第4話 戦火の狼煙
VRCの放送が終わり、一瞬静まりかえった店内だったが、客たちはすぐに何事もなかったかのごとく酒盛りに戻った。
「おい!そんな呑気に飲んでていいのかよ!
今の聞いただろ?」
哲平の叫びも虚しい。
「聞いたさ。それで俺たちにどうしろってんだよな?」
「昨日と変わらない今日、今日と変わらない明日。俺たちの生活はすぐには変わらない。
世界が変わっても俺たちの生活はすぐには変わらないもんさ」
これには黒シャツが食い下がる。
「そう言ってる間に事態はここまで来てるんだよ!
昨日と変わらない今日の裏では、着々と変化は進行している。爆発は今にも、いや、今日にも…」
「今だ!」
便所から駆け戻ってきた岩崎が叫んだ。
「お前今までどこで何してた?」
「それどころじゃねぇよ!
お前も!全員!今すぐ避難しろ!」
「おい、岩崎!
ちょっと待て!説明しろ!」
「そんな暇ないんだよ!今すぐにでも…」
ズドン
と外から爆発音がすると、さらに銃声と悲鳴が続いた。
「ほら…始まった…」
「おい、ちゃんと説明しろ」
「トイレに行ったらよ…裏通りから話し声が聞こえたんだ。
これからテロリストによってこの街は占拠される…」
その言葉を聞いて客たちは雪崩を打って出口へ駆け出した。
「今のマジかよ?」
「ああ、確かに聞いた」
整理が追いつかない。
逃げようにも、足が動かない。
哲平は自分が抱く恐怖心にも気づけなかった。
そこへ割って入ってきたのは黒シャツ。
「俺は行くぞ。お前もこんなところで犬死にしないようにな」
そう言って裏口へ去っていった。
「俺たちも早く行こう」
「そうだな…とにかく外へ…」
すると表通りから銃声が響き、出口に群がる客たちが倒れる。
そして入ってきたのは機関銃を構える男たち。
「全員その場に伏せて手を頭の上にしろ!」
哲平たちは黙って指示に従う。
そしてそれぞれの頭に袋が被せられた。
そのまま哲平たちは路上へ引きずり出され、跪かされた。
おいおい嘘だろ?
こんな終わり方ってありかよ?
ズドンと一発、銃声とともに、右端の人間が倒れる音がした。
そしてその次の人間。
その次にいるのは、岩崎。
岩崎の震えが右肩に伝わってくる。
「待て!どうしてこんなことを…」
言い終わる前に銃声が哲平の耳をつんざき、右肩に当たっていた人間が倒れた。
嘘だろ嘘だろ嘘だろ
銃の気配が哲平の前に来た。
全身の力が抜けるのを感じた。
もう終わりだ。
銃声が響く。
しかし一発ではない。
正面で男たちが倒れるのがわかった。
パニックを起こす哲平たちの頭から、袋が剥がされた。
"VRC"
目に飛び込んできたのはその3文字。
哲平たちを救ったのは、VRCのヘルメットを被った部隊。
VRCはもう軍隊まで持っているのか…。
もはや哲平は無力だった。
もう追いつけやしない。
俺はあの居酒屋のおっさんと同じか。
変わっていく世界に流される一人。
傍らで倒れて動かない岩崎もそうだ。
もはや悲しみすらも湧いてこない。
ただ流れに乗って生まれ、死んだ。
「行こう。早くこの場を離れるんだ」
VRC隊員に抱えられ起き上がると、他の客たちと一緒にVRCに続く哲平。
あちこちで戦闘の音、襲撃を受ける悲鳴。
「地獄だ」
一人が呟いた。
「まだ始まりさ」
「テロリストの目的は?」
「さあな、自分たちの力を誇示したかったんだろ」
隊員はぶっきらぼうに答えた。
俺はこいつらについていって、生き延びて何の意味がある?
黙って地面を見つめていた哲平は歩みを止めた。
隊列は構わず行ってしまい、取り残された哲平は放心状態で空を見上げる。
なんなんだよ、俺の人生。
世界は構わず進んでいく。
歩みを止めればそこでおわりだ。
俺は世界を進めていける人間と思っていた。
思い上がりだった。
世界と一緒に進んでいく、いや、ついていくのに必死な人間じゃないか。
これから何に生きればいい?
人生でやるべきことを見失った。
晴香も…。
ドンッ
急な爆発音に哲平は顔を上げた。
手前の建物からモクモクと立ち上る黒煙。
辺りの人々は悲鳴を上げて建物から離れていく。
哲平は逃げる気力もない。
「おい!あいつだ!」
人々が指さす先には、燃え盛る建物を背に女が走っていくのが見えた。
「女が逃げるぞ!」
哲平の脳裏に"あの"光景が蘇る。
いや、まさか…
あの時もあの長い後ろ髪をなびかせて、彼女は俺の前から立ち去った。
哲平はなりふり構わず駆け出した。
この場を逃せばもう、会えないとわかっていた。
「晴香!晴香だろう!?」
哲平の声に応えるように一瞬見せたその横顔は、紛れもなく内田晴香、彼女だった。
しかし彼女は、気のせいかとでも言うように前へ向き直ってしまった。
「晴香!待ってくれ!」
今度は確かに届いた。
晴香は立ち止まると、振り返って哲平の目を見た。
「……」
また、何も言えないのか…?
いや、彼女は俺の"何か"を待っている。
「あ……」
やっとのことで口を開いたとき、彼女の頭上に瓦礫が燃え落ちてきた。
「危ねぇ!」
哲平は飛び込んで、すんでの所で彼女を瓦礫から救った。
「何してるんだ!こんなところで!」
「あ、あなたこそ…」
そのとき、炎の奥で無数の声と足音がする。
「行かなきゃ…」
「ちょっ、待…」
「あなたも!」
晴香は哲平の手を取り引き起こすと、路地の奥へと駆け出した。
哲平はわけもわからず後を追う。
「お前まさか、このテロに?」
晴香は無言で角を右に曲がった。
すると前からは、VRC部隊が迫っている。
「こっちだ!」
振り向くと哲平が塀の上から手を伸ばしている。
「早く掴まれ!」
晴香を引き上げ塀を越えると、二人は一目散に駆け抜けた。
二つ目の塀を飛び越え、顔を上げると、前から銃を構えた部隊が押し寄せていた。
あっという間に二人を囲む。
「両手を頭の後ろで組んで塀の方を向け」
二人は黙って指示に従う。
黒ずんだ石塀が視界をいっぱいにする。
「楽しかったなぁ、あの頃」
ランドセルを背負った晴香がまだ新しい石塀の上に座っている。
「来ないの?」
塀の下にいる哲平は口を尖らせた。
「高いとこは嫌いなんだ」
「ふ~ん、怖いんだ」
晴香はいたずらに笑った。
「お前だって怖いものくらいあるだろ」
「うん、あるよ」
晴香は真剣な表情で哲平を見つめた。
「私は死ぬのが怖い」
「そんなまだ先のことを…」
そんなまだ先は、実はもうそこまで来ていた。
世界は死に覆われようとしている。
「お前はこうなることをわかっていたんだな」
「そう。怖いから、立ち向かうの。
でもそれももう終わり」
「いや、まださ」
ニカッと哲平が笑ったとき、その手から何かが転がり落ち、それは忽ち閃光を放って隊員たちの目を眩ませた。
再び目を開いたときには、その場に二人の影はない。
「いつもそんなもの持ってるの?」
「いや、さっき拾ったんだ」
二人は瓦礫の陰に身を隠した。
「お前、このテロに関わっているのか?」
違う。聞きたいことならもっと他に山ほどあるだろ。
「この事件はもっと複雑なの。
私はVRCでもテロの一味でもない」
「じゃあ一体…」
おもむろに晴香は立ち上がった。
「私もう行かなきゃ」
「えっ?おいっ…!」
「これだけは信じて。
"私たち"は人を殺めてない。
守るために来たの」
「は?わかんねぇよ!」
哲平が止める間もなく、晴香は歩きだした。
「まだ、待ってるから」
その言葉を残し、晴香は走り去った。
「晴香っ!」
あっという間に晴香の背中は建物の陰に消えていった。
後を追おうとした哲平は、強い力で腕を引かれた。
「なんだよ!放せ!」
腕の先を見ると、さっきの黒シャツが立っていた。
「落ち着け…。
そっちの方向はテロリストたちが来ている。
とにかく離れよう」
黒シャツの言うように徐々に銃声が近づいてくる。
「チッ…」
走り出した哲平は頭の整理が追い付かない。
「この事件はもっと複雑なの…」
どういうことだ?
とにかく俺がやるべきことは?
「おい、お前」
あん?と黒シャツが振り向く。
「これからどうすんだよ?」
「どうするって、ひとまず安全なところに…」
「なあ俺とよ、VRCを盗りに行かねぇか?」
黒シャツは立ち止まった。
「勝算は?」
「ない。でも今行かなきゃ勝機は遠のくばかりだ」
少し考えていた黒シャツはすぐに目の色を変えた。
「どうせ面白くもない人生だ。乗っかってやろうじゃねぇか」
「決まりだな」
じゃあまずはどうしようか…
「おい、さっきテロリストたちのトラックがあったろ?」
「ああ、あったな」
黒シャツがニヤリと笑った。
港ではテロリストたちが船へ撤退を始めている。
「急げ!VRCが来るぞ!」
続々と船へ乗り込む車、駆け込む者たち。
最後の一台が乗り込み、船が出航すると、甲板では歓喜の声が上がった。
その下の車庫では。
最後の車から降りてきたのは、テロリストに扮した哲平たち。
「そういや、名前がまだだったな」
「ああ、俺か?俺は坂本哲平だ」
「俺は島准一」
この日を境に、世界は後に語られる戦国時代へと突入する。
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