第6話 ユートピア

 その街は高層ビルが立ち並び、ネオンに溢れていた。

 街の灯に関わらず、空には満面の星。


「これが理想郷?」

「そうらしいわね」

 哲平と少女は中央大通りを進む。

 人質は身柄を拘束された上で、VR空間に飛ばされているらしい。

 通行人の中には他の人質の顔も見える。

 正面の宙に浮かぶ大画面では、スーツを着た男が熱弁している。

 

「この国はまだまだ国家としては未熟だ。

 でも皆さんの協力があれば、皆さんが理想を託してくれれば、リアルよりもリアルに、皆さんの生活を豊かにする新しい社会を築くことができる!

 それがこの国、"ユートピア"だ!」

 

 見ていた哲平は顔をしかめる。

「いつの間に、こんな"国"ができてたんだ?」

「あなたはテロリストの一味じゃないの?」

「違うよぅ」

 哲平はさらに嫌そうな顔をする。

「俺はVRCを乗っ取ろうと、ここに潜入していたんだ」

「いいの?そんなにハッキリ言っちゃって」

「口にできない夢なんて実現できねぇよ。

 そういうあんたは、名前は?

 どうして捕まった?」

「私は明里。

 高校の帰りに友達とショッピングしてたら、あのテロに巻き込まれて…」

「その…友達は…?」

 明里は黙って首を横に振った。

「そうか…。俺の友達も…」

 岩崎はきちんと、家族のもとへ帰って弔ってもらえただろうか。 

「お互い災難だったな」


 それにしても、リアルと遜色なくこの街は機能している。

「こんな国が他にも、知らないだけであるんだろうなぁ」

 街角の飲食店では、注文をしている男性客に笑顔で受け答えする店員。

「ありがとうございます!

 では、配達員を手配しますね」

 店員はモニターで配達員を探しだす。


 それを横目に、二人は"案内所"と書かれた建物へ入った。

 役場のような事務所の受付に、眼鏡にマスクで顔を覆った男が待ち構えている。

「ここは無料案内所です。

 あなた方がいるのは、この国の試運転ゾーンです。外からはこのゾーンへアクセスできず、あなた方が外と接触することもできません。

 この国のことについて知りたいことは、何でも私に聞いてください」

 明里と顔を見合わせて、哲平が口を開く。


「"国"と言っているが、税は取られるのか?」

「はい、税というのは、保険会社と同じだ。

 毎月一定の保険料を払う。

 困ったときは、救済し合う」

「例えば?」

「リアルで災害や飢餓があれば、ここの住人は他の住人から寄金を集めることができる。

 この国の役割は、人を繋ぐことだ。

 売りたい者、買いたい者、運びたい者、それらを結びつける。

 今や運ばれるのは商品だけじゃない。人、情報。

 情報を持っている人を知りたい人に届ける。

 誰かを救いたい人を、救いを待つ人に届ける。

 これが、この国の役割だ」

「でも届けるには、インフラは?軍事・警察は?

 これはリアルでしか賄えないでしょ?」


「だからリアルを壊すんだ」


 男の声色が変わった。

 

「君は、あの酒屋で叫んでいた人だな?」

「知ってたのか?

 どうする?ここで殺すか?」

「いや、今のところ俺は敵じゃないんだ。

 ちょっと、ついてきてもらっていいかな?」

 そう言って男は外へ。

 ついていってみると、建物の裏へ回り、そこにひどくガタついた扉が現れた。

 中へ入ってみると、薄暗い殺風景な部屋だ。

「何なんだここは?」

「ここはこの国の中に俺が勝手に作った空間だよ。

 アクセス権がないと入ることはもちろん、存在にすら気づかない」

 男はマスクと眼鏡をとった。

 歳は哲平と同じくらいか。筋肉質の、おおらかな顔をしている。

「自己紹介が遅れたが、俺はテロリストの一味じゃない。潜入捜査といったところかな?

 俺はある国の王室護衛機関で諜報部員をやっているんだ」

「あんたらの敵は?」

「VRC」

 哲平は黙って頷く。

「今やみんなVRCを狙ってるよ。

 VRCに取って変わるか、VRCより前に国として認めさせるか。要するに既存国家への挑戦だ」

「それが今回のテロか」

「うん。

 だがうちとしてはリアルがやられる前に、共通の利害を持った仮想国家と手を組もうという腹積もりなんだ。

 そこでうちの上司が、良さげな奴を見つけてこいって」

「それが俺か」

 男が頷く。


 そうか、そういう風に、色んな勢力が絡んでいるわけだ。


「ん?じゃあよ…」

 哲平は思い出したようにスマホを取り出した。

「この女知らないか?」

 スマホを見ると、学生服を着た晴香が、遠慮がちにはにかんでいる。


「写真は嫌いなの」


 彼女の決まり文句だった。

 

「うーん、俺の記憶データの中にはいないようだ」

 そうか、と落胆する哲平の横で、それまで黙っていた明里が出てきた。

「記憶のデータってどういうこと?

 今あなた本人が話しているんじゃないの?」

「いや、俺はここにはいないんだ」

 

 この男はずっと、どこか飄々としている。


「今いるのは、俺の記憶データから作った人間だ」

「そんなこともできるのか」

「テロ一味に潜入してここに入ったとき、自分のデータを残しておいたんだ。

 だから今俺は船の中だが、他のところにいるよ。

 他にも、記憶を出力することだってできるぞ」

 男の手元に小さな画面が浮かび出した。


 画面の中には、居酒屋の中央で机に立つ哲平の姿。

「いたのか?」

「いや、これは他の隊員の記憶だ。

 見ろよ、顔がボヤけてる。テキトーな記憶だな」

 明里が画面を覗き込む。

「何叫んでんの?」

「もういいだろ、消してくれ」

 哲平が画面を手で遮った。 

「これを見て君をマークしてから、君が来たら"この"俺が反応するように設定しておいたんだ」

「で、具体的に俺に何をしてほしい?」

「それはリアルで会ったときに話そう。

 船から下りたら、君たちを迎えにいく」

「あ、じゃあこいつも」

 哲平も手元に画面を出し、島の顔を映し出した。

「相棒なんだ。テロ一味に混ざって船に乗っている」

「わかった。

 俺は野村だ。迎えにいくまで騒ぎを起こすなよ」

 野村と部屋が消え、二人は元のビル街に立っていた。

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