第5話 船上の一件
「で、これからどうするんだ?」
「どうしようかな」
哲平は呑気に首を傾げる。
「は?ノープランかよ」
「そりゃそうだろう。
プランなんてあったら、こんなとこでくすぶってねぇよ」
「まあ、そりゃそうか」
人気のない船室で、島は壁に寄っ掛かって座った。
「じゃあ哲平、お前の今んとこのゴールは…」
「VRCを獲る」
「うん」
「それと…」
「なんだ?他に何かあんのか」
「……」
「何だよ。隠し事は無しにしようぜ」
「……俺はずっとある女を探してきた」
哲平はスマホの写真をかざした。
「元カノか?」
「いや、一方通行さ。
この、晴香って言うんだけどよ、こいつがさっきの現場にいたんだ。あのテロに関わってた…」
「テロリストの一味か」
「そうじゃないらしい。でもVRC側でもないらしい。
なあ島、今回のテロは、VRCは、思ったより裏がありそうだぞ」
「まずそれがわからねぇと動きようがないわけだ。
で、その情報を得るためのツテが、その女ってわけか」
「そういうことだな」
「よし、とりあえずは情報収集だな」
二人が甲板へ上がると、あちこちに分かれてテロリストたちが談笑している。
「やっぱりよ、こいつらも一枚岩じゃないんだ」
「どういうことだ?」
哲平はこういうことには鈍い。
「こいつらはVR空間で繋がった寄せ集めなんだよ、きっと。
あのVR空間では同じ目的を持った人間が集まれる。だから世界中で同時テロが可能なわけだ」
「新手のネット犯罪組織だな」
「ネットがリアルを超えてきたのさ」
暗い海では大きく白波が立つ。
静かな潮風が冷たい。
星は雲に隠れる。
「これがリアルである必要もないんだよな」
「ん?」
「いや…」
「よかったのか?本当に」
「何が?」
「戻ればまだ、普通で幸せな暮らしがある」
哲平は不本意だと言わんばかりに顔をしかめた。
「幸福を求めるってのは今や義務だ。
どんな形であれな。
俺たちは幸福というガソリンを与えれば動く社会の歯車さ。
社会はその構造を維持・発展させるために人間を働かせる。その対価として幸福を、幸福を求める機会を人間に与える。
要するに普通に幸せを求め、普通に生きろってことだ」
「まあでも、それで幸せならいいと言う奴もいる」
「じゃあ幸せってのは誰が判断する?その判断基準はどこにある?
幸福の要素ってのは、現代社会に合わせて作られた価値観を、俺たちが幸福につながると信じて抱いた幻想じゃないのか」
満月が雲から抜け出し二人を照らす。
「つまり、お前はどうしたい?」
「そうだな。だからよ、俺として生きるんだ。
与えられた幸福という価値観に捕らわれずに、俺自身の価値観で。そりゃ誰だって自分らしく生きて能力を活かしたい。
例えば名声。みんな憧れる。だがそれも社会にすれば結局模範生さ。成功も失敗も、社会の価値基準に過ぎない。
俺が、新しい価値観を生み出してやるんだ」
「それが新しい国ってわけか」
「だが俺たちは不幸な人間だな」
「俺"たち"?俺もか」
不本意だと顔をしかめる。
「気づいてしまった人間は不幸だ」
「何に?」
「幸福を感じて生きるだけなら、余計なことに気づかず、与えられた幸福を純粋に享受して普通に生きるのが一番さ。
でもそのそこに限界や虚無を見つけてしまうと、迷路にはまってしまう」
「俺たちが不幸なんじゃないよ。
幸福に限界が来たんだ」
「そうとも言えるな」
二人が海を眺めていると、甲板中央が騒がしくなった。
「そいつだぁ!捕まえろ!」
見ると、制服を着た少女に男たちが群がっていく。
「何事だ?」
と島が視線を海から横に戻すと、そこにいたはずの哲平の姿がない。
「あいつ…まさか…!」
中央では少女が追い込まれ、男たちが銃を構える。
「見せしめに殺せ!」
「待って!戻るから!殺すのは…!」
「黙れ黙れ!いいよな?殺していいよな!?」
「やめて…助けて…」
その押し問答の間に、哲平が滑り込んだ。
「待て待て待て、何があったんだよ」
「何だお前は!」
「いいからまず銃を下ろせよ、な?」
「こいつに味方するならお前も…!」
と息巻く男の背後から島が現れ、男の肩にポンッと手を置いた。
「落ち着け。興奮しすぎだ」
「でも…!こいつらを…」
「お前らもみんな銃を下ろせ。
ここで人質を殺すのはマズイだろ?
これから天下を獲るのは誰だ?
人をたくさん殺した奴でも、領土を持った奴でもない。
人心を獲った奴だ。
ここで人質を殺せば?
世間が俺たちになびくことはないぞ」
そこまで言い切ったとき、上で扉の開く音がした。
「そいつの言う通りだ。大義を見誤るな」
船室から出てきた男の顔は暗くて見えない。
男たちは迷いながらも銃を下ろした。
「こいつらの処分はどうするんで?」
「女は元通りに戻しておけ」
哲平はホッと息を吐いた。
「男も同じようにしては?」
驚いて哲平は島を凝視するも、間違いなく彼から発せられた言葉だった。
「そうだな。連れていけ」
二人が連行されると、上の男は船室へと戻っていった。
残された島は男たちの肩に手を回して高らかに笑った。
「さ、俺たちも行こうぜ。
あんなことをやってきたんだ。気が立ってるんだよ。
ちょっと休もうや」
そう言って男たちと階段を下りていった。
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