恋結び地蔵 第7話
日が沈み、窓の外が暗くなってきた。パソコンを睨んで何やら打ち込んでいた白が、顔を上げて、大きく両腕を後ろに反らせて伸びをした。
「一休みしようか」
白の資料の仕分けをしていた山田も顔を上げた。
「はい、コーヒー入れますか?」
「うん。お願いします」
二人ともソファに座り、それぞれのマグカップでコーヒーをすすった。
ふぅと、白が大きなため息を吐く。
「考えてたんだけど」
ニコニコしながら、白が話し始めた。
「もう一度、あの十三仏の石像群、調べようかな」
「石像群? 十三仏じゃないんですか?」
仏像が十三体あるから、十三仏というのだと山田は思っていた。と言うのも、山田自身、一度も十三仏の場所をじっくり見たことがないからだった。
肝試しで、夏場、学生が夜中に見に行ったりしているようだが、山田にそんな友人はいないし、誘ってくれるような人間もいない。それにわざわざ祟るとか言われているものを見に行くのは、奇特としか言いようがない。
「いや、確かに石仏はあるよ? でも十三体じゃない。多分、ここ以外の曰くのある場所に十三仏というのがあるんだろうね。それを真似て誰か知らないけど、そう呼び始めたんだよ」
「じゃあ、正式にはなんて言うんですか?」
「正式? そんな呼び名はないよ。あれはね、この大学を建設するときに出た、邪魔な石や石仏を集めたものなんだ。まぁ、あんなにたくさん一カ所に集められてたら、何か意味があるんじゃないかって勘ぐりたくなるよね」
フフッと白が鼻で笑った。馬鹿にしているというふうでもなく、子供が面白いことを言ったのを見て、ほのぼのして思わず笑ったという感じだ。
「じゃあ、祟るって言うのはただの噂なんですか?」
山田は、ちょっと怖いと思った自分が恥ずかしくなった。
それなのに、白はニヤニヤしている。
「いいや、祟るよ。けど、何が祟っているのかは分からない。特にどれが祟っているか、誰も検証したことがないからね」
祟るのかと聞いて、山田は背筋がひやりとした。
「あそこ、ぼくは行ったことないんですけど、先生はどれが祟っているか分かっているんですか?」
「調べてはみたけど、確かめてみたことはないね。だって、どれも充分悍ましいし。今日、ここが貝塚って言う地名だって話したよね?」
「はい」
地名と石像群が祟るのに何か関係があるのだろうか。
「名前の通り、ここには貝塚があってね、建設時に出土したって話は聞いた?」
それを聞いて、確かゼミで教授がチラリとそれに触れたことを思い出した。
「はぁ、詳しくないですけど」
「その貝塚からね、たくさんの顔を削り取られた仏像が出てきたんだよ」
「え?」
そんな話は聞いてなかった。顔を削られた仏像と聞くだけで怖くなる。
「まぁ、それ以外に頭蓋骨もたくさん出てきたんだけど」
貝塚に何故首と仏像が捨てられているんだ。訳が分からなくて、山田は戸惑った。
「あと、大学が建つ前、この土地が何に使われてたか知ってる?」
「いいえ」
大学の前は何が建てられていたのか、貝塚があったのだから、遺跡として保存されていたのだろうか。いや、そうすると、潰して大学にするにはおかしい。それとも発掘して調査が終わると、別に残す理由はないのだろうか。
山田が考えあぐねていると、白がニヤニヤ笑う。
「処刑場。江戸時代、ここは処刑場として使われてた。多分、頭蓋骨は罪人の首で、仏像は何らかの意味があって、罪人の首といっしょに埋められたんだよ。その仏像の他には丸い大きな石もあれば石柱というか石像とも言えるようなものもある。それはなんの為にあるのか、いまだに分からない」
「分からないなら、考古学とかそれなりの有識者もいるんだから調べたりしなかったんですか?」
「仏像と首以外にも発掘されてる。それは、佐﨑教授が保管してる。見てない? 貝塚遺構跡」
貝塚遺構跡。山田は過去にそんなものを見た記憶があるか、思い出そうとしたが、覚えがなかった。ゼミで貝塚の話が出たときに教授が触れたかも知れない。だが、山田が興味あるのは御霊信仰や怨霊についてなので、聞き逃した可能性も捨てきれない。
「佐﨑教授って、新城さんのおばさんの」
「うん。佐﨑教授は考古学専攻だからね。発掘された新学部棟の地下に、遺構跡を保管してるはずだよ」
「はぁ、そうなんですか」
それと、十三仏がどう関係しているのかいまだに分からない。山田が間の抜けた表情を浮かべているのを見た白が、楽しそうに話し始めた。
「あの中にある一体が、恋結び地蔵だと思う。でも、どれなのかは、願掛けをする人間しか知らない。地蔵なんだから顔が削がれた仏像じゃないのは確かだろう」
「そうですね」
「あれの曰くを調べた時期があって、そのときは恋結び地蔵の噂話は知らなかったから、どういう謂れがあるのか、どういう経緯であれだけの石が集められたのか、それだけ調べてみたんだ」
白が楽しそうにしゃべり出したので、山田は適当に相づちを打った。
「まず、一つは、福北大学の医学部で人体実験が成された噂について。その実験の被験者の慰霊碑として建てられたものを、一カ所に集めた」
「でもそれって噂であって、本当のことじゃないんでしょう?」
その話はかなり有名だ。純文学の小説にも使われた。だからずっと創作だと思っていた。それが違うとでも言うのだろうか。
「まぁ、私の説を述べていくから、それだけ聞いてくれたら良いよ。ふたつ目、処刑場で処刑された罪人を供養する為の供養塔を集めた」
「それは考えられますね。一番無難な説かも」
「三つ目、慰霊塔でも供養塔でもなくて、そのものズバリ、昔の
塞神と道祖神は知っている。簡単に説明すると村の内外を分ける境界などに建てるものだ。民間信仰とも繋がりがある。しかし、金精様とはなんだろうかと、山田は首をかしげた。
「聞き慣れないかな。
確か、民俗学を学ぶものなら避けて通れない柳田国男先生の書簡にも見られる。
「
「そうそう」
白が嬉しそうに頷いた。
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