恋結び地蔵 第8話

「仏像以外は、石神と考えると一番しっくりくるんだよねぇ」

「でも石神なんですから、神様の形をしてないとおかしくないですか?」


 十三仏の石像群の中には、丸い大きな石やそういった神とも仏ともつかないただの石も混じっているらしい。


「変わった形をしているから信仰を得るものも確かにあるし、塞神や道祖神に地蔵や男女の像を彫る場合もあるけど、全てがそうじゃない。ただの丸石が村の重要な守り神だって事もある。磐座いわくら信仰と同じだよね。大きな奇岩や岩に神が宿っていると信じられて崇められる。実際に山そのものを神とする信仰もある。古代人は自然そのものに神が宿っているとして、畏れ崇めていたんだ。自然は、人知を超えた存在でもあるから。川や海、水そのもの。山や岩や大地。地震や台風、干ばつなどの災害や疫病。人間の力では全く制御できない存在に恐れ戦く。人の命を脅かし、簡単に奪ったり、与えたりするものに神性を見い出す。それに神格を与えて、崇め奉ることで、荒ぶる神霊に怒りを治めてもらう。この手の信仰論は君の専門だろ?」


 確かに、大概の信仰論を研究する上で、白が言う自然崇拝を避けて通ることは基本無理だ。日本人の生活に染みついたアニミズムは、否定したり排除したりしても、意識の根底に受け継がれている。


 それだけではない。平安時代では、ただの雷や疫病ですら、怨霊の祟りだと信じられて、祟りを鎮める為に、怨霊を神格化して崇拝し、現代になってもその信仰は薄れるどころか連綿と受け継がれている。


「でもねぇ、昔は神様でも時が経ち、人の記憶から失われると、見た目だけはただの石や木になってしまうこともある。それなのに、一度、神格化されて多くの信仰を集めたものは、もうただの石や木じゃないんだよね。力を持った装置なんだ。装置は何らかのきっかけで発動する。それがどういった形で発現するか分からない。そういう扱いに困る石なんかが集められて放置されてるのがあの一角なんだよ」


 山田には、白の言う装置の意味が分からなかった。


「神様の形を失っているけど、実は神様だと言うことですか。でも、それがなんで祟るんですか? 信仰を失っているなら、力もないんじゃないですか?」


 白がうんと頷き、続ける。


「あそこにある石像群の中にはそういうものもあるかも知れない。でも、人の記憶から失われても、存在を失わないものもあると思う。古くて、忘れられた強く恐ろしい神様とかね。あまりにも恐ろしくて制御できないままの存在は、捨て置かれても、存在自体が恐ろしい力を持っているから、人の信仰と関係ない。信仰で力を持つことが出来た存在とは根本的に違う。それが多分、祟っている」


 山田には、信仰を持たれなくとも恐ろしい力でもって祟る、そのこと自体を怖く感じた。それでは、人間になす術はない。


「なんでそんな恐ろしいものがこんな所にあるんですか」

「それが、不思議だよねぇ」


 白がのほほんと言ってのけた。


「怖くないんですか」


 山田は呆れて、思わず口に出して言った。


「怖い、かぁ。怖くないかと言ったら、怖くないよ。でも知識としては怖いものだと分かる。私には分かるだけで恐怖を感じない。だから、私が明らかに危険なことをしようとしていたら止めてほしいんだよ。私は興味をくすぐられるものがあったら、絶対にそこに行ってしまう。死んでしまうかもしれないと頭で理解してても、怖くないから行けてしまう。普通は、命の危険を感じると、体がすくんだり、反射的に避ける。でも、私にはそれがないんだ。だから、頼むね」

「はぁ」


「話は戻るけど。石神って人が信仰する石なら、たいていが石神なんだ。確かにいろいろな論考があって、石神である、ではないと述べられてはいるけど。ただ、これだけははっきり言えるんだけど、顔を削られた仏像。あれは石神じゃない。おそらく、明治時代に盛んに奨励された廃仏毀釈の残骸じゃないかと考えてるんだ」

「廃仏毀釈って、薩摩藩なんかが積極的に仏像や寺を壊したっていう、あれですか」


「まぁ、あれは激しかったみたいだけど、そういうこと。時代的におかしくないしね。処刑人の首といっしょに埋めるなら供養するという意味も込められるだろうけど、普通は仏像の顔なんか削らない。人によっては、魂を込めた仏像の魂を抜くときに顔を削ると言うし、東北では木彫りの仏像の顔を削って薬にするとかはあったそうだ。どちらかというと、貝塚跡から出土した仏像は、信仰や鎮魂の痕跡がない。何らかの意味があるとしても、仏像なら何でもいいみたいで、地蔵尊や観音菩薩像、いろいろな仏像が混在している。意味や法則性を感じないんだ」


 仏像を穢すというやり方に、もっと深い意味を感じはするが、山田はそれを言語化できなかった。


「そんなことをしてどうなるんでしょうね」


 白が口を尖らせて宙を睨んだ。


「今は分からないけど、意味はあるんだ。以前もそう思って、そこで調べるのを止めたんだよね。でも、恋結び地蔵の話を聞いて、何か糸口が出来た気がするんだ」

「糸口、ですか」


 白がコーヒーを飲み干して立ち上がる。


「明日、恋結び地蔵を知っているか、宝多たからた教授に聞こうかな。あの人の専門は現代口承学だし。山田君も興味があったら付き合ってよ」


 宝多教授は、白が教えている民俗学専攻の教授だ。研究室が違うので滅多に顔を合わすことはなかった。


 付き合うか付き合わないか、答えを出せずに山田は曖昧に返事をする。


 それを見た白が笑った。


「恋結び地蔵の願掛けがいつ頃から始まったか、教授が知っていたら、どこから広がったか分かるし、何より謎が解明できる」

「謎?」


 山田はソファに座ったまま、白を見上げた。


「本当に、恋が成就する願掛けなのか」


 そう言って伸びをすると、白がコキッと左右に首を曲げた。

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