第6話 友の手紙、兄の手紙
ユキナガとハツは境内の石段にならんで腰かけた。こうしているとユキナガはシバのすけのことを思い出す。
「さっき兄の寝床に立ち寄りました。たぶんわたしに出すはずだった手紙を見つけた」
「あ、僕の家に行ったんだ」
「ええ、あなたのご両親にも挨拶ができました。兄は大事にしていただいていたようですね。うれしいです。ねえ、手紙、読みましょうか一緒に」
「いいの?」
「兄もそれを望んでいるような気がするんです」
ハツが手紙を開いて、ユキナガは横から覗き込んだ。
その文字から彼の声が聞こえてきたようだった。
ハツは手紙を要点だけ読んだ。
『もうすぐ会えるね。何年ぶりだろう、楽しみだよ。実はハツにお願いがあるんだ。リンドウ丸に乗船してほしい。それが君にとって一番いい道だと思う。さがしているものが見つかるかもしれない。そしてもう一つ、リンドウ丸にユキナガくんも連れて行ってほしいんだ。旅の無事を祈っているよ。きっと君たちの運命が待っている』
手紙はそれで終わったようだった。ふたりは少しのあいだ沈黙した。
「リンドウ丸……?」
ユキナガはつぶやいた。ハツはただ手紙を見つめていた。そして彼女はユキナガのほうを向いた。
「ユキナガくんは知らない? リンドウ丸」
「さすがに知っているけど」
「ですよね」
知ってはいても、それは自分の人生にいっさい関係のないものだと思っていた。
「時空移動船リンドウ丸。近年開発されたタイムマシンの最新鋭機、3,000人が乗員する大戦艦。しょっちゅうニュースでやっている。でも、どうしてわたしたちがそれに乗らなければならないの?」
「待ってハツさん、封筒にまだ何か挟まっているよ」
「あ、ほんとだ。これは……新聞記事?」
折りたたまれた新聞記事の切り抜きを広げた。
一面に大きな見出し。
『第三次時空遠征計画が承認』
見出しの下の写真には、大臣と握手をする、白衣姿で髪が長い、若い女性が写っている。
ふたりは記事を読んでみた。
「政府主導による第三次時空遠征計画が議会で正式に承認された」
「今回の計画では、第二次遠征よりもさらに50年さかのぼり、20世紀中盤への時間移動を試みる」
「時間移動技術の進歩は目覚ましい。実用化、商用化への期待がふくらむ」
「……へえ、すごいね」
こういう記事をみると、ユキナガが今いる世界は、確かに前世より数百年後の未来なのだなと実感する。
それが書かれている媒体がいまだ紙であることはとてもアンバランスな状況に見えるが、これこそがハツの言った反デジタル主義の影響だった。
「ええ、凄いですね。でも、わたしたちまるっきり関係なくないですか?」
「な」
ユキナガも同じ感想をもった。彼は首をかしげてしばらく紙面を眺めた。
「ユキナガくん、ここも記事の続きですね」
ハツが小さな別枠の記事もリンドウ丸についてのものであることに気づいた。
ユキナガはその部分を読んだ。2回繰り返し読んだ。そしてつぶやいた。
「ああ、これか」
「遠征へ参加する人材、AIヒューマノイドを、民間を含めて広く募集する」
「法律によりAIヒューマノイドの勤務は単独ではできない。所有者の同乗が必須」
「これは求人ですね、大規模な。3000人が乗るリンドウ丸は、それ自体が一つの街のようなものです。様々な職業の人間、そしてAI個体が必要となる。これは確かにわたしが職を得る良いチャンスかも知れない」
「ハツだけではダメなんだね?」
「そうですね。身元保証人となる登録された所有者がいない、いわゆる『野良AI』が働いている例は今の世の中たくさんありますが、政府の事業でそれはまずいのでしょう」
自分のような未成年が身元保証人でもいいのかと問いかけてユキナガは思いとどまった。その疑問は前世での感覚だ。
この時代ではユキナガよりもっと若くても、能力があれば大学を卒業したり、社会の重要な仕事についているものがいくらでもいた。
ハツの所有者はユキナガでルール上問題ない。
「でもリンドウ丸に乗ったら、学校休むことになるな。どのくらいの期間なんだろうか」
「その点は大丈夫なはずですよ。第二次遠征の時のニュースを覚えていますが、出発した次の瞬間に帰ってきたと話題になっていました」
「次の瞬間? そっか、タイムマシンだもの。帰る時間は調整できるのか。たぶん遠征自体は長期間だったんだろうけど。じゃあ」
「じゃあ?」
「なんとかなるのかな。君と一緒にリンドウ丸に乗っても」
「行ってくれるの?」
「いいよ。シバのすけの妹を助けてあげることができるのなら」
「ありがとう。急にあなたがイケメンに見えてきました」
どうせやることもないしね。ユキナガは寂しそうに微笑んだ。
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