第5話 何もできずに
ユキナガはハツに訊いてみた。
「君はいままでどこにいたの?」
「AIヒューマノイド工場の倉庫です。かんおけのような箱にずっと入っていました。下手すればものの例えではなくその箱がほんとにひつぎになっちゃうところだった」
「へえ大変だったね。……どうしてそんなことになったのか聞いてもいいのかな?」
「わたしに何か落ち度があってのことではないわ。懲罰でそんなことになってしまうAI機体もいるとは聞いていますがわたしは違います。でも説明しろと言われると難しいな。ねえ、反デジタル主義のことは知っていますか?」
「その単語は聞き覚えがある。僕の子供のころに結構言われていなかったかな。あ、今世の子供時代ね。確かイメージのいい言葉ではなかったような」
「少なくともわたしにとってはとても忌まわしき言葉ですね。倉庫に長い間閉じ込められることになったのはそれのせいなので。デジタル機器全般を過剰に危ないものと考えて、あらゆる道具はアナログへの回帰をするべきという思想、それが反デジタル主義」
「この時代には、スマホに相当するデジタル機器がないんだよね。だから最初戸惑ったよ。ここはほんとに未来世界なのかなって。でも近頃はちょっと規制みたいなものが緩くなってきていない? デジタル機器をたまに見るようになってきた」
「わたしが生まれた頃が一番ひどかったの。いま流通しているAI個体の有機コンピュータというのは『アナログ』に分類できる機器です」
「そのへんになると僕の古い常識では理解が難しくってさ。コンピュータ、イコール、デジタルっていう思い込みがどうしてもある」
「わたしはいろんな有機コンピュータが開発されたその過渡期というか、デジタルとアナログのハイブリットなモデルなんです。こっそりデジタルっぽいところがあります。だからわたしは危険な存在とみなされた。誰の目にも触れない場所に閉じ込められた。近年になってようやく時流が変わって外に出られましたが、すでに旧式の骨とう品扱い。不遇の世代もいいところよ」
「それは大変だったね。倉庫に保管されていたとき、機能はスイープになっていたのかな? そうじゃなきゃ苦痛だもんね」
「スイープモードも結構退屈なもんでしたよ。意識がないようである妙な状態なんです。誰を恨めばいいのかもわからずに長い時間を一人ぼっちですごしました。信じられる? 反デジタル主義は何か明文化された法律なんてどこにもないのよ。なのにこんなことになってんのよ」
「それはげんなりするはなしだな」
ユキナガが力をこめて投げたボールをハツがきれいにキャッチングした。澄んだ音があたりに響いた。
「僕は自分でいうのもなんだけどいい投手だと思うんだ」
「そうみたいね」
「君もいい捕手だよ」
「どうも」
「でも、僕らがここでこうしてキャッチボールをしていることを、この世界の人たちは誰も知らない」
これは一度も試合をしたことがない最強バッテリーの物語でもある。
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