第13話 カッコ悪い大人

「おい。待てよ」


 おっさんの腕を掴む。

 そのまま捻り上げると、


「痛たたたたっ!」


 おっさんは苦悶に満ちた顔で大袈裟に痛がっていた。

 一方、女の子は唖然とした様子で俺を見ていたものの、


「大丈夫か?」


 俺が声を掛けると、はっとしたような表情になった。

 それから俊敏な動きで俺の背後に隠れる。


「何だよいきなり! 君は一体どこの誰だい!?」


 俺が手を離すと、おっさんは顔を真っ赤にさせて憤慨していた。

 そのうち火でも吹きそうだ。

 なんて、馬鹿らしい想像をしている場合ではない。


「あんた、人違いしてるんじゃないのか?」

「はぁ!? 何のことだよ!?」

「この子を」


 俺の背後から顔だけを出している女の子を指差してみせる。


「ミクちゃん?」


 おっさんが尋ねると、


「だーかーらー! 何回も言ってますよね!? ミクちゃんじゃないって!」


 怒気をはらんだ声だった。

 おっさんはその勢いに押されながらも、


「ええ……でも、やり取りしてた時にもらった写真と同じ顔なんだけどなぁ」


 なんて言い訳がましいことを言っている。

 と、思いきや、


「ほら。この写真、君だろ?」


 おっさんはスマホを取り出す。

 差し出されたスマホの画面に映っていたのは、明らかに俺の背後にいる女の子だった。

 最初は似ているだけかと思ったものの、涙ぼくろの位置まで一致しているとなれば間違いないだろう。


 おっさんは更に続ける。


「それにさ。嫌がる演技もプレイの内ってことだったよね? これって何? 何かの悪戯?」


 話がややこしくなってきた。

 カッコつけて登場した手前、俺はどうしたものかと頭を悩ませる。


 一方、女の子は悲し気に言う。


「……その写真、多分ですけどボクです。でもやり取りしてたのはボクじゃありません」


 今時珍しいボクっ子だった。


 いや、そんなところに引っ掛かっている場合ではない。

 おっさんはイラつき始めていた。


「じゃあこれってどういうつもりなわけ? 美人局とかそういうの?」

「違います。とも――じゃなくて、知り合いがボクを演じていただけだと思います」

「ふうん? じゃあ、君は何でここにいたの?」

「その知り合いに呼ばれて来ただけです」


 つまり、だ。

 第三者がこの女の子を演じておっさんとやり取りをして会う約束をとりつけた。

 で、その第三者はその約束に合わせて女の子を呼び出した、と。


 どこからどう見ても悪意しか感じられない。

 見ると、女の子は今にも泣き出しそうな表情で俯いていた。


「フン。何だよ全く。じゃあ君は?」


 おっさんの矛先が俺に向かってくる。


「ただの通りすがりだけど」

「あのね。くだらない正義感かざしてる暇があるなら高校生らしく勉強でもしたらどうだい?」


 うるせぇよ。

 そう言い返したかったものの、わりと正論である。


 確かに、出しゃばった感は否めない。


 おっさんは嘆息しつつ腕を組んだ。


「で、君だけどさ。ミクちゃん――じゃないのか。まあそれはいい」


 俯いている女の子に対し、おっさんはねっとりとした口調で語り掛ける。


「君、そのミクちゃんを演じてた子に恨まれでもしてるんじゃないの? これってつまりはそういうことだよね」

「……だから何ですか?」

「ほら。そういう態度が問題なんじゃないの? 誰かの後ろに隠れてコソコソとさ」

「……」

「それに、その格好。勘違いされても仕方ないよね。どうせ裏じゃパパ活とかやってるんだろ? これだから最近の若い子は――」


 お決まりの台詞から、クドクドと説教を始めるおっさん。

 見ると、いよいよ女の子は泣き出しそうになっていた。

 それでも、唇を噛み締めることで必死に耐えている。


 ……アホくさ。

 いい加減うんざりしてきたので、俺はおっさんに吐き捨てた。


「パパ活オヤジが偉そうに説教すんな」

「は、はぁ!? 人聞きの悪いことを言うな!」


 俺はおっさんに近付く。

 殴られるとでも思ったのか、身構えるおっさん。


 俺は未だに俯いている女の子を一瞥してから言った。


「あのな。あんたがこの子の何を知ってるんだ? 何も知らないクセに偉そうに説教するんじゃねぇよ」

「み、見ればわかるだろう!? そんな格好をしていれば――」

「格好は関係ないだろ? それであんたが偉そうなことを言える理由になんのか? あんたがこの子を傷つけていい理由になんのか?」


 思ったことを口にしていたら、段々イライラしてきた。

 一歩ずつ近づいていく。


「関係ねぇだろ、あんたには。わかったならとっとと失せろ」


 俺が言うと、おっさんはブツブツ呟きながら歩いていく。


 どこまでも情けない後ろ姿だった。

 あんな大人にはなりたくないと心の底から思う。


 さて。

 諸々のことは解決したし、俺は一刻も早く帰るとしよう。

 そんな決意をして振り返ってみたところ、


「うおっ」


 本気で驚いた。

 女の子の顔がすぐ近くにあり、


「あの、ありがとうございます」


 やけに艶がある表情をしていた。

 頬がほのかに赤くなっており、瞳はうるんでいる。


「どうした? 体調でも悪いのか?」


 俺が尋ねると、


「い、いや。大丈夫です」


 小さく首を横に振っている。

 それから急にモジモジしたかと思えば、


「あ、あの! 助けてくれてありがとうございました! 今日はこれで失礼します!」


 頭を下げてから、すごい勢いでどこかに走り出す。

 何が何だかわからずにいると、十メートルくらい離れた辺りで立ち止まった。


 その場で深呼吸をしてから振り向く。


「今度、改めてお礼しに行きますので!」


 真っ赤な顔でそう言い残し、走り去っていった。


「今度って何だ……?」


 一人取り残された俺は、言葉の意味がさっぱり理解できずにいた。

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