第5話 レジ係として働いている
何とかギリギリで店に到着した俺は、勢いよくドアを押し開けた。
店内に飛び込むと、真っ先に目をやったのは壁に掛けられた時計。針はぴったり出勤時間の1分前を指していた。
「ふぅ……セーフ。」
胸を撫で下ろし、ようやく安堵のため息をついたその瞬間、背後から冷たい低い声が耳に飛び込んできた。
「おめでとう、遅刻しなかったな。もし1分でも遅れてたら、今日の給料は間違いなく差っ引いてたところだ。」
声の主はカウンターの奥に立つクレアだ。
彼は腕を組み、厳しい表情で俺を睨みつけていた。微かに寄せた眉間と、冷笑ともとれる口元――どうやら俺の「ギリギリセーフ」に全く納得していない様子だ。
その視線に思わず背筋が伸びる。
「いやいや、間に合ったんだから、それでいいじゃないですか。はは……はぁ……」
息を切らしながら俺は何とか笑顔を作り、場の空気を和らげようと試みた。だが、狼狽えたような笑みを浮かべる俺を、クレアは容赦なく冷たい目で見下ろしていた。
「ふん。」
クレアは鼻で冷たく笑い、俺の全身をじろじろと見下ろした。
その視線はまるで「お前、さっきどこかの壁を乗り越えてここにたどり着いたんじゃないのか?」とでも言いたげだった。
不屈な彼の表情には、はっきりとこう書かれているように見えた――「あと1分遅れてみろ。その時は俺が真っ先にお前の給料を差っ引いてやるからな。」
俺は苦笑いを浮かべながら、心の中で彼を少しばかり罵った。
(この融通の利かなさ、さすがにちょっと厳しすぎるだろ……。)
普段の俺たちはそれなりにうまく付き合えている。言い合いになったり険悪な雰囲気になることは少ない。
だが、仕事の場では話が別だ。クレアは特に仕事に関しては異様なまでに厳格で、どんな小さなことでも目を光らせてチェックする。
そのせいで、俺から見れば少し神経質すぎるところがある。
まあ、彼がそうなる理由も分からないわけではない。彼はこの店の代理店長という立場であり、責任を背負っている。
一方の俺は、その彼に使われるただのアルバイトに過ぎない。
「分かったってば、クレア!悪かったよ!でも、遅刻はしてないんだから、そこは褒めてくれてもいいんじゃない?」
俺は手をひらひらと振りながら、クレアの怒りをなだめようとする。同時に、さりげなくカウンターの方へ足を進める。
しかし、彼はあいかわらず冷たい態度を崩さず、吐き捨てるように言った。
「余計な口はいいから、さっさと仕事を始めろ。」
そう言いながら、クレアは興味を失ったように視線を外し、手元の帳簿に目を戻す。
その仕草からは、まるでこう言いたげな雰囲気が漂っていた――「言い訳しても無駄だ。明日遅刻したら、その時は容赦なく給料を減らしてやる。」
俺は心の中で軽くため息をつきつつ、急いでレジカウンターへ向かった。身だしなみを手早く整え、カウンターの後ろに立つ。
そして、頑張って「お仕事モード」の笑顔を作り、今日の業務を迎える準備を整える。
しかし、そんな俺を横目に見ながら、クレアはまだ完全に許したわけではないらしい。
「はいはい、分かりましたよ!言われなくても気をつけますって!」
俺は面倒臭そうに返事をしながら、すぐに目の前の仕事に集中することにした。これ以上彼に突っ込まれるのはごめんだ。
下手に相手をしていると、また新しい文句をつけられかねないからな。
そう、俺は今、村にある小さな錬金術の店でレジ係として働いている。
店の名前も実にシンプルだ。その名も「ベルン錬金店」。
ここでは、各種の錬金薬や基本的な材料を販売しているだけでなく、たまに村人や周辺の住民から錬金術に関する依頼を受けることもある。
大々的な商売とは言えないが、この小さな村においては欠かせない重要な店だ。
俺がこの店で働けるようになったのも、実はヘイラおばあさんの紹介のおかげだ。
聞けば、ベルンとヘイラおばあさんは昔、若い頃に同じ学校に通っていた同級生らしい。当時、二人はかなり仲が良かったそうだ。
ベルンは、若い頃にはそれなりに名の知れた錬金術師だったと言われている。だが、ある時期を境に、何らかの理由で人里離れたこのマセル村に隠居することを選び、そこで店を開いたという。
繁華で賑やかな都市で大成する道もあっただろうに、それを捨ててまでこの村で静かに暮らすことを選んだ彼の過去には、きっと色々な事情があったのだろう。
俺が仕事を探していることを知ったヘイラおばあさんは、わざわざベルンに頼み込んで俺を紹介してくれた。そのおかげで、俺はなんとかこの仕事にありつくことができたのだ。
店の給料は月に21枚の銀貨。
正直、特別高いわけではないが、この村の生活水準を考えれば十分に悪くない金額だ。
それに、この世界の通貨の換算は非常にシンプルだ。
1枚の金貨は100枚の銀貨に相当し、1枚の銀貨は100枚の銅貨に相当する。
ややこしい複雑な計算式が存在しないのはありがたい。
そして、物価はざっくりとこんな感じだ――
村で食べられる牛肉麺の価格は、大体12~18銅貨くらい。普通の白パンなら、1個が4~6銅貨程度で買える。
俺の給料で考えると、日々の食事や基本的な生活費は特に問題なく賄える。
ただし、何か良い物を買おうとか、将来のために貯金をしようと考えるなら、少し節約していく必要があるだろう。
全体的に見れば、この仕事のおかげで、俺の生活はギリギリながらもなんとかやっていけている。少なくとも、餓え死ぬような状況ではない。
仕事が決まったとき、真っ先に感謝の気持ちを伝えたかったのはヘイラおばあさんだった。俺は彼女に、せめて部屋を貸してくれているお礼として家賃を払わせてほしいと提案した。
だが、彼女は笑顔で手を振り、優しくそれを断った。
「いいのよ、子ども。私はもう長いこと一人暮らしに慣れてるから、あなたがここに住んでくれるおかげで、むしろ家の中が賑やかになって嬉しいの。お金のことなんて気にしなくていいわ。ただ、安心して働きなさい。」
その言葉は、彼女の落ち着いた声とともに、俺の胸にじんわりと温かさを広げた。
彼女の善意に対して、俺はどう感謝を伝えればいいのか分からなかった。ただ「ありがとう」と言うだけでは到底足りない気がする。
何かもっと形にして返したいと思っているが、それが何なのか、まだ自分でも分からない。
今の俺は、この世界に本当に馴染むために、そしてこの村で恩を返すために、日々努力をしている。
とはいえ、正直なところ――
「自分の力で生きていくのも大事だけど……そろそろチートコード、俺にも解放してくれないか?」
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