第3話 幸運なスタートだと言えるだろう
俺は思わず感慨にふけってしまう。この“今回の穿越スタート”を考えると、これまでプレイしてきた一部のRPGゲームは、まさに地獄モードだったと言わざるを得ない。
たとえば、俺が今でもトラウマを抱えているあのゲーム――高難易度で知られる某有名RPGのことだ。
あの時、俺は大きな期待を胸にキャラクターを作成した。新手村から始めて、少しずつレベルを上げて強くなり、最終的には世界を救う英雄になる。そんな夢のような冒険を想像していた。
だが、ゲームが始まった瞬間、その幻想は粉々に打ち砕かれた。
俺のキャラが生まれ落ちた場所は、なんと戦場の廃墟だった。
周囲には崩れかけた建物の残骸が散乱し、地面には無惨に横たわる無数の死体。背景には耳をつんざくような悲鳴と、重々しい戦鼓の音が鳴り響いていた。
そして俺が受けた最初のミッションは……
「初日を生き延びろ」。
聞いただけなら簡単そうに思えるだろう?だが、実際はとんでもない。
「初日」を生き延びるどころか、俺は開始して30分も経たないうちに、敵軍の兵士に斬りかかられ、あっさりと地面に沈んだ。
その直後、画面にははっきりとした赤い文字が表示された。
「YOU DIED」
俺は悔しさに奥歯を噛みしめながら、セーブデータを読み込み直して再挑戦した。しかし、その結果はさらに酷いものだった。
次の瞬間、敵軍から飛んできた矢の雨に襲われ、俺のキャラクターはハリネズミのように矢で満たされて地面に崩れ落ちた。
それでも負けじと何度も挑戦を繰り返したが、結局、俺のキャラは初期エリアの門にすら到達することができなかった。
戦場の敵は容赦がなく、息をつく暇すら与えられない。毎回、斬られ、射られ、叩きのめされ、まるで俺を見下すように様々な暴力で叩き潰された。
結果、コントローラーは見事に真っ二つ。俺の中で燃え上がっていたそのゲームへの情熱も、その瞬間に跡形もなく消え失せた。
しかし、今のツワル大陸の状況はどうだ?
ここはまさに天国のような開幕だ。敵に一撃で殺されるような心配はないし、訳も分からず罠にハマる恐怖もない。
少なくとも、現在の環境は平和で穏やかだ。まさに完璧な初期エリアであり、俺にとって十分すぎるほどの準備期間を与えてくれている。
考えてみれば、今回の穿越は確かに初期能力値こそ低いものの、戦場でスタートしてボロボロにされるような状況に比べれば、はるかに幸運なスタート地点だと言えるだろう。
もちろん、この状況を楽観的に捉えているもう一つの非常に重要な理由がある。それは――俺がこの世界でゲームのコード入力画面を開けることを発見したからだ。
考えてみてほしい。多くのRPGゲームには、プレイヤー向けに用意された伝説的なチートコードが存在する。
これを使えば、プレイヤーはすべてを支配するような無敵の感覚を味わうことができる。
もちろん、こうしたコードは普通のプレイでは見つけられないように開発者が巧妙に隠しているものだが、俺のようなベテランゲーマーにとっては、そんな「隠し扉」を見つけ出すのは日常茶飯事だった。
ただし、ゲーム開発者はたいてい注意を促してくる。「これらのチートコードを乱用するのはお勧めしません」と。
なぜなら、無敵モードを一度でもオンにすると、ゲームの挑戦性が完全に消え去ってしまうからだ。
結果として、プレイヤーはゲームを進める動機を失い、空虚感と退屈だけが残ることになる。
ゲームは挑戦を楽しむためのものだ。早い道を選ぶのではなく、試行錯誤を繰り返して成功したときの達成感を味わう――それこそがゲームの醍醐味だと、開発者たちは考えているのだろう。
だが――今はゲームじゃない。これは、俺のリアルな人生だ!
この状況で、そんな「挑戦を楽しむ」なんて気持ちになれるか?少なくとも、俺はならない。
むしろ、人生で無敵の快感を味わえる機会があるなら、誰だってそれを求めるに決まっているだろう。
もし、このコード入力画面を使って、俺が簡単に強くなれたり、金持ちになれたり、さらにはこの世界の支配者にすらなれるとしたら――それを試さない理由がどこにある?
こうして俺は、この数日間、ひたすらチートコードの実験を繰り返してきた。
最初は誰もが知っている有名なコードから試した。例えば、【whosyourdaddy】、【greedisgood】、【levelup】といったものだ。
それだけでは飽き足らず、マニアックで小さなコミュニティでしか知られていないようなコードにも挑戦してみた。
たとえば、ドラゴンの乗り物を召喚するコードや、隠し職業を解放する指令、さらにはレア装備を無限に生成するコマンドまで……思いつく限りの全てを試した。
しかし――結果は惨憺たるものだった。
毎回、コードを打ち込んでエンターキーを押すたびに、期待に胸を膨らませて画面を見つめるが、ゲームのインターフェースは微動だにしない。
まるで、俺が入力したコードなど存在しないかのように無反応だった。
そして、現実の俺はと言えば、相変わらず弱っちい新手キャラのまま。マセル村の小さな木造家屋の前で、虚無と敗北感に包まれながら空を見つめるしかなかった。
「このゲームの開発者、後ろめたいドアぐらい作っとけよ!」
俺は思わず声に出して愚痴を漏らした。その言葉は空しく村の冷たい風に流され、誰にも届くことはなかった。
このコード入力画面を見つけたのは、俺がこの世界に来た三日目のことだった。以来、毎晩のようにコードを入力するのが俺の日課になっていた。
寝る前に1時間、ひたすらいろんなコードを試す。成功を夢見て、まるでRPGのデイリークエストをこなすように。それが、いつの間にか俺の「習慣」になっていた。
そして、今日はこの世界に来て30日目――30日間、俺は何も見つけられなかった。
毎回コードを入力するときには、微かに期待してしまう。「今度こそ」と。例えば、画面に「コード成功!」という文字が現れて、そこから全てが変わる未来を夢見ているのだ。
ステータス画面が一瞬で全ステータスMAXになり、バックパックは伝説級の装備でいっぱいになり、さらにはドラゴンの乗り物や無敵スキルまで解放される――そんな光景を想像する。
だが、現実は容赦ない。エンターキーを押した後に待っているのは、いつも同じ「無反応」という静寂と、じわじわと心に積もる敗北感だけだった。
そして、今日も例外ではない。
「また1時間もやってたのか……。」
俺は、UI画面の右上隅に表示されている時間欄を見上げながら、疲れたようにため息をついた。
失望感が全くないわけではない。しかし、俺はすぐに自分を慰めることにした。
「まあ、急ぐ必要もないだろう。チート探しの道はまだまだ続くし、これはただの試行段階だ。いつかふとした瞬間に“成功”するかもしれないしな。」
そう自分に言い聞かせながら、俺は立ち上がり、床の隅に置いていた蝋燭に目を向けた。
(まあ、今日はここまでにしておこう。明日、またやればいいさ……。)
心の中でそう呟きながら、俺は手を伸ばして枕元の蝋燭の炎を吹き消した。
「プッ……」
蝋燭が一瞬揺れた後、音を立てて火が消え、青白い煙がふわりと昏暗な部屋の中に漂った。
窓の外では夜風が葉を揺らし、「サラサラ……」という優しい音を立てている。それはまるで、俺に「早く休め」と促しているようだった。
俺はベッドに戻り、毛布を手繰り寄せて肩まで掛けた。枕は少し硬かったが、それほど不快ではない。
やがて目を閉じると、体の疲れが少しずつ消えていくような感覚がした。呼吸が徐々に穏やかになり、意識が薄れていく。
「もしかしたら、夢の中で何かいいアイデアが浮かぶかもな……。明日もう一度試してみよう。今度こそ突破口が見つかるかもしれない。」
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