第7話 学園生活のはじまり

 入学式当日に行うべきガイダンスは、翌日の一時間目から行われた。


 学園の方針で一年次は魔法科と騎士科の混合クラスだ。半ば予想していたことだが、教室内には攻略対象者が三人ともそろっていた。やたら学園に詳しいスウェンくんは、隣のクラスのようだ。


 俺の席は学園物の定番である窓際の一番後ろ……などということはなく、真ん中の前から二番目だった。前の席は雪村さんだ。


 知り合いと近くの席になれたことを喜びたいが、ひとつだけ困ったことがある。俺には攻略対象者が光って見えるのだ。初日より光量は落ちているが、やはり視界の端で光られるのはうっとおしい。たまにキラキラのエフェクトがかかるのも厄介だ。


 俺の懸念はスコーラ先生の入室により払拭された。始業のベルと同時に雪村さんの光が消えたのだ。ほかのふたりを見ても光っていない。これはどういうことだろうか。


 一時間目の終了後、ふたたび光りだした雪村さんに訊いてみた。


「ゲームシステムを考えれば納得のいく現象かもしれません。エレメントポイントの説明はまだでしたよね?」


「ああ。ゲームをしていない間はエレメントポイントが貯められる、としか聞いてないな」


 このゲームではエレメントポイントのほかに、好感度と経験値という二つのポイントが存在する。好感度は言わずもがな。経験値は上昇させるとシーズンイベントや魔王との闘いを有利に進めることができる。エレメントポイントは、このふたつのどちらにも割り振れるフリーなポイントだという。


「このゲームは攻略対象者との交流がメインです。そのためプレイ中は常に授業時間外という扱いになります」


 逆に、授業中はゲーム外の時間だから光らない。

 説明を終えた雪村さんからキラキラが落ちた。


「その……発光とは別にエフェクトがかかるのは?」


「どうだったかな……。僕は実際のプレイ画面を見たことがないので……」


 手荷物に入れておけばよかった、と彼はつぶやく。入学前、雪村さんは思い出せる限りの設定やシナリオを書き出していたそうだ。


「ファイルにまとめたのですが、かなりの分量になってしまいまして」


 手荷物とは別に実家から送ったが、手違いでまだ届いていないのだという。

 シナリオライター自らが書いた攻略本……大いに内容が気になる。




 二時間目は一時間目のガイダンスの続きだった。後半には自己紹介も行われ、不明だった王子様系攻略対象者の名前が判明した。スウェンくんのマシンガントークから救ってくれた彼である。


「アルテミス・アラルエン、騎士科の所属です。よろしくお願いします」


 俺は前の席をつついて小声で言う。


「ねぇ、雪村さん。ア……」


「ないです。アルテミスは月の女神の名前ですが、彼が女の子だという設定はありません」


 なぜ俺の質問が分かったのだろうか。


 名前の順によりアルテミスくんがトップバッターだったため、以後は彼にならう形で早々に終了した。スコーラ先生が一瞬だけ浮かべた渋い表情を、俺は見逃さなかった。


 三、四時間目は学園ツアーと称した学園案内と上級生の授業見学を、昼休みを挟んで五、六時間目は体力測定を行うという。


 昼休みの終了直前、新しい運動着に身を包んだ俺と雪村さんは、ふたり並んで集合場所のグラウンドをにらみつけていた。


「俺の中では完全に呪いの地だ」


「グラウンドで起こるイベントは……ああ、確認はできないんでしたね」


 場を和ませようと言ったつもりが、雪村さんの傷をえぐってしまったようだ。少し黙っていよう。


 事は昼休みにさかのぼる。




 学園ツアーの最中、受付に荷物が届いたとの知らせが入った。俺たちは昼食後にいったん別れ、昨日の場所で落ち合うことにした。


 荷物を取りに行った雪村さんを待ちながら、ぼんやりとグラウンドを眺める。


 グラウンドでは上級生が剣を振っていた。術の練習中なのだろう。一振りごとに首をかしげ、魔法科の上級生と顔を見合わせている。あの様子なら、吹き飛ばされる心配はなさそうだ。


 しばらくして校舎の影から雪村さんが走ってきた。俺に気がつくと、彼は革製の分厚いファイルを持った手を掲げた。反対の手に提げた大きなトランクも重たそうだ。


 見た目に反して体力があるな、と思っているとファイルが発火した。


「一年! 動くな!」


 鋭い声とともに、水が炎をかき消す。


 すべてが一瞬の出来事だった。


「おーい、一年」


 魔法科の上級生が手を振りながら走ってくる。素早い消火は、彼の魔法によるもののようだ。俺も慌てて雪村さんに駆け寄った。


「雪村さん、燃えてない?」


 ファイルを取り上げ、雪村さんの手に顔を近づけて大事がないか確かめる。燃えたのはファイルだけだったようで、火傷はなく少し袖が濡れていた。足元でドサッと音がする。


「そっ、それよりファイルを」


 素早く手を引き抜き、彼は奪い返すように俺からファイルを取った。


 息を弾ませた上級生が、もうひとりを指して言う。


「アイツの技でケガしてない?」


「大丈夫みたいです」


 代わりに返事をする。雪村さんはファイルの確認に忙しそうだった。ついでに落ちたトランクも拾っておく。従者か、俺は。


「それ、貸して」


 上級生が雪村さんに声をかけた。彼は「中も濡れているか」と残念そうに言いながら、ノートに手をかざした。顔に暖かい風を感じる。


「すげぇ」


 思わずつぶやいていた。


 魔石は日常的に使われているが、いわゆる“魔法使い”という人を見かけることは少ない。特に地元のウインタータウンは、経済の中心を学園が担うような小さな町だ。週末は学園の生徒たちでにぎわうが、彼らは学外での魔法を禁じられている。特に魔法科の一年生は魔力制限をかけられており、授業外での使用が出来ない。


 上級生は申し訳なさそうに口を開いた。


「本来なら練習中には防御の幕を張る決まりなんだ。アイツの技が成功したことがなかったら油断してた」


「騎士科が使う魔法って、難しいんですか?」


「んー、得意な魔法が違う、と言えば分かりやすいかな? 魔法科とは魔力の種類が違うから」


 騎士科の生徒が持つ養体魔力は、自身の体に作用するのを得意とするそうだ。


「じゃあ防御の幕は……?」


「魔法科の生徒にしか使えない。だから俺のせいなんだ、ごめん。これ大事なものだったよね」


 上級生は乾かしたファイルを雪村さんに差し出した。


「はい」


 雪村さんはファイルを抱えてうなずいた。


 それから上級生は「これくらいしかできないけど」と言って、恭しく雪村さんの手を取った。俺はトランクを顔の前に掲げて一歩後退する。


 袖を乾かし終え、ふたたび謝罪をすると彼は去っていった。なかなかに紳士的な上級生だった。発光していないのが不思議なぐらいだ。


「いかん、二日目にしてBLに脳が侵食されている……!」


 ファイルの中はインクが滲んで、文字が読めなくなっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る