第7話 ファンタジスタ

 時刻は夜の九時頃にさしかかった辺り。

 日課のランニングや筋トレを終え、シャワーを浴びてから自分の部屋に戻ると、


「わくわく」


 理穂が待機していた。

 いつもの無表情だったものの、その瞳は輝いているようにすら見えた。というか口に出してるし。


 ちなみに準備は万端。

 自分の部屋から持ってきたのであろう、ゲーム機をテレビに接続していた。

 ちなみにゲーム機は最新ハードだ。

 俺もたまに借りたりすることもあって、何度かプレイしたこともある。


 ちなみにゲームだけじゃない。

 クッション、コーラ、ポテチ。

 ゲームをする時の理穂三点セットも準備万端。ダメ人間三点セットと言い換えてもいいかもしれない。


「で、何するんだ?」


 俺がベッドに腰を落ち着けると、ワイヤレスのコントローラーを渡してくる。


「じゃん」


 抑揚のない声と共にソフトを掲げている。

 サッカーゲームだった。

 俺も何世代も前のソフトを持っていたことがある。


「サッカー? 珍しいな」


 理穂はジャンル問わずあらゆるゲームをするが、スポーツゲームだけは例外だった。

 ゲーム云々ではなく、スポーツそのものに興味がないらしい。

 俺が驚いていると、理穂は淡々と言う。


「だって、普通のゲームなら勝負にならないから」


 なるほど、と納得する。

 確かにゲーマーである理穂に対し、俺はゲームが苦手だったりする。

 サッカーのゲームであれば、現実での経験がある分、多少なりともまともな勝負になると思ったのだろう。


 そこで理穂はパッケージで顔を隠した。


「ダメ、かな?」


 気を遣っているつもりだったのだろうか。

 理穂は決して口にはしないものの、サッカーを辞めた俺に対し妙な気遣いをする時がある。


 当然、俺は気にするようなことはない。

 サッカーそのものが嫌いになったわけではないのだ。


「いや、大丈夫だ。面白そうだしな」


 俺が言うと、理穂はひょこっと顔を出す。


「ありがと」


 それから手際よく準備をしていく。

 疑問に思ったので尋ねてみた。


「このゲームどうしたんだ?」

「パパに買ってもらった。パパとやりたいって言ったら次の日に買ってきた」

「ふーん。親父と遊んだのか?」

「いや。兄さんとやりたかったし」

「……哀れな親父だな」

「パパとは格ゲーやるし」


 そんな話をしている内にゲームが起動する。

 さすが最新のゲームだ。

 オープニングの選手の動きがかなりリアルだった。


「おお」


 感嘆の声を漏らしてしまう。


 理穂は迷うこともなく、コントローラーを操作していく。

 マッチモードを選択すると、画面はチーム選択へと切り替わった。


「ねぇ、兄さん。どこのチームが強いの?」


 俺は適当に有名な海外クラブを挙げる。

 理穂は迷わずにその中でもパロメーターが高いチームを選択し、


「兄さんは弱いところね」


 なんて当たり前のように言ってくる。

 結局、俺は聞き覚えのない国の、更に聞き覚えのないチームを選択した。

 チーム力は倍くらいの差がある。


「とりあえず操作説明見るぞ」


 試合が始まる前に操作方法を確認する。

 理穂は真剣に覚えようとしていたものの、俺は一度見ただけで充分だった。

 基本操作は昔と一緒だったし。


 それからフォーメーションやら作戦の設定。

 理穂は特に何も変更していないようだったが、俺はそれなりに真剣に考える。


 弱小チームが強豪チームに勝つ作戦は実にシンプルだ。

 守備固めのカウンター狙い。ずばりこれである。

 とりあえずディフェンスを多めに配置し、作戦は守備固め一辺倒だった。


 準備を終えると、理穂がこちらを見る。


「ま、兄さんには悪いけど。どんなゲームでも負けるつもりないから」


 やたらと自信満々な様子。

 そんな理穂に対し、俺はシニカルな笑みを浮かべてみせた。


「くくく。サッカーで俺に勝てると思うなよ?」

 

 たとえゲームであろうと、勝負は勝負。

 手を抜くつもりはない。


 そしていよいよ試合開始。


 キックオフは理穂からだった。

 操作方法を確認するように自陣でドリブルをしたりパス回しをしている。


「おいおい。それで勝つつもりか?」


 俺が挑発的に言うと、


「まあ、余裕ぶってるのも今だけだから」


 やたら勝気な台詞で返してくる。


 ただ、台詞とは対照的にボールをキーパーまで戻していた。

 なぜかボールを受け取ったキーパーは自陣のゴールに向かってドリブルし、


「あ」


 上体フェイントをしながらオウンゴールをしていた。


 過激なサポーターがいれば、翌日に襲われるかもしれない。

 そんなことを思わせるような暴挙だった。


 画面ではキーパーがうなだれているモーションが映し出されている。

 こいつはなぜ落ち込んでいるのだろうか。

 不思議でしょうがない。


「まあハンデだし」


 理穂は淡々とした口調で言う。


「本当か? あ、って声出してたぞ」

「ちょっと間違えたけど。まあ、良いハンデでしょ」


 それからリスタート。

 今度は俺が早々にボールを奪い、少ない人数ながらも攻撃へと繋いでいく。

 

 やがてサイドからのセンタリングが上がる。

 が、キックの精度がイマイチだったのか、簡単にキーパーに取られてしまった。


 切り替えよう。

 そう思っていたところで、キーパーは足元にボールを転がす。

 手堅く繋いでくるつもりらしい。

 と、思いきや、自軍のゴールにシュートを叩きこんでいた。


 再び落ち込んでいるキーパー。

 どうやらこのキーパーは俺のチームの一員だったらしい。

 一瞬、そんなことを本気で考えてしまった。


「サッカーって難しいね」


 抑揚のない声で理穂は言う。

 しかし、冷静なのは口調だけで、表情は違っていた。

 頬を膨らませて、わなわなと震えている。


「……すまん。操作方法見てもいいか? まだ慣れなくて」


 気を遣って俺が言う。

 理穂は画面に映し出された操作方法を穴が開くくらいに凝視していた。


 そしてリスタート。

 今度は変な動きをすることもなく、パスを繋いで責めてくる。


 だがペナルティエリアを超えることもなくボールを奪取。

 俺がカウンターに移ろうとボールを回したところで、


「「は?」」


 理穂と声が揃ってしまう。


 なぜか理穂のチームのキーパーがゴールを離れて突撃してきた。

 まだ、ハーフラインくらいである。

 驚きはしたものの、サッカーゲーム初心者にありがちなミスだった。

 ディフェンス時にキーパーの飛び出しボタンが設定されており、それを押しっぱなしにしているとフィールドのどこにボールがあろうとキーパーが追いかけてしまうのだ。


「ボタン間違えてると思うぞ」


 言いつつ、俺は超ロングシュートを狙ってみる。

 わざわざチャンスを棒に振るつもりはなかった。


 が、無名チームの無名選手であるがゆえの結果と言えよう。

 シュートに球威が足りず、ボールはゴールライン付近で止まってしまった。


「間違えてた」


 ようやくボタンの押し間違いに気付いたのだろう。


 キーパーはようやく正気に戻ったようにゴールへと戻っていく。


 そこで起こる悲劇。

 ボールを取りに行ったディフェンスがロングパスをしようとしたところで、


「あ」


 キーパーに直撃して、ボールは自陣のゴールにころころと転がっていく。


 画面に映るキーパーは悔しそうに地面を叩いていた。

 八百長とか、そういうレベルを超えているような気がする。

 オウンゴールでハットトリックだし。


「……やり直すか?」


 俺が尋ねると、理穂はぐいっとコーラをあおる。

 それから無表情でこちらを見た。


「別にいい。勝つもん」


 その自信はどこから出てくるのだろう。


 俺は壁に掛かっている時計を一瞥する。

 理穂の負けず嫌いな性格からして、きっと自分が勝つまで付き合わせるつもりだろう。


 夜は長そうだった。

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