第18話 500枚金貨

 しばらくすると、俺たちはさらに豪華な装飾が施された広間にたどり着いた。その中央には、一人の女性が優雅に座っていた。


 長いドレスに身を包み、貫禄と妖艶さを兼ね備えたその女性こそ、この店の責任者――ベティスだった。


 ベティスは、見る者を圧倒するほどの妖艶な雰囲気を持つ女性だ。まるで滝のように肩に流れる濃いワインレッドの髪、そしてその眉目には一度見たら離せなくなるほどの魅惑が宿っていた。


 彼女はクリンの姿を見つけると、唇に意味深長な笑みを浮かべた。

「おやおや、クリン。また新人を連れてきたのかい?」

 その声は甘美で、どこか挑発的でもあった。


 クリンはにやりと笑い、片目をウインクして答える。

「そうさ!こいつは俺の大事な相棒、ニゲンだよ。今日はこいつに新しい世界を見せてやろうと思ってさ。」


 ベティスは俺を一瞥し、その視線には少しばかりの興味と遊び心が混じっていた。彼女は椅子にもたれながら、柔らかな声で、しかしどこかからかうような口調で言った。

「新人くん、初めてね?でも安心していいわよ。お姉さんが特別に可愛がってあげるから。」


 その言葉に、俺は一瞬どきりとしたが、クリンは慣れた様子で間髪入れずに口を開いた。

「おっと、そんなら俺にもちょっと恩恵があるべきだよな?新人連れてきたんだし、少しは割引ってやつがあってもいいんじゃない?」


 彼は笑顔を浮かべながら、どこか狡猾な調子でベティスに持ちかけた。その様子は、まるで交渉ごとを楽しんでいるかのようだった。


「もちろんよ。」

 ベティスはクリンに向かって微笑みながら、羽毛のように軽やかな口調で答えた。その声には、すべてを掌握しているかのような自信が満ちていた。


 彼女は手を軽く叩いた。その音はリズミカルで耳に心地よく響き渡る。続けて、少し声を張り上げた。

「ゼラ、来てちょうだい。」


 間もなく、一人の黒髪の女性が静かに姿を現した。彼女の歩き方はどこか滑らかで、成熟した女性特有の雰囲気を漂わせていた。


 その顔立ちは整っており、冷たさを感じさせる美しさを持っている。しかし、それ以上に目を引いたのは彼女の服装――いや、正確にはその露出度だ。


 彼女の上半身に着ているシャツはほぼ透けており、淡いピンク色の照明の下で、その体の曲線がはっきりと浮かび上がっていた。

 特に、シャツの下に薄っすらと見える黒っぽい乳首の輪郭が視界に入り込み、思わず目が釘付けになりそうになる。


 俺は一瞬固まったが、次の瞬間、視線をそらしてしまった。それがあまりにも意識しているように見えないように、できるだけ自然に振る舞おうとした。


 同時に、俺は彼女の情報を軽くスキャンした。


 │年齢:20歳│

 │[親密経験]│

 │初回状態:失われ済み 回数:2652回│

 │最新記録:つい先ほど 相手:102人目│


(百人斬りどころじゃねぇ……2652回って、どんだけだよ……)

 俺は心の中でひっそりと感嘆しつつ、彼女の数字に圧倒されていた。


 クリンはまるでベテランのように、遠慮もなくゼラの腰を抱き寄せると、満面の笑みを浮かべながら彼女を連れて階段を上っていった。

 階段の途中でわざわざ振り返り、俺に向かって手を振りながら、嘲笑するような表情でこう言った。


「おいおい、新人くん。そんなに早く諦めるなよ!」

 彼の笑い声は欠揃で、明らかに処男をからかう意図が丸見えだった。


「……チッ。」

 俺はわざとらしく冷たい鼻を鳴らし、不機嫌そうにクリンとゼラが階段の角を曲がって姿を消すのを目で追った。


 その瞬間、ベティスが一歩前に出てきた。彼女は柔らかな笑みを浮かべ、俺をじっと見つめながら言った。

「ニゲンさん、初めてだそうね。どんなタイプがお好み?」


 その声は甘く優しいものの、その奥には処男を弄ぶような意図が透けて見えた。


 彼女は俺を試すような視線を送りながら、完全に楽しんでいるようだった。そのあからさまな態度が、俺の心にかすかな苛立ちを生じさせた。


「あなた自身がいいんじゃないか?」

 俺はすぐさま反撃し、わざとらしく笑みを浮かべながら言った。その声には軽い遊び心を込め、彼女をじっと見つめた。


「ほぉ?」

 ベティスは少し眉を上げた。その笑顔は崩れなかったが、その瞳の奥にわずかな不快感が浮かんだようにも見えた。

「でも、私は高いわよ?」


 彼女は甘美な声でそう言いながらも、どこか釘を刺すようなトーンで続けた。それは「軽い冗談はここまでにしておきなさい」というメッセージにも聞こえた。


「どうして俺が払えないって分かる?」

 俺は一歩も引かず、視線を彼女に向けたまま答えた。その声には挑戦的な色が含まれていた。


 ベティスの目が少し細められ、彼女の笑顔が一瞬固まった。それも束の間、彼女はすぐに軽薄な笑みを取り戻し、ゆっくりと肩にかかる赤い髪を撫でながら、低く笑い声を立てた。その声は柔らかいが、その奥には鋭さがあった。


「さすがクリンの友達ね。」

 彼女はそう言いながらも、その言葉には軽い棘が混ざっていた。


 一拍置いてから、彼女はさらに言葉を続けた。その声には露骨な嘲笑の色が加わっていた。

「別にあなたを疑うわけじゃないけれど……正直、クリンのお友達がどれだけお金持ちなのか、想像するのは難しいのよね。」


 彼女の目には、まるで俺を見透かそうとするような視線が宿っていた。その表情は、すでに俺のことを「値踏み」し終えたとでも言いたげだった。


 その言葉に、胸の奥からじわりと怒りが湧いてきた。だが、表面には一切出さず、俺は相変わらず淡い笑みを浮かべていた。


(この女……完全に相手を見て態度を変えるタイプだな。)

 心の中でそう思いながらも、俺は肩の力を抜き、意識して気楽な様子を装った。


「ところで、クリンってここで一年にどれくらい使ってるんだ?」

 俺は何気ない口調で問いかけた。


「だいたい5枚の金貨くらいかしらね。」

 ベティスは気の抜けた声でそう答えた。その語調にはまるで何の興味も感じられず、額の大きさに驚く素振りもない。


 彼女にとっては取るに足らない金額なのだろう。さらには、俺のことを一瞥すらせず、完全に軽視している態度をあえて見せつけてきた。


(5枚の金貨、か……。)

 その額を聞いて、俺は思わず冷笑を漏らした。そして、すでに心の中では一つの決断をしていた。


「5枚ね……。」

 俺は眉をわずかに上げながら、小さく反芻するように呟いた。そのままゆっくりと手を伸ばし、物品欄から一つの袋を取り出した。

 袋はパンパンに膨れ上がっており、その中身が何であるかを示していた。


 次の瞬間、俺はその袋を迷いなく、テーブルの上に叩きつけるように置いた。

「パァン!」

 響き渡る清脆な音が、室内の静寂を一瞬だけ破った。その音は否応なくベティスの注意を引きつけた。


 袋は衝撃でわずかに揺れ、中から数枚の金貨がころりと転がり出た。それらはテーブルの上で「カラン」「カラン」と清脆な音を立てる。

 その金貨の輝きは、部屋の薄暗い照明の下でも一際目を引いた。


 ベティスの目は瞬時に袋へと吸い寄せられた。先ほどまでの余裕に満ちた表情は完全に消え去り、その顔は驚きに固まっていた。


 彼女は目を大きく見開き、テーブル上の金貨をじっと見つめている。その態度は、まるで全身が時間ごと止まってしまったかのようだった。


 部屋の空気が一瞬にして張り詰めた。彼女は息をひそめたように静かになり、金貨の輝きに目を奪われている。


「これから先、クリンがここで使う分は、全部俺が払う。」

 俺は静かに言い放ち、ベティスの目を見据えた。口元には自信に満ちた笑みを浮かべている。

「この袋には500枚の金貨が入ってる。」


 その言葉を聞いた瞬間、ベティスはガバッと顔を上げた。その目には驚きと困惑が入り混じり、信じられないといった色が浮かんでいる。

 彼女は、まるで自分の耳が間違っているのではないかと疑っているかのようだった。


 俺はその視線を楽しむように軽く笑いながら、さらに付け加えた。

「あと……これ、クリンには内緒で頼むよ。」

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