第40話 埋まるシナリオ

 ぼろ布こと“魔王様の右腕であるスケア様”によれば、雪村さんは屋敷に到着してすぐ倒れた。魔王の魔力に当てられたか、魔素酔いを起こしたのだろう。雪村さんを介抱し、事情を聞き出したところ「ヒヤマさんを呼んでほしい」と言われたそうだ。


「魔王様がすぐに飛び出したもんだから、オレ様も後を追っただけで詳しい事情は知らねーんだ」


「じゃあ、なんで雪村さんを連れ去ったかも?」


「ああ。魔王様がひとりの人間に執着していることは知っていたが……十一月に人間界へ魔物を送り込んだ時は、さすがに驚いたぜ」


「十一月? あの紅葉か!」


 シーズンイベントで現れた紅葉の魔物は、魔王が仕向けたものだったのか。魔王が雪村さんに執着する理由はわからないが、魔物の本体を追った先にクラウスがいたのは、必然だったのだ。


 俺はスケアに案内され、雪村さんがいるゲストルームの扉を開けた。ルクスブライト邸よりも広い部屋の奥に天蓋付きのベッドがある。俺たちに気づいた魔王が椅子から立ち上がった。


「ちょっと待ってろ」


 ドアノブに手をかけたまま固まる俺の横を、スケアがすり抜けていく。戻ってくると、スケアは


「魔王様が移動するから、お前は壁を向いて奥に」


 と言った。俺は大きく深呼吸した後、スケアの指示に従った。背後に魔王の気配を感じたが、聖剣を抱きしめてこらえる。


 ベッドのわきに鞄と聖剣を下ろし、魔素酔い薬の小瓶をふたつ取り出した。


「雪村さん?」


「……はい」


 声をかけると、力ないながらも返事があった。俺は雪村さんの背中に枕を差し入れ、彼の上体を起こした。


「飲んで」


 頭に手を添え、雪村さん口に小瓶をあてがう。瓶を傾けるとわずかに喉が上下した。


「んっ」


 すでに上限分に達したらしくキラキラは出てこない。飲ませ方が下手だったのか、薬があごに少し垂れてしまった。慌ててシャツの袖口で拭ってやると、薄目越しににらまれた。にらむ元気があるのなら、心配はないだろう。


 ふたたび雪村さんを寝かせて、俺はスケアに振り向いた。


 俺に気を遣ってか、魔王は部屋の隅にいるようだ。そちらに目を向けないよう注意しながら、俺はスケアの乗る向かいのソファに座った。空になった小瓶をテーブルに置き、もう一本を一気にあおる。転生して初めて酒が飲みたいと思った。


「情けない勇者だな」


「ほっとけ。それに勇者じゃない」


 俺が小瓶と置くと、スケアは腕を組むように羽を体の前で重ね合わせた。ぼろ布で出来たカラスとは思えない器用さだ。


「魔王様から理由を聞いといたぜ。お前のため、と言いたいとこだが、オレ様は魔王様の声なき声を聴く代弁者だからな。オレ様が話してやろう」


「待ってくれ、魔王は喋れないのか?」


「ああ」


 思わず魔王に目をやりそうになり、慌てて下を向いた。スケアはともかく魔王はゲームのキャラクターだ。何かの設定だろうか。


 まさかんじゃないだろうな……。


「わかった。で、なんで雪村さんに執着を?」


「あれは今から五年、いや六年ほど前になる……」


「そんな前から?」


 俺たちが自意識を完全に取り戻したころではないか。話を遮られたスケアは、不服そうにくちばしを鳴らした。


「聞けよ」


「悪い。続けて」


 今から六年前の十一月、魔王は人間界を旅していた。魔界に住む魔王にとって人間界は魔素が少なく、人間と異なる容姿を偽るだけの魔力が足りなかった。


「賢い魔王様は、いちばん魔力消費量の少ない形態をとっていらした。だが、それでも長期間の滞在は難しかったそうだ」


 魔界に帰ろうとしたところで、魔王は橋から川に落ちた。氷の魔法が弱点である魔王は寒さに弱く、薄い魔素では思うように力も使えない。なすすべもなく流されていると、ひとりの少年が魔王を助け出してくれた。


「その少年が雪村さんだと?」


「いや、違う」


「違うの?」


 少年は魔王を優しく抱きかかえ、近くの温泉へと連れて行ってくれた。魔王とともに震える少年を、彼の友達が懸命に励ましていたという。


「その時に、少年が『米を食べるまでは死なないから大丈夫』と話していたそうだ……どうした? 頭なんか抱えて……」


「いや、ものすごく身に覚えのある話で……それで?」


「温泉は魔王様に毒だったため入れなかったが、魔王様はその少年に恩返しがしたいと思っていたそうだ」


 そこで少年が言っていた米を探し始めたという。調査の結果、魔界に米はなく、妖精界にあることが分かった。結界が張られた妖精界は、魔界一の力を持つ魔王でも入ることはできない。魔王は住居を城から妖精界に近い邸宅へと移し、結界を破る方法を研究していた。


「そんな時、人間界に開いていたゲートが閉じた、という知らせが入ったんだ」


「コールドコーストの海にあったやつ?」


「おお。よく知っているな! 研究が思うように進んでいなかった魔王様は、気分転換に自ら人間界へと行かれた」


 魔王はコールドコーストで米を見つけ、盗んだ。が、のだ。


「……それと雪村さんの誘拐と、どうつながるんだ?」


「魔王様が言うには、米をごはんに変化させなければならないんだ。その方法をユキムラに教えてほしかったそうだ」


 十一月のシーズンイベントは、雪村さんの誘拐未遂だった。そうとは知らず、俺は雪村さんを連れて魔界に入った。それを感知した魔王が雪村さんを連れ去り、現在に至る、というわけだ。


「でもなんで雪村さんだけ? 魔王を助けた少年もいたのに……」


 自分を指さして言うと、スケアは首をかしげた。


「少年は十歳だぞ?」


「種族と年月感覚の違いか……」


 魔王は俺がその少年だと気づかなかったようだ。まさか妖精界侵攻の原因が、俺の発言にあったとは……。


 もし俺が裏ルートの攻略をシナリオ通りに進めていたら、魔王は研究を完成させ、妖精界の結界を破って攻め入ることになっていたのだろう。


 魔王の妖精界侵攻、スプリラの解放によるゲートの消失、九月のサマンサによる幽霊騒動、十一月の紅葉の魔物……。


「シナリオの穴が全部埋まった……?」


「内容はひどいですがね」


 振り向くと、雪村さんがソファの背もたれに手をかけて立っていた。


「穴だらけのシナリオを書いたのは、雪村さんじゃないか」


「言ってくれますね」


「具合は?」


「おかげさまで回復しました」


 俺はソファの端へ移り、彼が座る場所を空けた。腰かけた雪村さんが、ため息をつく。


「困った事態になりましたね」


「ああ」




 シナリオの穴が埋まったことで、魔王を討伐する理由がなくなってしまった。

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