石神 第4話

「先生。そういえば、新城さんとはあの後、何もなかったんですか?」


 恋結び地蔵の情報はあの席で話したことだけだったのだろうか。


「そうだねぇ、特にあれ以外に知ってそうな情報を、彼女持ってなさそうだったから、声は掛けてないけど」


 山田は誤解されるかなと思いつつ、弓美が今度いつ講義に来るか訊ねた。


「昨日、講義に出てたから、次の講義まで会うことはないなぁ」

「そうですか」


 少し落胆した後、一年の女子に当たるしかないのかと考えあぐねていると、白が不思議そうに山田を見下ろした。


「何か気になることでもあるの?」


 藤黄女学院のことは、白に話すことではない。あくまで個人的な事情だ。それに綿子の死について詳しく話したくなかった。


「何でも無いです」

「そう。話したくなったらいつでも話してね」


 一週間、休みなく白のアルバイトをして、あらかた研究室内の資料はファイリングしてキャビネットにしまった。しばらくの間は自分のやることはないと山田は判断して、白に申し出た。


「先生、あの、突然なんですけど、この後忙しかったりしますか?」


 白が自分の机の上に広げたコピー用紙をまとめながら、顔を上げた。


「いや、もうやることはないな。学生の論文に目を通すくらいかな」

「じゃあ、ぼく、用事があるんで早引けして良いですか?」


 どうぞどうぞと、白が笑顔で言った。


 山田は荷物を持って、まだ必修科目を受講しているはずの一年生の学部棟へ急いだ。




 五年も昔のことなので自信はなかったが、必修科目を教えているはずの学部棟は新棟のほうにあったはずだ。


 一週間後の白の講義で、弓美を待ったほうが良かっただろうか。少し、自分のせっかちさを後悔しながら、周囲を見回した。


 考えてみれば、五年前と同じ講義室を今の一年生が使っている可能性は低い。困り果てて、自動販売機の前にあるベンチに座って、学生の行き来を眺めていた。


 空を見上げると、どんよりと曇り、木枯らしの冷たさが頬を刺してくる。地面の石畳に黄色い銀杏の葉がカサカサと風に煽られていた。


 どのくらいぼんやりしていただろうか。


「あー、山田先輩」


 聞き覚えのある声に我に返り、山田は顔を上げた。


「何してるんですかー?」


 弓美が友人らしき女子学生といっしょに立ち止まって、山田に声を掛けてきた。


 自分の運の良さに感謝しながら、山田は立ち上がって、弓美に近づいた。弓美は相変わらず左目に眼帯をしている。生臭さも健在だ。友人は彼女の臭いに気付いてないのだろうか。


 山田を弓美の友人がきょとんと見ていたが、次第にニヤニヤし始めた。


「なにー? 弓美の彼氏?」

「えー?」


 弓美と友人がじゃれ合っているのを、山田は冷めた目で見つめた。こうして見ていると、弓美の性格の悪さは分からない。


「ちょっと、新城さんに聞きたいことがあるんだけど、良いかな?」

「なんですかー?」

「ちょっとこっちに来て」


 友人を遠ざけて、自販機の横まで弓美を誘った。


 弓美はにこにこ笑いながら、小首をかしげて山田を見上げている。


 弓美の肩越しに友人を見ると、明らかに意味深な目つきで見ているのが分かる。


「あのさ、この前の従姉妹の話」


 すると、弓美があからさまにガッカリした表情を浮かべた。


「千花がどうかしたんですかー?」

「もうちょっと教えてほしいんだけど」

「えー、先輩。中学生にやっぱり興味津々ですか?」


 山田はむっとして、ぶっきらぼうに答える。


「違うよ。千花さんのご両親に連絡を取りたいんだけど、電話番号って分かるかな?」


 弓美が眉を顰めて訝しそうに山田を見た。


「電話番号知って何するんですか」

「聞きたいことがあるんだ」

「なんですか? それ」


 弓美の表情に好奇心がにじんでいる。教えるまで、電話番号を教えてくれそうになさそうだ。


「教えて下さいよぉ」


 甘えた声音で弓美が言った。


 山田は、正直に伝える。


「姉のことに関係あるかなと思って。もし、同じクラスだったら姉の生前を教えてもらえるかもしれないし」


 弓美が真顔になって、しげしげと山田の顔を見つめる。信じているのかどうなのか分からない。じっと山田を見つめた後、後ろを振り返り友人を見た後、もう一度山田を見上げた。


「じゃあー、私のお願い聞いてくれたら、教えてあげようかな?」

「お願い?」


 弓美が自分の左目の眼帯を押さえる。


「先輩って、おばけって信じます?」


 山田は弓美の口から思いも掛けないことを聞き、一瞬言葉を失った。


「やっぱりぃ。信じない派ですかぁ?」


 山田は、正直に答えるべきか逡巡した挙げ句、ここでちゃんと答えなかったら何も教えてもらえないと、覚悟を決めた。


「信じるよ」


 すると、弓美が値踏みするように山田を見つめる。少しの間、黙っていたが口を開く。


「毎晩、生首が見えるんですよね。寝られなくって」

「生首」

「気持ち悪いんです。ざんばら髪の生首がぐちゃって塊になって、夜出るんです」


 表情を見る限り、嘘を吐いているようには見えない。


「部屋に来て泊まってくれませんかー? 先輩、民俗学の院生ですよね。こう言うの詳しいんじゃないですかー?」


 民俗学のどこに、幽霊の問題を解決する方法が書いてあると思い込んでいるのだろうか。


「民俗学では何にも出来ないよ」

「じゃあ、教えてあげなーい」


 山田は困り果てた。それに弓美の家に行くとなると、あらぬ誤解を生みそうだ。


 弓美がフフフと笑う。


「先輩ってぇ、眼鏡取ったら、結構かっこいいですよね」


 そう言われて、山田は眉を寄せる。何が言いたいのか分からない。


「でもぉ、オタクっぽいしなぁ」

「それと従姉妹の情報と何が関係あるの」


 すると、弓美が頬を膨らませた。


「関係ないですよ? 先輩こそ何か関係あるって勘違いしたんですか? わたしは、生首をどうにかしてほしいだけ」

「本当に生首だけ?」


 山田は意地悪く突っ込んでみた。


 弓美が黙って、まじまじと山田を睨みつけた。


「分かってるなら、協力してよ」

「新城さんは、生首だけに困ってるわけじゃないんだ」

「そうですよ、何が言いたいんですか」


 山田は弓美の扱いにくさに閉口してきた。弓美は眼帯や臭いのことも承知の上なのだ。その原因を生首に求めているのか。けれど、何もしてないのに、こんな訳の分からないことになるはずがない。絶対に黙っていることがあるはずだ。


「何か隠してるよね」


 弓美が友人に背を向けているのを良いことに、ぎりっと歯を食いしばるように言った。


「先輩には関係ない」

「関係ないかはぼくが決める」


 問題は生首では収まらない。きっと、もっと酷いことをしている可能性がある。それを山田だけで解決できるだろうか。


 そんなときに、山田の脳裏に白の顔が掠めた。白なら、何かヒントをくれるかもしれない。


「じゃあさ、白先生に協力できるか訊ねるよ。あの人は、こういう方面、詳しいから」


 それを聞いた弓美は、逡巡するように目を動かした後、ため息を吐く。


「分かった。それでどうしたらいいの」

「講義が終わったら、白先生の研究室に来てよ」


 承諾したのかしなかったのか分からないまま、弓美はきびすを返して、友人に手を振った。


「お待たせー」

「何々、なんか真剣な話?」

「別にぃ」


 山田に顔を向けて、明るく言い放った。


「じゃあ、また後でー」


 山田は気の抜けた顔で、弓美を見送った。弓美が本気でどうにかしたいなら、必ず研究室へ来るだろう。


 それに、この手の話に白が興味を持たないとは思えなかった。

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