の中に出てくる仮想のウィンドウにツッコミながら必死に走る。

 振り返るとプレーリーハウンド達はよだれを垂らしながらこれまた全速力で追いかけてきていた。


「ぴゃぁああああああ!!!」


 28歳とは到底思えないような情けない叫び声を上げながら、俺は走る。

 やばい! 異世界に来て早々犬のエサなんてまっぴらだ!

 そういえば犬って最高時速何キロだっけ!?

 村の門は目視できるが、それまでにアイツらに追いつかれるかは微妙な距離だ。

 ええと、クソ、頭が回らねぇ!


「伏せて!」


 前方から響く女性の声に気付くと、俺はただ言われるがままに俺は両手を伸ばして地面に飛び込んだ。


「おぉあああっ!?」


 全力疾走してたせいか、俺の人生初のダイブはさながらヘッドスライディングのように地面を抉りながら倒れ込む。


「──痛ってぇえ……!」

「燃え滾る力よ、我が前に集いて顕現せよ──『火球ファイアーボール』!」


 女性は詠唱を終えると、魔術を放つ。

 燃え盛る火の球は、俺の頭があった位置に火弾が通り過ぎ、標的であろうものに着弾する。


 ドンッ!!


 と、爆発音と共に背後から燃え滾るような熱を感じた。


 俺は恐る恐る背後を確認する。

 プレーリーハウンドがいた場所には焼け焦げた跡があり、3匹の犬は尻尾を燃やしながら悲痛な叫びをあげて逃げ帰っている最中だった。


 すげぇ、今度は攻撃魔術か……?


 火球──初級炎系魔術。

 アルティア・クロニクルに登場する初級の攻撃魔術だ。

 画面では小さな火の玉が飛んで微妙なダメージを与えるだけだったが、実際に見てみると強烈な熱エネルギーだ。

 もし自分に当たると思うとゾっとする。


「ケガはない? フェイ」


 振り向くと、先ほど火球を放った女性が俺のすぐそばまで来ていた。

 差し伸べられた手には特徴的な黒い手袋がされていた。

 俺は手を握り、立ち上がる。


 歳は20代前半といったところだろうか。

 長いベージュの髪は、日の光に照らされて輝いて見えた。

 大きな目は少し吊り上がっていて、口をへの字に曲げている。

 なんか不満そうだが、美少女、と言えなくもない。

 あと、彼女は手袋越しだが手が柔らかい。


「あ、ありがとう。クリス……」


 ん?

 俺、今クリスって言ったのか?

 礼を言わなければとは思っていたが、しかし自然と口から出てきた。


「まったく、何してんのよ。アンタは弱いんだから外に出ちゃダメじゃない。しかもプレーリーハウンドごときに……」

「いやぁ、ちょっと考え事してて……助かったよ」

「しょーがないなぁ、もう……」


 ……どうやら名前はクリスで間違いないらしい。

 どういうことだろう。

 俺はフェイクラントの記憶を引き継ぎでもしているのだろうか。

 話せば話すほど、この女性との情報が思い出されるように出てくるあたり、きっとそうなのだろうか。

 仲良しってほどでもないが、なんというか腐れ縁な感じがするな。

 フェイってあだ名で呼んでるようだし。


 しかし、おそらく年下の、しかも女性に"弱い"と言われるのは辛い。

 普通異世界に来たら強い設定になるんじゃないのか?


「……いつまで握ってんの?」

「え?」


 気づけばクリスがジト目で俺のことを見上げていた。

 俺の手は立ち上がる時からクリスの手を握りしめていて…。


「わ、悪い」

「そんなに怖かったの? たかがプレーリーハウンドに」

「うるせ」


 手を離すとクリスはにやけながら俺を煽る。

 まぁ、手の感触をもうちょっと堪能したかったのもあるのだが、怖いと言われるとそうかもしれない。

 だってどう見ても猛獣だったし…。


「はぁ、フェイも釣りとか焚き火とかばっかしてないで、そろそろ働きなさいよ。いいトシしてんだから」

「わかってるよ……。これから考えるさ」

「!……ふーん、考えてないと思ってた。 まぁアンタがどう生きようと私には関係ないけど」


 うーん、クリスの言葉が突き刺さる。

 俺は引きこもりではあるが、別にコミュ障というわけではないので会話はできる。

 あとやはり、フェイクラントの記憶があるのか、自然な会話が成り立っていた。

 ステータスを見てたので分かってはいたが、やはり俺は異世界に来てまでも無職なのか。


「おかえり、クリスちゃんがいてよかったな」


 落ち込みながら村の門まで戻ると、詰所のような小屋の窓から顔を出す門番は眠そうにそう言った。

 俺が言える立場ではないが、お前がちゃんと働けよ!


「じゃあ私、まだ仕事あるから。もう手間かけさせないでよね」

「ああ、気を付けるよ。また助けてくれ」

「なんで助ける前提なのよ! フン! 」


 クリスはぷいっ、とそっぽを向いて立ち去ろうとしたが、何かを思い出したように振り返ってくる。


「あぁそうそう。コレ余ったからあげるわ」


 そして、懐から皮袋を取り出し、俺に投げつけてくる。

 中には手作り感漂うパンがいくつか入っていた。


「別に、心配だからとかじゃないから。単に作りすぎただけ」


 あ、これは……。


「心配してくれてありがとな」

「ッッ!! バーーーーーカ!!」


 一瞬で顔を真っ赤にして走り去るクリス。

 彼女はツンデレ属性だった。

 フェイクラントがどうか知らんが、元の世界で数々のギャルゲを攻略してきた俺にはわかる。

 これがゲームなら、クリスは攻略対象のムーヴをしている。

 ふふん、元の世界じゃ無理だが、こんなに時代遅れの恋愛勘定なら俺でも戦える!


 そうか、もしかしたら俺はフェイの運命を変える為にここに来たのか?

 ふっ、そういうことなら任せておけ。

 フェイ、お前の恋路は俺が叶えてやる。


 異世界に来て浮かれている俺は、そんなキモイ妄想をしていた──

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