第9話 【管理者権限が起動されました】
夜は更け、月は明るく星はまばら。墨のように深い夜空に、いくつかの星がぽつりぽつりと散らばって輝いている。
部屋の中は薄暗い。淡い灯りが静かに揺れ、システム画面から漏れる微かな光が俺の顔を照らしていた。視線は画面に映るおなじみのゲームUIに釘付けだ。
熟練の手つきでコード入力ウィンドウを呼び出し、指を仮想キーボードの上に浮かせる。ほんの一瞬の間を置き、今日もまた、挑戦が始まった。
時間は容赦なく流れていく。気づけば1時間が経過していた。それでも画面には何の変化もない。
俺はため息をつき、ベッドのヘッドボードに身を預けた。凝り固まった肩を揉みながら、口元に苦笑を浮かべる。
「やっぱり、また失敗か。」
小さく呟いたその声には、自嘲の響きが混ざっているものの、不思議と挫折感は薄い。
この繰り返しこそが、もはや日常となっているからだ。挑戦して、失敗して、反省して、また挑戦する。それが俺の日々。きっと、もう慣れっこになっているのだろう。
そもそも、失敗なんて当たり前のことだ。けれど、俺が本当に夢中になるのは、コードを一行一行打ち込むその瞬間に感じる、あの微妙な期待感だ。
暗闇の中、長いトンネルを歩いているようなものだ。どこかで突然、光が差し込むんじゃないか──そんな希望に胸が高鳴る。
ふと、俺は手を止めた。眉間に軽く皺を寄せ、思考がぐるぐると頭の中を駆け巡る。
指先で膝の上に掛けた毛布をトントンと叩く。リズミカルな摩擦音が静かな部屋に響く。
ここ数日、俺はずっと「チートコード」という前提で試行錯誤を繰り返していた。でも、その考え自体が袋小路に入り込んでいるのかもしれない。
もしかしたら、ゲーム会社はそんな複雑な隠し機能なんて仕込んでいないんじゃないか?
それとも、この“チートシステム”そのものが、常識的な推測では到底理解できないロジックで組まれているのか?
目がかすかに光を帯びる。まるで、霧の中に微かな糸口を見つけたような感覚だ。俺はすぐに仮想キーボードに指を戻し、素早く一連の文字列を打ち込んだ。
【Administrator Mode】
その瞬間、俺の心は再び期待と興奮で満たされていった。
エンターキーを押した瞬間、俺は息を止めた。画面を凝視し、目を逸らすこともままならない。まるで、どんな些細な変化も見逃すまいとするかのように。
数秒が過ぎた。だが、画面は静まり返ったままだ。何の変化も起きない。おなじみの沈黙が、再び俺の周りを包み込む。
「やっぱり、反応なし、か……」
俺は低く呟く。その声には、自嘲の響きが混じりつつも、どこか達観したような安堵感も漂っていた。
口元に浮かぶのは、苦笑とも諦めともつかない微妙な笑みだ。俺はベッドのヘッドボードにもたれ、ふと視線を窓の外へ向けた。
夜の闇は相変わらず深く、まるで俺の突拍子もない試みを嘲笑っているかのようだ。しかし、その一方で、窓枠に映る月光の影はまるでそっと囁くようだった。──「まだ諦めるな」と。
やっぱり、俺の考えが甘すぎたんだろうな。
軽くため息をつきながら、次にどう試すべきかを頭の中で整理する。失敗すること自体には慣れている。それでも、どうしても諦めきれない気持ちが、俺を前へと駆り立てる。
もう一度、新しいコードを打ち込もうとしたその時だった。画面を見つめていると、何かがおかしいことに気づいた。
……コード入力のインターフェースが、妙に固まっているように見える。
試しに画面を軽くタップしてみたが、全く反応がない。
「……おいおい、なんだよこれ。クソみたいなシステムだな。コード入力画面すらフリーズするのかよ!」
思わず心の中で毒づいてしまった。眉間に皺を寄せながら、苛立ちを抑えきれないまま、指先で画面を数回連続してタップしてみる。それでも、相変わらず石のように無反応だった。
舌打ちをしながら、ますます深く眉をひそめる俺。画面の沈黙が、妙に不気味に思えてきた。
「くそっ……」
俺は小さく呟いた。その声には疲労と苛立ちが滲み出ている。どうしようもない虚無感に襲われ、ベッドのヘッドボードに寄りかかりながらぼんやりと天井を見上げた。
もういい、今日はこれ以上続けても意味がない。このダメなシステムが勝手に調子を取り戻すのを待つしかないだろう。
そう思いながら、俺はUI画面を適当に閉じた。瞬間、部屋はぼんやりとした月明かりだけに包まれ、半分暗闇に沈んだ。
俺は深く息をつき、ベッドに横たわる。そのまま布団にくるまりながら、ふと思った。
「そういえば、こんな風に固まったのは初めてかもな……」
そんな呟きを口にしたまま、毛布を引き上げて首元まで覆い、深く頭を沈める。少しは頭を休めないと、と思いながら目を閉じようとした。
だが、その瞬間だった——
ブン——ッ!
低く控えめだが耳に響く電子音が部屋に鳴り響いた。その直後、無数の仮想ウィンドウが泉のように湧き出し、狂ったように次々とポップアップし始めた。
それらのウィンドウはどれも眩しい光を放ちながら広がり、部屋の空間をほぼ埋め尽くさんばかりに拡散していく。
俺は反射的に飛び起き、目を見開いたままその異様な光景を凝視した。
ウィンドウは空中に浮かび、まるで光る魚の群れが水中を漂うように微妙に揺れ動いている。
それらが放つ光は壁に反射し、奇妙で不気味な雰囲気を部屋中に漂わせていた。
そして、その中心にある最も大きなウィンドウが突然、他のどれよりも強烈に輝き始めた。
まるで全ての視線を引き寄せるように、それは他を圧倒する存在感を放っていた。
画面に浮かぶ文字は、金属の光沢をまとっているかのように輝きながら、シンプルかつ力強いメッセージを表示していた。
【管理者権限が起動されました】
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