石神 第3話 ※重複部分がございました。訂正いたしました。
「白師匠、あれは像ではござらん。石群。環状列石の一部でござる」
はちまきという人は普通に話せないのか、さっきから、変な日本語を喋っている。しかも、白を師匠呼びしていると言うことは、白のことを先達か、尊敬しているのか、そういうふうに思っているのだろうか。少しおかしくなって、山田の口元が緩んだ。
「ごめんごめん。でも仏像も混じってるし、石像群でも良いんじゃないかな。それに、石神の可能性もあるし」
「ぬぬ。仕方ござらん。好きにお呼びくだされ。しかして、環状列石群の図を持ち出すようにとのこと。何かあったのですかな」
山田は、その環状列石図を見下ろした。驚いたことに、どうやら大学と大学周辺の地図を手書きで書いているようだ。しかも、所々赤や青の丸が付けられている。
「この赤い丸は?」
山田の質問に、はちまきが嬉しそうに深く頷く。
「これが環状列石跡でござる。この大学内の石群は、この環状列石の一部を集めたものなのでござる。本来ならば、この大学を中心に囲むように並べられたものでござったが、大学建設時に、不届き者の手によって排除され、あの一角に捨て置かれたのでござる」
「青い丸は?」
「これは未調査のものでござる。個人宅の敷地に建てられたものでござる。勝手に入ってはいけませぬゆえ、確認できたもののみ青丸を付けているのでござる」
「でも、環状列石の一部ってどうやって分かったんですか」
謎は尽きず、山田が続けて訊ねた。
「それはですな、大学敷地を含むこの周辺一帯が特殊な場所なのでござる」
「特殊な場所?」
白がはちまきが話すより先に口を出した。
「貝塚だよ。貝塚と言っても、昔のゴミ捨て場としての貝塚とは少し違う。大学敷地内で発掘された貝塚。ほら、この前説明した、処刑人の首と顔が削られた仏像がいっしょに埋められていた貝塚」
「はい、あの貝塚ですか。遺構跡と言うことで佐﨑先生が保管されているとか」
「うん。それを呪術に関する遺構跡と佐﨑先生は推察しているんだよ」
「呪術……」
「そうでござる!」
白に話の腰を折られたからか、すかさずはちまきが大きな声で出した。
「この環状列石はUAP、未確認飛行現象。いわゆる、UFOの基地跡なのでござる! 古代、呪術によって、呪術者はこのように地球外生命体の知識を得る為に、環状列石を建造し、UFOを召喚したのでござる!」
山田は思わず、息を飲んだ。驚いたと言うよりも、はちまきの勢いに気圧された。すぐに呆然として、静かに息をついた。
チラリと横目で白を見やると、彼は面白そうにニコニコ笑っている。否定する気も肯定する気もなさそうだ。しかも、山田を見て、無邪気に言い放った。
「ね? 面白いこと言う人でしょう? 見てて飽きないんだよなぁ」
「失礼でござるよ、白師匠。拙者は真面目に話しているのでござる」
拙者。なぜ、はちまきはこんな話し方をするのだろう。戸惑うしかない。それを察したのか、白が山田に言った。
「はちまき君、面白い人でしょう? 本当は黒田君って言うんだけど、宝多先生のゼミの研究生だけど、横道に逸れちゃって、まだ博士号取れないまま在籍してるんだよ。単に私は彼の先輩だから師匠呼びされてるけどね。黒田君、福岡藩の黒田氏の末裔なんだ。で、尊敬している黒田氏の真似をしているのか、こんな話し方してるんだ」
なるほど、と山田は納得したが、それと未確認飛行現象は関係ない。なぜ、民俗学専攻がこうなったのだろう。
「じゃあ、はちまきが名前じゃなかったんですね」
「はちまきしてるから、通称はちまき君なんだよ」
「ただのはちまきでござる」
「疲れませんか」
山田が失礼とは思いつつも心配になってきた。
はちまきが少しだけ黙る。
「疲れない。普通に話すほうが、疲れるな」
普通に話せるんだ。しかし、普通に話すほうが疲れるとはどうしてだ。首をかしげていると、白が説明してくれた。
「コミュ障らしいよ」
「失礼でござる」
ああ、と山田は納得した。多分、自分といっしょかもしれない。そう思うと、ぐっと親近感が増す。
「すみません、不躾でした」
「無礼は手打ちでござるが、白師匠の内弟子でござるから、今回は目を瞑ってやるでござる」
本当は大変失礼な人なのかもしれないと、山田は思い直した。
「とにかく、この環状列石図は、愛好会の力作なんだ。よくここまで調べたよねぇ。確かに青丸は、大学を囲むように円を描いているんだ。大学内に、石像群は一基もないのは、はちまき君の言うとおり、建設時に、ここに移設されたからなんだよ」
「であるからして、この呪術的遺跡にUAPは二度と来ることはないのでござる。無念」
「何故、ここに移したんでしょうね。移すときに何もなかったんでしょうか」
祟る石像が紛れていることを知っていて、石像群を移したのだとしたら、ただではすまなかったのではないか。
「そこら辺はやっぱり佐﨑先生が詳しいよ。とりあえず、少なくとも二十年、この大学で教鞭を執られているし」
はちまきが咳払いをする。
「拙者の役目はこれで終わりですかな」
「終わりじゃないよ。だから愛好会の季刊誌を持って来てって頼んだんじゃないか」
「そうでござった」
模造紙の上に置いた冊子を手に取って、白に手渡した。
薄い冊子を白がパラパラとめくる。山田は覗き込むように冊子を眺めた。
「これにね、石神について書いてあるんだ」
「UFO以外のことも書かれているんですか」
「みんながみんな、はちまき君に影響されてるわけじゃないから。ここ、ここ」
白がページを開いて見せてくれた。
「石群の中には、明らかに石神の可能性を捨てきれないものが混在している。環状列石に加えられているものの、目的は別であった可能性がある」
たった二行ではあったが、確かに未確認飛行物体でも現象でもない言葉だ。
「いつの季刊誌なんですか?」
「もう四年くらい前かな。まだ、その人いるの?」
「とっくの昔に博士号を取って企業勤めでござるよ」
なんとなく、良かったと、山田は安堵した。
「とにかく、はちまき君。早く、環状列石の証拠が集まるといいね。ありがとう」
冊子を返し、白が言った。
「いやいや、これしきのこと。白師匠の為ならばお安いご用でござる」
はちまきがテーブルの上の模造紙を大事そうに丸め、胸に冊子を持つと、研究室から出て行った。
しばらく、閉められたドアを見つめていたが、山田は一息ついて、白を振り返る。
「先生、環状列石の為にはちまきさんをここに呼んだんですか」
白が壁のボードを眺めながら、答える。
「ううん。それもあるけど、はちまき君の言っていた環状列石、あながち当てずっぽうではないと思ってるんだ。佐﨑先生の言うとおり、呪術的なものが絡んでそうなんだよね。あの、石神の考察の一文も興味深いなぁって、当時思って。この、山田君が拾った『金木香梨』の半紙、これ、立派な呪術だしね」
白の脇に立ち、山田も半紙を見つめる。にじんだ墨文字がなぜだか切ない。自殺してしまった彼女は誰に恋されていたのだろう。そして、一体誰との恋の成就を願っていたのだろうか。
この呪術と言える、恋結び地蔵の願掛けを広めたのは、一体誰なのだろう。山田の脳裏に、弓美の顔が浮かんだ。
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