第11話 またね
「あの……誰だっけ。谷何とかさんが心配してたぞ」
俺が言うと、桐葉は首を傾げていた。
「谷何とかさんって誰のこと?」
「名前は覚えてない。多分、クラスメートだろ? 清楚っぽい女子の」
「あー……
やはり俺の記憶力は当てにならなかった。
心の中で三谷さんに謝っておく。すまん。
「なぜか私のこと気にかけてるっぽいのよね。まあ迷惑なんだけど」
「おい。そんなこと言うなって。普通に心配してる感じだったぞ」
「いやあれは心配とかそういうのじゃないと思うけど。ま、別にいいわ。鷲津にはわからないだろうし」
やけに含みのある言い方だった。
別に興味があるわけではないので、それ以上訊くつもりはなかったが。
「ていうかさ。鷲津ってああいう女が好きなの?」
「は? いや別に」
「まあいかにも男が好きそうだもんね。清楚風」
最後をやけに強調していた。
俺が何も答えずに鼻で笑ってみせると、
「鷲津っていつか悪い女に騙されそうよね」
呆れたように言う。
さすがに俺も言い返す。
「どういう意味だよそれ」
「べっつにー。ただ思ったことを言っただけだし」
「感じ悪いな」
そこで桐葉は小馬鹿にしたような笑みを浮かべた。
「話変わるけど。今日、春川と変なことしてたらしいじゃない?」
変なこと。
否定のしようがない事実である。
思い出したくもないので、話の方向性を変えることにした。
「春川のこと知ってるのか?」
「いや、ほとんど知らないわよ。せいぜい顔と名前を知ってるくらい」
「へぇ」
「で、どうなの? 本当なの?」
絶対に逃がさないという意思を感じる。
いよいよ面倒になってきたので降参することにした。
「春川の奇行に付き合わされただけだ」
「奇行って?」
「詳細は話したくない」
「ま、だいたいの経緯は知ってるからいいけど。クラスの連中が噂してたし」
噂という言葉に引っ掛かる。
「ちなみにどんな噂をしてたんだ?」
「春川と鷲津がおかしくなったって」
それは大いに語弊がある。
おかしいのは俺じゃなくて春川の方だ。
ただ、それを桐葉に熱弁したところで仕方がない。
俺はあくまでも冷静を装って言う。
「俺は巻き込まれただけだ」
「へー。あ、」
言葉を区切ってから手を合わせている。
「そういえば、春川もそういうタイプよね。清楚とか、そんな感じの」
「まだ引っ張るつもりか?」
「まあね。あ、でもあれか、あんなことしでかしたんじゃ、清楚っていうのも無理があったわね。だって、さすがに――」
小馬鹿にするような口調に苛つきを覚える。
俺は言葉を遮って言った。
「そういう話なら春川本人の前で言ったらどうだ?」
俺の強い口調に対し、何かを感じ取ったのか。
桐葉はしどろもどろになっていた。
「いや、違う、その、今のは悪口ってわけじゃないのよ? 本当に」
「そりゃわかってるけどな」
「いや、本当に違うんだってば。むしろ安心したって言いたかったのよ」
「安心?」
「春川の行動を知って親近感を覚えたっていうか」
言われて気付く。
無意識だったものの、俺もそのように感じていたかもしれない。
完璧すぎる優等生。
それが仮面だったことを知って、どこか安心したような。
ふと、気付く。
桐葉はなぜか涙目になっていた。
それから腕で目元をこすってから地団駄を踏む。
「あームカつく! 鷲津ってたまに本気で怖いのよ!」
「あ、悪かった」
「春川って鷲津にとって何なの!? 特別ってわけ!?」
「いや、別にそういうわけじゃない」
「だったら何!? 説明しなさいよ!」
何だこれ。
妻に浮気を疑われる夫みたいな。
アホらしくなってきたので適当に答える。
「ただの知り合いだな」
桐葉は納得がいかなかったのか舌打ちをしていた。
「じゃあ訊くけど。私と春川だったらどっちが仲良い?」
難しい質問だった。
「わからん。というか仲の良さなんて曖昧なものだろ」
「しいて言うならどっちよ?」
「別に」
「でも付き合いが長いのは私でしょ? そうよね?」
「まあ、それはそうだな」
「ということは私の方が仲良いってことでいいわよね?」
面倒になってきたので頷いておくことにした。
「ああ」
そこで桐葉は満足気に頷く。
「ま、まあね! それはそうよね! うん!」
はたから見てもわかるくらいに上機嫌だった。
一体、何に対抗意識を燃やしているのだろう。
まあ本人が満足そうだから良しとしよう。
そんなことを投げやりに考える。
「じゃあ、俺そろそろ帰るから」
声を掛けてから立ち上がると、
「あ、うん。またね!」
桐葉は、はにかみながら手を振っていた。
思えば、またねなんて声を掛けられたのは初めてのことだったかもしれない。
「あっ」
自分の行動が急に恥ずかしくなったのか、慌てた様子で手を引っ込めている。
「ごめん。ちょっと調子乗ったかも……」
恥ずかしそうに俯く桐葉に対し、
「ああ。またな」
俺は手を挙げてからその場を立ち去る。
去り際に見た桐葉は、どこか照れ臭そうに微笑んでいた。
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