第10話 ボールとバットと子供たち

「この変な棒、僕が見つけたんだ」


 少年たちのひとりがユキナガに教えてくれた。それはプラスチック製のバットだった。だいぶくすんではいたがまぎれもなくバットだ。そして彼らは緑色のゴムボールも持っていた。


「ハツ、僕はいま歴史上の重要な局面に遭遇しているぞ」

「おや? エキサイト気味ですね。ユキナガくん」


 ハツにはその理由がちょっとわからない。


「場合によってはスケジュールにすこし遅れが出るかもしれんが、何とかなるだろうか、ハツ?」

「んー、まあ……交通規則をいくつか破れば」


 やんわりとハツは、勘弁してくれと言っている。


 しかしユキナガは語り続ける。


「野球がいまもういちど生まれようとしている、ここで。もういちど人間はボールをバットで思いっきりひっぱたく爽快感に気づこうとしている。ねえ君たち、どんなふうに遊んでいたの?」


 子供たちに熱っぽく問いかけるその様子は、ユキナガが高校生の姿だからまだセーフだったかも知れないが、彼の中身は人生二周目の転生野球大好きおじさんである。本来アウトであっただろう。


 子供たちは自分たちで考えた『ルール』を教えてくれた。


 ボールを投げてそれをこの棒で叩く。飛んだボールを捕った人が1点もらえる。そのときに地面にふれるまえに取ることができたら、2点もらえる。


「へえ、投げる人と打つ人は点数をもらえないの?」


 子供たちの話をユキナガはとても熱心に聞いていた。まるでそれが神様の使いからの言葉であるかのように。


「点数もらえるよ。叩いたボールを誰もとることができなかったら、叩いた人に1点。叩く人がボールを前に飛ばすことができなかったら投げるひとに1点」


 子供たちの話を聞き終わってユキナガは深く息をついた。


「原始的なものではあるけれど、野球だね。子供たちが自分たちで考えだした。これは野球が人間の本能に根ざした遊びであることを示す事象かも。やっぱり野球ってすばらしい。だってルール聞いてても、もう面白いし。やってみたいし」


 ユキナガは止まらない。


「西暦の19世紀に野球が生まれたその最初期、『いいピッチャー』の条件は上手に打たれることができることだったという。どんどん打球が前に飛んで、試合をテンポよく進めることのできる投手が良しとされた。こうして野球の芽のようなものを目の当たりにすると、それは確かに自然な考え方のように思えるよ。ねえハツ。……ハツ?」


 ユキナガのそばからハツはいなくなっていた。


「ユキナガくん話ながい!」 


 ハツはいつのまにか子供たちといっしょに向こうに行っていた。遊びの続きをはじめようとしていた。


「わたしは分析している暇があればちょっと自分でやってみたい!」


 ハツはボールを手にしていた。ピッチャーの役目を買って出たようだった。

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