第10話 ヘリいっとく?
「じゃ、また明日ね。もっと完璧な作戦を考えてくるから」
放課後になり、春川は不穏な言葉を残して帰っていった。
ちなみにまだ不機嫌そうだった。
俺がコンプレックスに触れたことを相当根に持っているらしい。
なぜ、俺が悪いみたいな状況になっているのか。
そんな当然とも言える疑問は考えないようにすることにした。
既に俺の脳内キャパは限界である。
これ以上、春川のことを考えるだけでパンクしそうだった。
とにかく、一刻も早く家に帰って体を休めよう。
そんなことを考えつつ教室を出たところで、
「あ、あの。鷲津くん。ちょっといいかな?」
背後から声を掛けられる。
そこにいたのは一年の頃に同じクラスに所属していた女子だった。
谷村とか、谷岡とか、そんな感じの名前だったと思う。
おさげに眼鏡というわかりやすい委員長スタイルなのもあり、かろうじて覚えていた。
「何か用か?」
「ごめんね。呼び止めちゃって。あの、桐葉さんのことなんだけど」
知っている名前だった。
俺が頷いてみせると、谷何とかさんは続ける。
「今、一緒のクラスなんだけどさ。よく授業を抜け出したりしてるんだよね」
「へぇ。まあ、いつものことだな」
「最後の授業の前にいなくなって、まだ戻ってきてないの。鷲津くんなら何か知らないかなって」
「何で俺に訊く?」
「ほ、ほら。鷲津くんと桐葉さんって仲良さそうだったから」
全く威圧するつもりはなかったが、谷何とかさんは後ずさりをしていた。
まあ、はたかた見ればそう見えてもおかしくはないのかもしれない。
肯定するのも否定するのも面倒だったので、
「心当たりはある。探してくるから任せとけ」
そう言い残して立ち去った。
それから俺が向かったのは実習棟の三階だった。
第二視聴覚室。
普段映像を使うような授業でしか使われないため、使用頻度が低い教室である。
つまり、俺や桐葉のようなサボり魔には絶好のサボりスポットだった。
扉に手を掛けたところ、鍵が掛かっていることに気付く。
仕方がないので適当に押したり引いたりしてみる。
ガタがきているので、ちょっとしたコツで開くのだ。
やがて簡単に扉は開いた。
中に入ると、やはりとも言うべきか、桐葉がそこにいた。
「すっー……すーっ……」
机を並べて簡易的なベッド代わりにして、丸まった姿勢で眠っている。
いつも思う。
寝ている時だけは天使のように見える、と。
ハーフらしい整った顔立ちに、子供のように小さな体躯。
絹のようになめらかな金色の髪は、夕日が当たっているせいか光り輝いているようだった。
幻想的にすら見える、正真正銘の美少女。
名前を
「おい桐葉。起きろよ」
俺が声を掛けると、桐葉はゆっくりと動く。
それから目を開き、気だるそうにこちらを見た。
「んん……?」
目が合うと、
「わっ! びっくりした!」
わかりやすく驚いて、椅子から落ちそうになっていた。
「おはよう」
俺が声を掛けると、恥ずかしそうに座り直していた。
一瞬の間を置いてから、桐葉が口を開く。
「あ、相変わらずの凡人顔ね、鷲津。ま、寝起きにはちょうどいいけど」
余裕ぶった口調だったものの、ほんのり頬が赤くなっている。
「ずいぶんなご挨拶だな」
嫌味ったらしく言ってから、その辺に椅子に腰を落ち着ける。
桐葉は頬杖をついて俺を見ていた。
「で、何? 私に会いに来たってわけ?」
「そんなわけあるか。今何時かわかってんのか?」
「ええと、」
そこで桐葉は壁に掛けてある時計を見る。
「え!? もうこんな時間!?」
さっきまでの余裕ぶった態度は何だったのか。
すっかり焦りまくっていた。
「やっば! 今日予定あるのよ!」
勢いよく立ち上がった――と思いきや、その場で数秒間フリーズ。
それから頷いて座り直す。
「まあいっか。もうどうしたって間に合わないし」
すっかり開き直っていた。
何となく俺は尋ねてみる。
「何の予定だったんだ?」
「んー……何かの会食とか。パパに呼ばれたのよ。場所が遠いから早めに帰ってきなさいって」
「いいのか? 行かなくて」
「間に合わないんだからしょうがないでしょ。あ、学校の屋上にヘリでも呼ぼうかしら?」
決して冗談で言っているわけではない。
そこそこの付き合いから、俺はそれをよく知っていた。
俺が桐葉と知り合ったのは、一年生の夏休み明け頃。
サッカー部を退部させられた俺は今よりももっと荒れていて、授業をとにかくサボりまくっていた。
サボり場所を探していたところ、この第二視聴覚室で桐葉と出会ったのだ。
ちなみに出会う前から桐葉のことは知っていた。
桐葉は入学して一か月くらいで、とある女子生徒をイジメた主犯として停学になるような有名人だった。
そのイジメ事件について俺はよく知らない。
クラスが違っていたし、何よりも桐葉が事件を起こした頃にはサッカーのことばかり考えていたから。
ファーストコンタクトは決して良くないものだったが、何度も色々なサボりスポットで顔を合わせるうちにいつの間にか話をするようになった。
と言っても友達と呼べるような距離感じゃない。
日中にすれ違っても一言二言しか会話はしないし、お互いの連絡先も知らない。
何より、俺達はお互いのプライベートについてあまり話をしたことがなかった。
それは俺達が起こした事件についても、だ。
だから俺は桐葉のことを上っ面の情報でしか知らない。
イジメ事件を起こして停学になったとか。
金持ちの令嬢とか。
意地っ張りな性格をしているとか。
ただ一つだけはっきりとわかるのは、桐葉が異常なくらいに世間知らずだということ。
つまり、ヘリ云々も本気である。
いよいよ、スマホを取り出してどこかに電話をしようとしている。
さすがに止めるしかなかった。
「おい。本気でヘリを呼ぶ気か?」
「え? もちろん本気だけど?」
「やめとけって。これ以上問題を起こしたら退学になるぞ」
「はぁ? 何でヘリを呼んだくらいで退学になるわけ? 納得いかないんだけど」
「ここが庶民の学校だからだ。庶民の学校にいるからには、庶民のルールに従うべきだと思わないか?」
桐葉は納得がいかない様子で、口をへの字にしていた。
が、俺が本気で言っていると伝わったのだろう。
スマホを仕舞っていた。
「ま、しょうがないわね」
ふと思い浮かぶ疑問。
明らかに上流階級であるはずの桐葉が、なぜこんな普通の高校にいるのか。
俺は尋ねたことはないし、今日も尋ねるつもりはなかった。
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