可愛らしい冬将軍
ねぎま
元カノから届いた冬の便り
クリスマスを数日後に控え、時刻はめっぽう冷たい空気が支配する夜の八時。
背中を後ろから押されるような、慌ただしいこの時期独特の空気が街中を覆いつくしている。
都心のビル群から仕事を終えたビジネスマンが、コートの襟を立てて足早に家路につく姿が散見される。
「それじゃ、来週また」
僕は、社員通用口を出たところで後輩に声を掛けた。
「残業付き合ってもらってありがとうございます、鮫島主任」
入社五年目で初めて出来た部下が、律儀に腰を九十度曲げて満点の挨拶で僕に謝意を伝えてくれる。
「な~に、気を使い過ぎだって亜斗夢。それより、飲みすぎてコタツに入ったまま寝るんじゃないぞ、若いからって無茶すると俺みたいにメタボ体型まっしぐらだからな」
僕は一丁前にここぞとばかりに上司風を吹かせた。
「分かっていますって、心配にはお呼びません。それじゃ、お疲れさまです」
「ああ、お疲れ」
頬に冷たい感触があった。
「雪が降ってきたのか」
氷のように冷え切った天然石の敷石の上を革靴で足踏みをする。
そうしたところで何の解決にもならないのは百も承知だが、人とは体に染み付いた習慣に抗うことができないものなのだろう。
「手袋はどこに仕舞ったっけ?」
取り敢えず、せめて明日はマフラーを巻いて出勤することにしよう。
屋外の壁面型ビジョンでは、冬将軍の到来を告げる女子アナの映像が流れていた。
豪雪地に育った、僕は鼻で笑う。
顔面にはボタン雪が当たり「ふん。冬将軍の到来とは大げさな。なんとも可愛らしい冬将軍のお出ましだな、ははは………」と、誰に話かけるでもなく、独り言を呟く。
すると、スマホにメールの着信があった。
凍える手でポケットの中で震えているスマホを取り出しメールをチェックする。
差出人は高校時代付き合っていた元カノの夏希からだった。
彼女は田舎の専門学校を出て地元の酒蔵で見習いとして働いているはずだ。
夏希には現在付き合っている男性がいることは、僕に耳にも風の便りで聞いている。
何で突然? と思ったが、メールに添付されているファイルを開くとその謎の一部が紐解けたような気がした。
夏希の背丈を大きく超えるほどにまで積もった雪の壁に手を伸ばして微笑んでいる、彼女のユーモラスな画像にホッコリさせられる。
スワイプして笑っている夏希の表情をアップにした。
「変わってないな」
高校時代に付き合っていたころのまんまの夏希の笑顔に心癒されるとは。
彼女には何度心が折れそうになった時、逃げ出したいと下ばかり向いていた時など、何度その今にも笑い声が聞こえてきそうな温かい笑顔に救われたことか。
メールの本文にはこうあった。
『ひ・っ・さ・し・ぶり、ぶり、ぶり――っ (≧∀≦) !! 元気にしてた、冬馬? そちらの冬はどんな感じですか? こちらはご覧の通り冬将軍様のお出ましです。去年一昨年と少雪だったんで、今年の冬の大雪にはテンション上がりっぱなしです。正月に帰省は……、ああ、今年は無理かな? 出世したって聞いたわよ。じゃあ、暖かくなったころにまた昔の仲間達で飲んだり、遊んだり、飲んだり、そしてまた飲んだりして過ごしましょう。それでは風邪など引かぬよう、栄養を十分とって、夜更しなんかするんじゃないぞ――!』
「夏希らしい。田舎かぁ……、来年は帰れると良いな」
可愛らしい冬将軍 ねぎま @komukomu39
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