第4話 田中ハツ・捕手

 ユキナガはハツの言葉に戸惑った。

 

 意味を飲み込むのに時間がかかった。


「シバのすけが兄。じゃあ君は」


「有機AIヒューマノイドです。兄よりはちょっとだけ新しい型の」


 ユキナガはハツに近づいて彼女のことをよく見てみた。まじまじと。


「あ、ごめん。これってなんだか失礼だね」


「気にしません。わたしは人間型なので、近くでちゃんとみないと判別ができないと思います」


 間近で見たハツは美しい顔立ちをしていた。


 ユキナガの前世では人工の顔が人間に見えない「不気味の壁」を乗り越えたかどうかぐらいの技術レベルだったが、いま見ているハツの表情は人間そのものだった。


 静かに微笑む瞳の奥に小さな紫色の光が見えた。それは彼女が人間ではないことを示すものだった。


「ほんとだ。でもシバのすけは柴犬ベースだったよ。きみは姿かたちがまるで違う。AIの兄弟って、何をもって兄弟というのだろう?」


「わたしと兄は人間でいうところの『魂』のルーツが同じなんです。同じ有機マザーコンピュータ内で発生、分裂した自我たち。それがAIの『兄妹」に関する定義」


「わかったが3割でわからないが7割ってとこかな」


「ちなみにAIの魂は人間から抽出したものだっていう説をいまだに見ますけどあれ嘘ですから。コーラの原料が人の髪の毛だっていうのと同じレベルのオカルトです。わたしそういうの好きじゃないです」


「そこはまあわかった。てか、そんな古い漫画よく知っているね」

「まんが?」

「いやなんでもない」


「兄とは離れて暮らしていても手紙のやり取りはずっとしていました。優しい兄でしたよ。最後まで」


 ユキナガは視線を少し逸らした。


「だからユキナガくんのことも兄から聞いています。前世の記憶を持つ、転生した元プロ野球選手と。それで合っているよね?」


「うん、合っているよ。変に思われるに決まっているからシバのすけにしか打ち明けたことはない。君は僕の話を信じてくれるの?」


「兄は信じていました。わたしはめっちゃ疑っています」

「はは。まあそうだよね」


「でも、こうして直接会うと、あなたはそこまでおかしな人ではないように思います。そういう人が一番やばかったりするものではありますが」


「刺さるねえ」


 これが夏目ユキナガと田中ハツの出会いだった。正確な日付は記録が残っていない。5月だったらしい。


 後世から見れば歴史上重要な出来事なのだが、今の彼らにそれはわからない。


 いい天気の日だった、あたたかな日差しのもとふたりはキャッチボールをした。

キャッチャーのハツを座らせず、立ったままで、軽めにのんびりと。


「ハツさん、君はどういう種類のAIなの? 子守り用ではなさそうだけれど」

「AIの『自己進化』は人間がプログラムでリミッターをかけているじゃないですか。シンギュラリティ防止のために。わたしは旧型ゆえにそれがゆるいのよ。後天的に技術を習得することができる、カスタマイズ可能タイプ。まあ基本スペックが最近の機種に比べたらおとなしいから、そこまでつよつよにはなれないんですけどもね」


「それはまた特殊だね。ふつうAIヒューマノイドは生まれた時から固有の専門スキルをもっているものだ。追加や更新は基本的に出来ない。それで今現在、君はどんなスキルをもっているの?」


「今まさにあなたに見せていますよ。たぶん確認の必要なく世界でわたし一人だけだと思うんですけど、『キャッチャースキル』です」

「キャッチャー」


 世の中には多種多様なAIがあふれている。料理人。パイロット。アナウンサー。


 年々その種類は増えていると聞く。でもキャッチャー用はさすがに初めて聞いた。


「兄に頼まれました。キャッチャースキルをカスタマイズするように」

「シバのすけ、僕のために本物のキャッチャーを準備してくれたのか」


「速いボールが捕れたからといってそれがなんだとは思いますがね」


「納得していない?」


「だって需要がないですよ。わたしは働いて、自分の力で生きていきたいんです。何をすればいいかはまだ分からずにいますが。キャッチャーのスキルでこの先いったいどうしろというのか。まったくもう」


 彼女は話しながらちょっと機嫌が悪くなってきた。投げるボールがそれに連れてスピードを増していく。


 ユキナガはハツの強肩にさきほどから内心驚いていた。

(強豪高校でレギュラーを取れるレベルの肩だ。遠投をさせたら100mは確実に超えるだろう)


「まあそうはいってもね。ほかにどうしていいか分からなかったので、仕方ないことではあったんですけどね。これからほかのスキルを追加できますし」

 

 すねると子供っぽくも見える。ハツは可愛らしいAIヒューマノイドだった。

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