第8話 八人目は誰だ?

 雪村さんは改めてファイルの確認と、設定とシナリオの書き出し作業に取り掛かるという。放課後の作戦会議は中止となり、時間を持て余した俺は幼なじみを訪ねた。

 二年生の教室にカイルの姿はなく、代わりに光る上級生がいた。

「昨日の子猫ちゃんじゃないか!」

「コンニチハ……」

 生後六か月までの猫に例えるタイプの彼である。俺が逃げ出したことは覚えていないようだ。

「また探し物かい?」

「カイルを探していまして」

「……もしかしてきみがデフォートくん?」

 俺がうなずくと、上級生は手を差し出した。

「カイルからよく話を聞いているよ。おれはイヴァン・イリック」

 スウェンくんの話に出てきた先輩ではないか。世間は狭い。キラキラを放つイヴァン先輩と握手する。

「カイルは今いないよ。学外に出ているんだ」

 授業見学の時には姿を見た覚えがある。平日の放課後に外出したとなると、急用だろうか。

 用件を問われ、ふと思いついて演武の話をする。

「見学会に参加した友達が絶賛していたものですから」

「いいよ、見せてあげる。けど、しばらくは無理かなー」

「二年生になると忙しいんですか?」

「おれじゃなくてカイルがね」

 理由は「ナイショ」と言って教えてくれなかった。ウインクするイヴァン先輩に鳥肌を立てるのも忘れ、俺は教室を後にした。カイルは演武のことも、忙しいことも何話してくれなかった。

 親離れ、ってこんな感じなのかもな。俺は前世の甥っ子たちを思い出し、味わうことのなかった寂しさを、そっと嚙みしめた。




 翌日、目の下に隈を作った雪村さんから一枚の紙を受け取った。

「キャラクター表です。完全に無事なのはこれだけでした」

 さっそく目を通す。

「えーと、アリス、ボブ、チャーリー、デフォート……何だ、これ?」

「ですから、キャラクター表です。名前がアルファベット順だということは覚えていたのですが、正確な名前は忘れてしまって……」

 仮で名前を書いたという。彼は本当にこのゲームのシナリオライターなのだろうか。英語の教科書に出てきそうな名前の横には、設定が書かれている。

「書き込みしていい?」

「どうぞ」

 アリスはアルテミスくん。この表でも女性に多い名前なのか。ボブは……騎士科の先生だな、ブレク先生と書き込む。

「チャーリー……」

「僕ですね」

 雪村さん、と記す。

 「D」は俺で、「E」は森で俺を助けてくれたエリス先生だ。学園ツアーの時に紹介があった。

 頭文字と設定をたよりに表を訂正していく。「G」「H」「J」のキャラはおらず「L」が最後だ。設定の欄には、イヴァン先輩が元素魔力の持ち主など、紛失したら大変なことになりそうな機密情報が収められている。もっとも日本語表記のため、落としても問題ないだろう。

 「フランク」の欄だけ埋まらなかった。

「同級生とあるけど隣のクラス?」

「いえ、同じクラスです。不良という設定のため、出席を拒否しているのだと思います」

 そういえば、昨日の自己紹介の時に「F」が頭文字の生徒はいなかった。

 おかしなことに気づく。

「でも不良なのは雪村さんでしょう?」

「えっ、違いますよ」

 タバコを吸っていたのは何だというのか。元喫煙者かと思いきや「お香の代わりです」と返された。気持ちを落ち着かせたかったが荷物が届いておらず、その辺の草花を燃やしていたそうだ。

 お香か。貴族らしい趣味ではある。平安時代の。

「となると、このフランク(仮)は……」

 入学式後に木の上から落ちてきた奴だ。

「……なんてこった」


 顔も名前もわからないではないか。


 


 フランク(仮)は、最初のキャラクターイベントを起こせば教室に現れるそうだ。設定が欠席理由なんて馬鹿げた話である。さっさとキャラクターイベントを起こして、一日でも早くフランクには授業を受けてもらいたい。

 雪村さんをせっついて設定を思い出してもらったところ、彼は木の上で本を読んでいることが多いそうだ。

 俺はフランクを攻略すべく、休み時間に校舎の尖塔へと向かった。尖塔に通じる扉には鍵がかかっておらず、壁の梯子もかけられたままだ。手早く登り、俺は開口部から身を乗り出した。

「さあフランク、どこにいるんだ?」

 尖塔は鐘楼になっているため、始業時間になると自動的に鐘が鳴り響いてしまう。俺は急いで四方を順繰りに見渡した。屋根に登るのはさすがに問題だろうか。

 校則違反を起こすことなく、第二グラウンドの近くで彼を見つけた。発光はこういうときに便利だ。

 昼休み、俺は木の上にいる人物に呼びかけた。

「やあ、フランク」

「……」

 無視された。

 デフォートルートでは攻略が難しいキャラクターのひとりである。最初のうちは話しかけて、少しずつ好感度を上げていくしかないそうだ。地道に行くか。

「探したぜ、フランク。こんなうっそうとした場所は反則だろ」

「知るか」

「よう、フランク。今日もサボりか?」

「うるせぇ」

「ナマケモノ」

「チビ」

 こんな調子で「探して話しかける」という活動を続け、二週間目には彼の行動パターンが見えてきた。曜日ごとに登る木が決まっているのである。こればかりはゲームの設定に感謝だ。

「フラ……」

「誰のことだ、というか誰だ」

 話しかけ始めて十五日目。いつもは俺の挨拶を一蹴していたフランクから、会話の片鱗らしきものが見えた。

「成長したな、フランク……」

「だからフランクじゃねぇって」

 木の下から仰ぎ見たところ、彼は魔法学関連の書籍を読んでいるようだ。放課後は図書館で机に向かう姿を見かける、と雪村さんも言う。勉強する意欲があるのに、設定のせいで教室に来ないなんて、何か間違っている気がする。少し試してみるか。

 俺はデフォートの顔で、精一杯の不敵な笑みを浮かべた。

「名前なんてどうでもいいさ。ちょいと降りてこいや――」

 素直にもフランクは枝にぶら下がって降りてきた。入学式の時もそうしてくれたら、俺を踏むこともなかっただろうに。

 俺は木に背中を預け、彼を見上げた。カッコつけたつもりが、思いのほか身長差があった。

「――お前、何で授業に出ないんだよ?」

「関係ねぇだろ」

「柵を壊したせいで首都にある学園の入学を取り消された、って聞いたぜ」

「……なんで知ってんだよ?」

 俺の背後には、シナリオライターという強力な助っ人がついているのである。

 フランクの問いを無視して話を続けた。

「こんな田舎の学校じゃどうあがいても無駄、とか思ってんのか?」

「違ぇよ。俺は別に首都の学園だって行きたくなかった。それを親父は、俺を入学させるために貴族にへこへこして……」

「お前のためを思っての行動だろ」

 フランクは鼻を鳴らした。

「ハッ、俺のため? 俺は家庭教師の先生に教えてもらうだけでよかったんだぜ?」

「それが理由で柵を壊したのか? ガキだな」

「っざけんな!」

 フランクはこぶしを木に打ち付けた。顔のすぐ横に彼の腕がある。

「俺はお前みたいなおせっかいな奴がいるから、学園なんて行きたくなかったんだ。それなのに親父は『世界を広げてほしい』とか言って、また頭を下げて、ここの入学許可を取って……!」

「いい親父さんじゃないか!」

 フランクは父親との仲がうまくいっておらず、反抗的な態度をとっているという設定だ。頭では「ゲームのせいだ」と理解していても、俺はだんだんとフランクに腹が立ってきていた。

「先生と同じこと言うんだな。親父は自分の考えを俺に押し付けたいだけだろ?」

「そんなんじゃねぇよ」

「だったら何だよ? あれか? 『君も大人になればわかるよ』とか言ってごまかすのか?」

 精神年齢が四十でも、十五の肉体を制御することは難しい。気がつけば、俺はフランクのシャツの襟をつかんでいた。一年生もネクタイをしていればよかったのに。下から睨みつけるように顔を近づけ、口を開く。

「ごまかしてなんかねぇよ! あのなぁ、大人は知っているんだよ。大人の言葉や行動がガキに響くのは、そいつがもっと大人になってからだって! なんで知っているかって? 俺もガキだったからだよ!」

「はぁ? お前、何を言って……」

「いいから聞け。理解しなくていい、覚えておけ。確かに大人は経験や後悔を押しつけがちだ。中には身勝手な奴もいる。でも親父さんのは押し付けなんかじゃない」

「押し付けだろ! 俺は言ったんだ! 頭なんか下げてほしくないって!」

 貴族に頭を下げる父親が嫌だったのだろう。自分の意見を無視して、父親がふたたび頭を下げたことは、フランクにとって裏切りに思えたのかもしれない。

「息子から嫌われても、お前のためを思って行動したんだ。もし学校での経験が辛いなら逃げればいい。でも、つまんない意地なんて張るなよ……」

 俺は襟から手を放した。フランクの持っていた本が芝生に落ちている。

「……お前、頭いいんだろ? ちょっとは親父さんの気持ちを考えてみろよ」

 フランクは驚いた表情を浮かべて黙っている。俺に覆いかぶさる形でついた手はそのままだ。左右を見回し、ようやく状況が理解できた。

「壁ドン……?」

 まぶしいほど大量のキラキラが舞っている。これがキャラクターイベントというやつなのだろう。

 俺はフランクが動き出す前にその場を逃げ出した。つい熱くなって彼に説教めいたことを言ってしまった。人のことを言えた義理ではないのに。

 フランクの設定を利用すれば、無理やりイベントを発生させられると思っていた。実際その通りだったが、俺はフランクに後悔を押しつけただけだったのかもしれない。


 次の日、教室にはフランクの姿があった。

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