第3話 破暁

「私が女だってことを知っているのは、そうだね。姉上と、姉上の近衛の紅蓮隊の人たち。それと私が生まれる前から仕えてくれている重臣が数人くらいかな」

「そうなると、ここの外で迂闊なことは言わない方がいいか。で、もう一つ本題。イウリィはどうしてネオンの侍女をしているの?」

「あら、私ですかぁ?」


 朝食の時間。一緒のテーブルに座っていたイウリィはこてんと首を傾げる。

 イウリィはネオンの従者だが、離宮の外ではありえないほどに気安い関係の二人は普段から食事を一緒にとっていた。ナデシコも立場を意に介さないたちだから、イウリィの振る舞いも変わらなかった。


「ええ。悪魔の娘が人間の王宮にいるなんて、普通なら考えられないもの」

「ふふ、それはそうですねぇ。とはいってもシンプルな話ですよぅ。このイウリィ、お察しかもしれませんが天導教に狙われていまして。いろいろあってネオンさまに命を助けていただいた縁でお仕えしているんです」

水底揺籃みなそこまもりの娘ってだけで殺すんじゃ天導教と同じだし、だからといって海に帰してあげるには都合が悪くてね。ちょうどいいから一蓮托生になってもらったんだよ」


 そういうことか、とナデシコは相づちを打つ。ネオンもイウリィも表に出られない存在だ。お互いの秘密と命を守る利害関係として、確かに二人の事情は「ちょうどいい」。

 事情は理解した。ナデシコは水を飲みながら、この判断を受け入れたシュトラルの女王への感服の吐息を落とす。


「それにしても、クエリ陛下も肝が据わってるのね。下手したら天導教に攻撃されてもおかしくないでしょうに」

「うん、姉上に喧嘩を挑んじゃいけないって上姉さんと下姉さんにもよく言われた」


 ネオンはどこか楽しそうに言う。その様子に、姉妹仲がいいのはなんとなく見て取れた。

 ナデシコは喉を潤すと、勢いよく立ち上がって腰に両手を当てる。堂々とした立ち姿だが、ナデシコの心は高揚していた。


「さて、旦那さま。あたしが王宮図書館を使うことに問題はある?」

「いいや、まったく。私もイウリィも引きこもりだから一人で行ってもらうことになるけど構わないかい?」

「あら、それはありがたいわね。図書館なんて自分で行かなきゃ楽しみがないもの」


 ナデシコはうきうきとした足取りで部屋から出て行く。食堂に残ったネオンとイウリィはゆっくりと食後の休憩をしていた。


「ナデシコさま、変わったお方ですよねぇ。陛下から聞いていたけど、想像以上でしたぁ」

「うん、私も知り合いたちを想像してたからびっくり。竜帝の娘なのに竜になれないってことだし、ナデシコにもいろいろあったんだろうね」


 魔術師というだけでなく、人間への偏見もないし、あっさりとイウリィの異形すら受け入れる。

 ネオンもナデシコの価値観が竜からは外れていることをなんとなく察していて、それがナデシコへの好感につながっていたのだが、ナデシコの過去を想像するとどうにも気が重い。


 当たり前から外れる。世間から外れる。世界への居心地の悪さは他ならぬネオン自身につきまとっていることだから、ナデシコのことを考えるとどうにも自分への違和感に思考が傾いてしまうのだ。


「――さて、私も出かけてくるよ。今日は夜までには戻ってくるつもりだから」

「はい、承知いたしました。でもネオンさま。お帰りを焦って危ない目に、なんて遭わないでくださいねぇ」

「ふふ、大丈夫だよ。これでも私、強いんだから」

「知っていますよぅ。ネオンさまの武力は比類なきもの。でも心配するのが私のお仕事でお役目なんです」


 イウリィは真剣な顔で言う。ネオンは柔らかく微笑んで、イウリィの頭を撫でた。


「ありがとう、イウリィ。それじゃ、いってきます」

「はい。いってらっしゃいませ、ネオンさま」

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