第6話 話し合う転生者たち

 雪村さんによれば、この世界にも米はあるという。なんでもコールドコースト子爵の直営農地を借り受け、今年から栽培しているそうだ。秋になったらご馳走してくれる、と約束してくれた。


「思いつめて損しました」


 俺の米に関する質問に答えたあと、雪村さんは頭をガシガシと搔いて言った。そんな仕草もイケメンだと様になるな。そう思ったとたん、さっきまでなかったキラキラエフェクトが再開する。


「うわ~っ、ストップ、ストップ」


 慌てて手を振ってキラキラをかき消していると、怪訝けげんそうな顔で「何をしているんですか?」と問われてしまった。やはり彼には見えていないらしい。発光と謎の現象について説明する。発光は攻略対象者を見分けるためのものだそうだ。


「生徒はみんな同じ制服姿ですから、遠目から区別するのに便利、ということだったと思います」


 ゲーム上ではシステム画面でオンオフが選択できるこのこと。ゲームに転生したなら一度は言ってみたいアレだな。


「ステータスオープン!」


 何も起こらなかった。


「謎の現象についても、ゲーム上でスチルと呼ばれる静止画が手に入る場面のため、時間が止まって見えたのでしょう」


「……やっぱりスチルだったのか」


 俺が動けたのは主人公だからなのだろう。主人公が動けなければスチルは見られない。


 雪村は俺の言動をいちいち追及することをやめたらしい。ありがたいような寂しいような。晩餐会まであまり時間もないため、黙って彼の説明を聞くことにする。


「このゲームの特徴は大きく四つあります」


 一、ゲーム内の時間が現実と同期していること

 二、プレイヤーがワールド内を自由に探索できること

 三、主人公が選べること

 四、ゲームをしていない間はエレメントポイントが貯められること


 一と二はコミュニケーションゲームの代表格ともいえる『あつまる どうぶつのひしめき』、通称『あつほん』をパク……参考にしたそうだ。実時間で翌年の四月にエンディングが見られる仕組みらしい。雪村さんは「一年をかけて恋を実らせるゲームなのです」と得意げにおっしゃったが、クソゲーの予感しかない。


「三の主人公が選べるのは、男女選択的な?」


「BLゲームですから違います。初期設定では限りなく無個性なデフォートが主人公ですが、どのキャラクターでも主人公としてプレイ可能なのです」


「うむ。デフォート以外を主人公にした場合、こいつはどうなるんだ?」


「出てきません。だから僕は、あなたが登場してくれたことがうれしいんですよ。しかも話の分かる転生者……でしたっけ?」


「どういうことだ?」


 今の俺は「話の分かる転生者」ではなく「話の見えない転生者」だった。雪村さんは眼鏡を押し上げると、早口にまくしたてた。


「つまりデフォートが登場したということは、僕を含めどの攻略対象者も主人公ではない。デフォートとの接触さえ回避できれば僕は安泰、というわけです」


「え、どういうこと? ごめん、図にしてくれる?」


「デフォート以外のキャラクターが主人公だった場合、まず誰が主人公なのかを見極める必要がありました」


「主人公を特定しないと、そのキャラを避けられないからか」


「はい。ですが、もし僕が主人公だった場合は、強制的に誰かと結ばれるエンディングが待っています。何度でも言いますが、ここはBLゲームの世界です」


 BLゲームのエンディングなんてろくなものではないだろう。俺は「話が見えてきた転生者」にランクアップした!


「ちょっと待て、てことは何か? 限りなく無個性なデフォートの俺にも、その『誰かと結ばれるエンディング』が待ち受けているのか?」


 なんて恐ろしい。鳥肌の立った二の腕をさする俺に、雪村さんはうんうんとうなずいた。


「その気持ち、わかります。僕自身この五年間は戦々恐々とした日々を過ごしていたんですから。でもご安心ください。デフォート限定の裏ルートがあるんです」


 裏ルート、なんてインモラルな響きだ。詳しく聞こうじゃないか。


「ここは曲がりなりにも剣と魔法のファンタジーですからね。魔王討伐のルートがあります」


「おお、初めてゲームっぽい感じが来た!」


 BLっぽさなら何度か味わってるけどな!


 裏ルートの流れは簡単だ。まずデフォートはオープニングイベントを完了する。それから一年をかけて攻略対象者たちの好感度を上げ、キャラクターイベントと呼ばれるスチルが手に入るイベントをキャラクターごとに五回以上、同数回起こす。またシーズンイベントと呼ばれる月ごとにあるイベントでは、アイテムや技を手に入れる。条件が満たれていれば四月一日に裏ルートのイベント、魔王が妖精界に侵攻するという知らせが入る。魔王を討伐すればゲームクリアだ。


 聞き終えた俺は、地面にこぶしを打ち付けた。


「……プレイ過程はただの恋愛シミュレーションゲームじゃないか!」


「恋愛コミュニケーションゲームです」


 どっちでもいい! そう叫びたいのをぐっとこらえる。相手は制作者サイドの人間であり、この人の情報と協力がなければ俺は詰む。


「ノーマルエンドやバッドエンドはないわけ?」


「ありません。クリアまで約一年かかるゲームですから」


 オープニングイベントさえ完了すれば、その後はゲームをプレイしなくても、翌年の四月にハッピーエンドを迎えられるとのこと。なんという迷惑な、いや優しい設計なのだろう。涙が出てくる。


「じゃあ、オープニングイベントを回避すれば……?」


 ふとおのれの一日を思い返してみる。どう考えてもゲームのような出来事ばかりだ。雪村さんも「シナリオ通りの午後」と言っていた。


「攻略対象者全員と出会えばオープニングイベントは完了です」


「キャラは何人?」


「デフォートを除いて八人です」


「謎の現象の回数だよな――」


 指折り数えてみる。まず幼なじみのカイル。それからリュカ・ルクスブライト、金髪の王子様系と雪村さん。入学式後に先生がふたりと、騎士科の上級生と木から落ちてきた奴……。


「――八回だ。このうちふたりは謎の現象中に立ち去ったからセーフ、とかない?」


「仮に回避できていたとしても、学園に在籍し続ける以上、彼らと出会わないでいるのは不可能かと」


 出会うたびに走って逃げられる状況にいるとも限らない。今後の人生を考えれば退学は論外だし、転校という手段も庶民の俺には――。


「雪村さんは、ほかの学校へ通えばよかったんじゃないの?」


「それは――」


 これまで饒舌じょうぜつだった雪村さんが、言葉を詰まらせた。


「――隠しても仕方ありませんね。僕には、ほとんど魔力がないんです」


 庶民ならまず騎士・魔法専門学園には通えないレベルだそうだ。もちろん非魔力保有者が通う貴族高等学院もあるが、子爵家の三男を理由に入学を断られたという。BL展開と勉強を天秤にかけ、後者に傾くのは至極当然のことである。


「ごめん、いやなことを訊いて」


「謝らないでください。これはゲームの設定なので」


 お互いここに入学するしか選択肢がない以上、オープニングイベントは不可避だったというわけだ。そして現時点で、イベントは完了している可能性が高い。


 残された道は誰かとハッピーエンドを迎えるか……


「それじゃ、魔王討伐を目指しますか」


 しかないのである。


 晩餐会には米も焼肉もなかった。

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