霊草コロニー
◇
「来たわね。霊草コロニー……」
メルは一面に広がる花畑を眺めながら呟いた。桃色や赤、橙色で彩られた美しい花畑に、その中を通る一本のあぜ道を、多くの人々が花畑を見て楽しそうに笑いながら歩いていた。
暖かな春風が二人の頬を撫でる。メルは目を細めて花畑を見つめ、ミナミはとてとてと花畑に小走りで近づき、その姿を観察して匂いを嗅いだ。
美しい花畑に、優しい風。穏やかな時間。長い休暇をとるとき、ここに来る者も少なくないと言う。
「ギリギリ星間航空の定期券内なのがありがたいね」
「メルはね。私は普通にお金払うハメになったけど……」
ミナミはどことなく乾いた笑い声をあげた。
「本物の草じゃないのは分かってるけど……それでもやっぱり綺麗だね」
メルはこの『霊草コロニー』という宇宙コロニーには何度か来たことがあるようだ。対して、ミナミは初めての来訪となる。
「そうだね。うんうん、ここなら素晴らしいヴァケイションが過ごせそうだ……」
「勉強気分で来るんじゃなかったの?」
呟いたミナミに近寄り、苦笑いを浮かべながらそう言った。
「ほら、学校だって修学旅行とか勉強で行くとか言いながらただの遊びじゃん。あれと同じよ」
「そういうもんかね――さ、早く行くよ。この辺はただの花畑だろうし、もっと奥の方とか行ったら別のものもあるかも」
どこか諦めたように笑いながら、メルはミナミに先に進むよう促した。
「まあどうせ花畑の向こうはディスプレイに景色写してるだけだしね〜。これ以上収穫はなさそう」
ミナミは遠景に目を凝らしながら、そう言った。この距離の肉眼では到底見えないだろうが、もっと近づけばディスプレイに映し出された光の三原色がだんだんと見えてくることだろう。
「調べた限りだと奥に博物館があるみたいだから、そっちも寄ってみよう」
そう言って二人は道を進んでいった。しばらく歩いていくと、木製の枠組みで作られた、どこか絵画のキャンバスを思わせるような見た目の案内用のディスプレイがあった。空中にふよふよと浮かんでいるそれには『この先、霊草通り』と書かれているようだ。
「お、ここからエリア変化みたいだね〜」
「うん。本にはここの一番大きい公園――霊草公園には地球時代の植物がたくさん生えてるって書かれてたから、まずはそこに行こう」
二人が少し通った先の半透明の膜のようなものに触れた途端、辺りの景色が変わった。
透き通るような青空はそのままに、周囲に無数の建物が出現した。赤いレンガの屋根に、木の梁で頑丈に補強された白い壁。ドアなどは木製で、窓下に取り付けられたウィンドウボックスの緑色が、そこに足りない自然を補ってくれている。耳を済ましてみると、独特な音の吹奏楽器が混じった、陽気な音楽が聞こえてくる。
言ってしまえば――
「中世ヨーロッパ風? ってやつ?」
「まあそうだね。この惑星は全体的に地球時代の風景を再現しよう、っていう部分を重要視してるから。とはいえ、中世ともなると気の遠くなるくらい昔の世界だけどね……」
「そんな風景が今でも愛されてるってすごいよね〜。実際綺麗だし」
「小さいコロニーは無機質な金属でできた無骨なデザインなこと多いしね」
「ね」
ミナミは頷き、周辺の景観に目を向けた。ここは有名な観光スポットの一つでもあり、大きな通りとなっているこの場所は人通りが絶えない。左右に歩道があり真ん中に車道があるのだが、車道には周囲の景観に似つかわしくない、少し地面から浮遊している丸いフォルムをした車が行き交っている。まあ、通行する車両まで都市計画の一部とすることはできないだろうし、しょうがないのだろう。
とはいえ、街路樹や建物に取り付けられたウィンドウボックスに生えている植物を観察するだけでも、ある程度は意味がある。二人は脇に生えている植物たちにも注意しながら歩いていった。
「あんまり見つからないなぁ……たんぽぽ」
「まあこの辺はぶっちゃけついでだしね。でもほら、あれとか地球植物探検録に書いてあった『金木犀』じゃない?」
メルが指差したのは、近くの一軒家の庭に一つ生えている樹木だった。その枝の先には、小さなオレンジ色の花が無数に咲いていた。そして、匂いに気を向けてみると、その木からはほのかに甘い香りが漂っているようだった。
「あ! たしかに……匂いとかも柔和な甘い香りとか書いてたけど、言われてみればそんな感じだね」
「最近はもっと育てやすくて手入れもしやすい木のが一般的だし、こういうのを見れるのはこのコロニーならではかもね」
「そうだね〜。実際私も今回見るのが初めてだしね!」
ミナミは先程よりも、どことなくワクワクした様子で辺りを見渡しながら歩いていた。
「そういえば、金木犀って人が植えないと育たないらしいよ。今は人の手が入ってない土地のほうが珍しいから関係ないけどね」
「えそうなんだ。じゃあ普通の惑星とかに自然に生えてるわけじゃないんだ」
ミナミが金木犀を不思議そうな顔で見つめながら、そう言った。
「そう。だから、もし人があまり居ない場所に生えていたら、そこにはかつて金木犀が好きでそこに植えた人が居た――みたいな予想もできるんだってさ」
「たしかに……それにしても詳しいね、急にどうしたの?」
ミナミが素直な疑問をメルにぶつけた。
「あー……いや、別に」
すると、メルは答えに窮すとともに、顔を逸らしながら曖昧な返答をした。
「……あれれぇ? もしかして、私の『雑草探し』に触発されて気になって調べちゃったのかな〜?」
それを見たミナミの口元はだんだんとにやついたものになっていき、明らかにからかうような声色でメルを挑発していた。/
「うっさい黙って! 地球植物探検録とか、あんな面白い本があったら普通気になって調べるでしょうが!」
「ごめんごめん」
口では謝っているが、態度からは明らかに反省の色が見えない。
「次行ったら頭叩き割るからね」
メルは若干頬を赤くしながら険しい表情でそう言った。
「分かってるって~。お、そろそろ例の公園が見えてきたんじゃない?」
ミナミが道の先を指差した。確かに今までの居住区らしき空間よりも、かなり植物が多いエリアになっているし、人通りも多い。そこら辺にある小さな公園、というよりも宇宙共同体立の――つまりコロニーが建てて運営している大きな公園なのだろう。
中はまだよく見えないが、人口の小川があったり、一般的な公園遊具もどこかに設置されていたりするのだろう。
「そうだね。あれが霊草公園だと思う。早く行くよ」
「うん!」
◇
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