人間関係でやらかしてもヒロインになれますか?

朝霧なぎさ

第1話 出会ってしまった二人

「おはよう。鷲津くん」

「……え?」

「あれ? 鷲津わしづくんだよね? 鷲津わしづ 修一しゅういちくん。私、春川はるかわ 芽衣めいっていうんだけど、同じクラスの。これから一年間よろしくね」


 早朝の下駄箱前にて。

 欠伸を噛み殺しながら靴を履き替えていたところ、クラスメートの春川に話し掛けられた。


 眩しいくらいの笑顔を向けられて、しみじみと思う。

 俺の苦手なタイプだ、と。




 季節は春。

 高校二年生に進学してからつい数日が経過したばかり。


 俺は人の顔を覚えるのが苦手だが、不思議と春川のことは印象に残っていた。

 

 春川 芽衣。

 いかにも優等生ってタイプ。

 ただ、芋臭いっていう感じではなく、真面目な今時の女子ってところ。

 

 身長は平均よりやや低いくらいで、体型は少しやせ型。

 大和撫子らしい艶がある黒髪といい、全体的に気品のある容姿。

 それでも誰に対しても笑顔だし、愛嬌も申し分ない。

 

 男の想像する清楚像を形にしたような女子だった。


 話し掛けられたことで思い出す。

 つい先日行われた委員会決めで、自ら学級委員に立候補していた。

 物好きもいるものだと他人事に思っていたのだ。


 そう、他人事である。

 同じクラスであったとしても関わることがないだろうと確信をしていたからだ。


 俺――鷲津 修一はいわゆる不良の落ちこぼれである。

 高身長かつ筋肉質、オマケに悪人面。

 無愛想だし、口下手な自覚もある。

 どこを取ってみても春川とは住む世界が違うような人種だ。


 縁があると思う方がどうかしている。


 いや待て、と考え直す。


 優等生だからこそ、俺のような劣等生にも話し掛けているのかもしれない。

 一種の優しさだ。

 

 そう考えてみると、身構える方が馬鹿らしくなってくる。

 俺は適当に返事をすることにした。


「ああ、おはよう。よろしく」


 素っ気ない俺に対し、春川はそれでも微笑んでみせる。


「うん。じゃあ、教室まで一緒に行こっか。鷲津くんとお喋りしてみたかったし」


 勘弁してもらいたいところだったが、どうにも断る理由が思い浮かばない。


 結局、考えるのも面倒くさくなったので、そのまま廊下を歩き始める。

 何も答えないことを了承として受け取ったのか、春川は隣に並んだ。


「ねぇ、鷲津くんって一年の頃って何組だったの?」

「三組」

「へぇそっか。私、一組だったんだけど。今まで話したことってなかったよね?」

「ああ」

「あ、そうだよね。私は一方的に鷲津くんのことを知ってたからさ。知り合いみたいに軽く挨拶しちゃったよ」

 

 てへへと笑っている春川。

 なぜ俺を知っているのか、と尋ねようとしたものの、やめておくことにした。

 わざわざ質問をするまでもないことだ。


 俺が口をつぐんだままなのに対し、春川は気にするよう素振りもなかった。


「鷲津くんって私のこと知ってた?」

「ああ。学級委員だろ」

「違う違う。そうじゃなくて。一年の頃、私のこと知ってた?」


 考えてみる。

 だが、全く記憶に残っていなかった。

 すれ違ったことくらいはあるだろうが、その程度だろう。


「知らなかった」

「えー。ちょっとショック。委員会活動とか先生の手伝いとか、色々頑張ってたつもりなんだけどなー」

「すまん」

「いや謝ることじゃないって。これから鷲津くんに知ってもらえばいいし」


 教室に近付いていくにつれて、廊下で溜まっていた生徒達の噂話が聞こえてくる。

 見覚えのない、二人組の女子生徒だった。


「春川さんって何であんな不良と一緒にいるんだろ?」

「ショックかも。鷲津と一緒にいるところ見たくなかったな」


 さすがに春川にも聞こえたのだろう。

 噂話をする女子達に視線を向けて微笑みかける。

 居心地が悪くなったのか、そいつらはそそくさと退散していた。


 どう声を掛けようか迷っていたところ、


「陰口叩いてる暇があるなら自分のことを何とかしろっての」


 苛立たしそうに小声で呟いていた。

 それから、はっとした表情になって俺を見る。


「ええと……今の、聞いてた?」


 首を横に振って見せる。


 勘が悪い俺でもわかる。

 明らかに聞かれたくないという様子だった。


 春川にしては意外な独り言だったと思う。


 まあ、でも。

 そもそも俺は春川の性格についてよく知らないのだ。

 俺がどうこう考えるようなことでもないだろう。


「いや、全然。何か言ったのか?」

「ちょっと独り言だったんだけど。まあ聞こえてないならいいや」


 そんなやり取りをしていたところで、俺達が所属する二年一組の教室に辿り着く。


「じゃ、今日も一日頑張ろうね」


 それから、別れてお互いの席へと向かう。

 自分の席に腰を落ち着けたところで、やはりとも言うべきか、クラスメート達の小声が聞こえてきた。


「今、春川さんと鷲津が喋ってたよな? 春川さんって度胸あるんだな」

「え? 鷲津ってそんな怖いの?」

「お前知らねぇの? 一年の頃さ、サッカー部で先輩と殴り合いの喧嘩をしたんだと」

「マジで? ヤンキー漫画みてぇ。そんなヤツがうちの学校にいるんだな」


 春川のせい、とまでは言いたくないが。

 俺はクラスの注目を集めているようだった。


 何もかもにうんざりしてくる。


 鞄を持って立ち上がり、そのまま教室を後にした。


「鷲津くん!?」


 春川が俺のことを呼んでいたみたいだったが、それには気付かないフリをした。


 駆け込みで走っている生徒達とすれ違いながら廊下を歩く。

 やがて人の気配もなくなり、始業のチャイムが鳴り響く。


 ふと窓の外の景色を見る。

 桜が舞い散る風情ある景色だったのに、心を動かされることはなかった。

 まるでモノクロの世界を見ているような、そんな無感動な心情。

 

「寝るか」


 呟いてから歩き出す。


 とりあえず、どこかの空き教室で寝るとしよう。

 目が覚めたら適当なタイミングで授業に参加すればいい。

 そんな感じで行動方針を固める。




 遅刻欠席の常習犯にして、サボりは日常茶飯事。

 過去に暴力事件を起こした問題児。

 それでもヤンキー漫画のようにわかりやすくグレることもなく、学校を辞めるような度胸もない。


 何もかもが中途半端でくずぶっている。

 それが俺という人間だった。


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