第2話 好感度が足りない?
俺――鷲津 修一は高校二年生にして灰色の学校生活を送っている。
帰宅部で打ち込むものもなければ、成績は入学時から右肩下がり。
数人の顔見知りがいるくらいで、友達と呼べるような存在もいない。
彼女なんてもってのほかだ。
周囲からは落ちこぼれの不良だと認識されている。
そんな俺だが、ずっとこうだったわけじゃない。
かつては、スポ根漫画ばりのサッカー少年だった。
中学生の時はそれなりにサッカーに打ち込んでいたし、地元の強豪校から直接声が掛かるくらいの将来性もあった。
どこで道を間違えたかと言えば、間違いなく一年生の夏に起こした暴力事件がきっかけだった。
とある一人の先輩と衝突し、殴り合いの喧嘩にまで発展した。
結果は、強制退部。
唯一救いだったとも言えるのは、事件が表沙汰になることがなかったということだ。
出場停止とか、サッカー部そのものに迷惑をかけることはなかった。
もしかしたら隠蔽という言葉が当てはまるのかもしれないが。
だが、人の口には戸は立てられない。
周囲の生徒達から暴力事件を起こした不良と認知されるのも、そう日はかからなかった。
やがて俺の周りには誰もいなくなり、すっかり孤立していた。
それについては気にならなかった。
強がりでも何でもなく、俺は元から一人で過ごす時間が好きだったのだ。
ただ、何もかもが退屈で仕方なかった。
人生の大半をサッカーに捧げてきた。
それがいきなり目標を失って、目の前から全てがなくなってしまったような感覚だった。
やりたいことがあるわけじゃない。
勉強ができるわけでもない。
なのに、学校を辞めるような度胸はない。
そんな中途半端でくすぶったまま一年生を終えて、二年生へと進級した。
期待していたわけではないが、別に何かが変わるわけじゃなかった。
唯一変化があったとすれば、俺に物怖じせずに話し掛けてくる女子生徒がいることだった。
春川である。
最初に声を掛けられてから、もう一週間くらいが経過しようとしている。
今日も、登校してきた俺が席に座ると声を掛けてきた。
「おはよ、鷲津くん。今日は珍しくちゃんと来たんだ」
目を逸らしながら返事をする。
「ああ。おはよう」
「今日も元気ないね。朝ご飯しっかり食べたの?」
「どうでもいいだろ。そんなこと」
「どうでも良くないよ。私、学級委員だもん」
誇らしげに胸を張っている。
俺はそんな春川に対し、返事もせずにそっぽを向くだけだった。
やはりとも言うべきか。
最初に抱いた苦手意識を未だに拭うことができない。
住む世界が違うというか。
要するに、俺にとって春川は眩し過ぎる存在なのだ。
それはもう、こうやって目を逸らしたくなるくらいに。
断言しておきたいのは、それは恋心とか、そういう類のもんじゃないってことだ。
神聖なモノを穢してはいけないとか、そんな感情の方が近い。
そんな俺の思惑を知る由もなく、春川は遠慮なく話し掛けてくる。
「ねぇねぇ。知ってる? 今日の数学、小テストあるらしいよ」
「へー。それで?」
「あれ? 余裕そうだね。自信あるの?」
「あるわけないだろ」
「そっかそっか」
そこで、なぜか春川は俺の前方の席に腰を掛けた。
ちなみにその席の主は春川ではない。
なぜか、ニコニコとしながらこちらを見ている。
珍しい。
いつもはこれくらいの会話で切り上げるというのに。
言うまでもないことかもしれないが、俺としては早く立ち去ってほしかった。
「話は終わりか? ならとっとと行け」
「えー。冷たいー。もうちょっとお話しようよ」
「あ?」
「凄んでも怖くないよ」
別に凄んだつもりはなかったのだが。
どうしたものかと頭を悩ませていると、
「ねぇ。鷲津くんって、いつもどこでサボってるの?」
どうやら春川は会話を続けたいらしかった。
嘆息しつつ、答える。
「それ聞いてどうするつもりなんだ?」
「うーん。たまには私もサボろうかなって」
「本気か?」
「本気だってば。私だって、そう思うことくらいあるよ?」
まあ、それはそうかもしれないが。
どこか違和感を覚えつつも、素直に答えることにした。
別に隠すようなことではないし。
「保健室で寝るとか。あとは、実習棟で授業やってなさそうな教室で寝るとか」
「寝てばっかりじゃん。屋上とかでたむろってるんだと思った」
「いや、屋上は入れないだろ。立ち入り禁止だし」
「まあそうなんだけどさ。残念。屋上行ってみたかったんだけどね」
そこでチャイムの音が鳴る。
春川は立ち上がってスカートにできた皺を伸ばしていた。
「貴重な情報ありがとね。じゃ、今日も一日頑張ろっか」
相変わらずの笑顔。
それでも、俺はやっぱり違和感を拭うことができずに、
「春川。何かあったのか?」
そんなことを尋ねていた。
春川はキョトンとした顔になり、やがてどこか悪戯っぽく笑ってみせた。
「んー。内緒。まだ足りないかなー」
「何が?」
「好感度、とか」
そこでようやく話は終わり、春川は自分の席へと向かった。
春川の言葉を思い返し、俺は一人納得する。
好感度ね。そりゃそうだ。
どこか自嘲気味に鼻を鳴らし、窓の外の景色を眺めることにした。
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