第4話 本性
あまりの騒ぎに授業は中止となる。
クラスメート達が自習を言い渡される中、ギャル二人と春川はもちろん、なぜか俺までもが職員室へと連行されることになった。
そして、個別に始まった事情聴取。
俺を担当したのは、何の因果か、サッカー部顧問の山岡という男性教師だった。
たまたまいたのか、それとも俺相手だったからなのかはよくわからない。
はっきり言って、俺はこの山岡が嫌いだった。
そんなわけで、ずっと居心地の悪さを感じている。
自分の席にどっしりと座る山岡に対し、俺は後ろ手を組んで立っていた。
山岡が苛立ちをにじませて言う。
「なぁ、鷲津。こういう物騒な事件が起きると、なんで毎回お前が関係してるんだろうな?」
毎回というのは大いに語弊がある。
それに今回は違う。
「俺は止めただけですから」
「本当かぁ~? ったく。面倒事起こしやがって」
だらしなく出た腹を掻きながら、欠伸をする山岡。
「今回は目撃者も多い。お前が春川を止めようとしたってのはわかってる」
俺ははっきりとした態度で尋ねる。
「なら、これ以上何を話すことがあるんですか?」
山岡は舌打ちをした。
「鷲津。お前、相変わらずだな、そういうところ。目上の人間は敬えっての」
丸めたプリントで頭を叩かれる。
「まあ俺が言いたいのは、これ以上面倒事起こすなってことだ。辞めたとはいえ、お前は元サッカー部だしな。何かあれば、俺の責任になるかもしれん。せいぜい、隅っこで申し訳なさそうにしてろ。それがお前のやるべきことだ」
唇を噛み締める。
言い返す言葉が見当たらなかった。
「わかったならとっとと行け」
虫のように追い払われたので、俺は足早に職員室を出て行く。
その最中、山岡に言われた言葉が頭の中で響く。
隅っこで申し訳なさそうにしてろ。
認めたくはないが、確かにそれが利口な生き方なのかもしれない。
でも、それが何だ?
利口に生きたから何だって言うんだ?
きっと、同じ場面に遭遇したら、俺はまた同じ行動をとるだろう。
それが間違っているというのか?
見て見ぬフリをして、他人事でいるのが正しいのか?
自分に問いかけてみても、その答えは出てこない。
「クソ……」
吐き捨てる。
自分でもよくわからない苛立ちがこみ上げていた。
職員室を出てから、教室とは反対方向に歩き出す。
何となく、素直に授業に出る気が起こらなかった。
どうせ、自習だったし。
それから向かったのは保健室だった。
「失礼します」
中に入ると、すぐに養護教諭が不在であることに気付く。
ベッドの辺りを確認してみると、今は誰も利用していないようだった。
まあ、養護教諭もすぐ戻ってくるだろう。戻ってきてから適当に作り話でもすればいい。
そんなことを考えつつ、ベッドで寝ることを決める。
そして、カーテンに手をかけた時、
「失礼しまーす」
軽い口調と共に来訪者があった。
見ると、その来訪者の正体は春川だった。
頬を片手で抑えている。
「うっ」
目が合うと、わかりやすく顔をしかめていた。
さっきのことがあり、気まずさを感じているのだろう。
そして訪れる無言の時間。
気まずい沈黙を打ち破ったのは、俺の方だった。
「どうした? 保健室に用事か?」
別に変なことを尋ねたつもりはなかったが、少しの間があってから春川は答えた。
「あ、うん。頬のところ、一応冷やしといたほうがいいんじゃないかって、先生が。たいしたことないと思うんだけど。鷲津くんは?」
誤魔化すような理由もなかった。
「サボりだ」
「あ、そうなんだ」
「俺のことはいい。その辺座っとけ」
「え?」
「今、誰もいないんだ。俺が用意する」
「いや、そんな悪いよ」
「黙って座ってろって。一年の時に保健委員をやってたから手順はわかってる」
その辺にあった袋を手に取り、冷蔵庫にあった氷を入れる。
無言の時間が気まずいとでも思ったのだろう。
春川が口を開く。
「ありがと。鷲津くんってもっと気難しい人だと思ってた」
「そうか? ほらこれ」
氷の入った袋を渡すと、素直に頬に当てていた。
促すと、そこでようやく春川は椅子に腰を掛けた。
俺だけ立っているのもおかしな状況だったので養護教諭の椅子に座る。
見ると、春川は何やら微笑んでいた。
「ほら。いつもぶっきらぼうだったから。ウスって返事しかしないし」
「そんな体育会系のキャラじゃない」
「ごめん。それは盛ったけどさ。でも、ニュアンス的にはそんな感じじゃん」
否定できない節もある。
「んー……でも、そっか。ふむふむ。鷲津君って結構話しやすいかも」
ふと、春川が一人事を呟いていたことに気付く。
「うん。そうだよね。今更取り繕っても仕方ないか」
視線が合うと、
「あ、ごめんごめん。何でもない。というかさ、」
一度言葉を区切ってから、急に頭を下げてくる。
「あの、本当にありがとね」
「え? ああ、いやこれくらい」
そこで春川は頬に当てた袋を指差す。
「いや、これじゃなくて。いや、これもありがとうなんだけどさ」
「教室でのことか?」
「うん。止めてくれて、ありがと」
そう言って、春川は再び微笑んでみせる。
俺は何と返していいかわからずに頭を掻いた。
かつての俺と同じ思いを春川にはしてほしくなかった。
そういう類の話をしようと思っていたのだが、
「そうだよね。あんな目立つところでやり返すべきじゃなかったよね。やるなら校舎裏にでも連れていくべきだったよ」
春川の言葉に、俺は固まってしまった。
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