石神 第2話

「学生が、佐﨑先生の奥さんの市子さんから、恋結び地蔵の願掛けの話を聞いたと教えてくれたんですよね。で、実行したのが佐﨑先生の秘書。秘書さんは誰から聞いたんでしょうね」


 白が宝多に訊ねた。


「それが、恋結び地蔵の発祥だとしたら、秘書が何か知っていたのかもしれないね」

「宝多先生、本当に恋結び地蔵の願掛け成就すると思いますか?」


 白が身を乗り出した。その表情は何か思いついたときのような期待感に満ちている。


「成就するか? 成就するかしないかと言ったら、私はしないと思うね。成就するならば、まず失敗することを前提の注意喚起はしない。ただ方法を伝えるだけだ。大概のおまじないで、見られない、分からない、命を落とす、願い事は叶わないという話で成功譚を聞くことはない。悲劇的な最後を伝える話がほとんどだ。この願掛けは成就しないことが前提じゃないかな」

「でも、似たような約束事を強いていながら、見られたら成就しない、見た人間を殺さないといけないと言う願掛けがありますよね」


 白がウキウキした声音で言った。


「ああ、確かにね。まぁ、あれは願掛けさせない為に考案された条件という人もいるね」

「面倒臭い行程を経て行うもの」


 白がニヤニヤしている。何が面白いのだろう。


 山田は訝しげに白を見やった。


「山田君、分かる?」

「何がですか?」

「恋結び地蔵と今話した儀式の共通点」


 さぁ? と山田は首をかしげた。


「面倒臭い儀式をおこなうのだから効力があるはずだと思わせる。難問を強いながら、効力は絶大だと信じさせるもの。呪いだよ。かといって、それが叶ったという証拠は分からない。分かるのは本人だけだ」


 白が興奮したように話し始めたのを、宝多が遮った。


「まぁ、まじないだね。月夜の晩に誰にも見られず、半紙に墨で書いた相手の名前を地蔵に貼る。剥がれていたら成就しない。水で濡らしただけの半紙がひっついていると思うかね? 成就しないことが前提だとしたら、始めに考案した人間はかなり意地悪だね」

「しかも、もし、実行したら、死んでしまうんだとしたら? これは明らかに呪いを伝播しているんじゃないかな」

「でも中には本当に成就した人もいるんじゃ?」


 山田は興奮している白を引き気味に見た。


「でも成就したことを話したらいけない。成就したかどうかも、分からないようにしてある。これは元々伝播させることが目的じゃなかったかもしれない」


 興奮した白が立ち上がった。


「まぁ、恋の成就なんて、時代を関係なく魅力的に見せるから、何らかの形で伝わるかもしれない」


 宝多がそう言いながら、ため息を吐き、立ち上がった白の背中を叩く。


「君ももうちょっと落ち着いて」


 全然、話を聞いてない白が、宝多に向き直り、嬉しそうに宣言した。


「もう一度、あの石像群について調べてみます」


 慣れているのか、宝多がもう一度ため息を吐いた。


「好きにしなさい」

「宝多先生、ありがとうございます」


 そう言って、白がさっさと部屋を後にした。山田は、宝多を振り向いてお辞儀をする。


「君も苦労するね」


 なんだか同情するように言われた。




「調べるって何をですか? 恋結び地蔵ですか?」


 研究室に戻った白に、山田が尋ねた。


「いや、あの石像群について。一カ所に集められたものはいくつかに区分けできる。私が調べた説以外に何かあるかも知れない。確か、史跡やなんかをオカルトの観点から調べてる愛好会があるんだよね」


 いきなりオカルトと聞いて、山田は耳を疑った。


「オカルト、ですか」

「そう。ここは違う角度から、あの石像群を調べてみるのも良いと思って。最近出来た愛好会で、正式な同好会ではないけど」

「愛好会と同好会、どう違うんですか」

「愛好会は物好き同志が集まって、各々が好きに同人誌では発表することが旨。同好会は史実に従って史跡を研究し裏付けしたものを発表することが旨。どっちも好事家の集まりなのは変わらないけど」


 いまいち、何が違うか分からないが、山田は曖昧に頷いた。


「じゃ、ちょっと連絡を取ってみるよ。彼、暇だからいつでも連絡取れるのが利点だね」


 そう言って、スマホを取り出して何やらメッセージを送ったようだ。


「そのうち、気付いて連絡くれるよ」


 白は席に座り、パソコンを開いた。


 山田は今朝の講義で集めたレポートを口述し始めた。


 二、三十分しないうちに、白のスマホがシュポッと鳴った。


「来たな」


 キーボードを打つ手を止めて、白がスマホを開いてメッセージを見た。


「ふむ。すぐ来てくれるそうだよ」

「はぁ」



 

 それから三十分もかからずに、ドアがノックされた。


「やぁ、来た来た」


 白が嬉しそうに立ち上がった。


 山田がドアを開けると、でっぷりと太った山田よりもずいぶん年上の男性が息を切らして、脇に冊子と丸めた大きめの模造紙を持って立っていた。


「お呼びでござるか」


 ござるか? 山田は耳を疑った。


 山田の脇をドカドカと部屋に入っていく。何も言われてないのに、男性がソファに座り込むと、ぎしっといってソファが沈んだ。


「暑いですなぁ」


 気付けば、この寒い中、頭にタオルを巻いて額に滂沱のごとく汗を掻いている。ヨレヨレのネルシャツの袖で汗を拭っている。


「寒いけどね。はちまき君、今日は一人?」

「うむ。他のものは用事がござって、ここには出向けぬとのことですな」


 そう言いつつ、脇に持っていた模造紙をテーブルに広げて、まるまって閉じそうになる模造紙の上に冊子を文鎮代わりにして置いた。


「で、石群のことについて聞きたいと言うことでござるな?」


 白がお茶を煎れて、テーブルにマグカップを置いた。


「アイスティーを所望したい」


 熱いお茶を見て、はちまきが言った。


「ごめんね、氷がないんだ」

「うむ。では、かたじけないいただくでござる」


 と言って、暑いのか手を付けなかった。


「この方が新しいアルバイトですかな?」


 山田を振り向いて、はちまきが言った。


「うん、そう。いじめないでね」


 すると、はちまきが顔を赤くして反論する。


「いじめなど! 男のすることではござらん」


 一応、矜恃はあるようだ。


「それはなんですか?」


 山田は、いろいろと聞きたいことはあったが、まず一番気になることを訊ねた。


「これですかな? これは環状列石図でござるよ!」

「環状列石……」


 白が面白そうにニコニコしながら、地図を覗き込んだ。


「はちまき君はね、あの石像群を環状列石の一部と考えてるんだよ」


 はぁ、と途方も無い古代ロマンを聞かされて、山田は気の抜けた返事をした。

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