第5話 キラキラリレー
逃げることに夢中でふたたび道を外れ、木立の中に迷い込んでしまっていた。足を止めて、手近な木に手をつき息を整える。
「あっ」
「えっ?」
いまだになんの作品に転生したのかわからないが、とりあえずコメディなのかもしれない。
人が降ってきた、と思ったときには遅く、顔から地面に突っ伏していた。だいたい俺は上を向いていたというのに、どうすればうつぶせに倒れられるのだろうか。超自然的な力が働いたに違いない。
「うん?」
背中から退く気配がない。頭をのけぞらせると、目の端にキラキラしたものが見えた。謎の現象は人から降りてからにしてほしいのだが……。本当に誰のための時間なんだ、これ?
「わりぃ」
しばらくして停止状態から脱したらしく、背中が軽くなる。俺が立ち上がった時には姿を消しており、どんな奴だったのか分からずじまいだった。謝罪らしきものがあったから、良しとしよう。止まっていたことに関して責任はないのだし……。
何が始まっているのかわからないが、何かが始まっているのは確かだ。一刻も早く雪村さんに話を聞かなければ。道に迷わされ、上級生に惑わされ、誰かに踏まれ……。目印の校舎に着いた時には約束の時間が迫っていた。
校舎裏のグラウンドと木立を抜ければ寮の建物だ。グラウンドを突っ切ろうと足を踏み入れると、中央に剣を構えた人がいるのが見えた。
今度ばかりは俺が動きを止めてしまった。
剣術の稽古といって思い浮かぶのは、恥ずかしながら素振りがせいぜいだった。それか子供同士のチャンバラぐらいだ。スウェンくんの話で興味は持ったが、こんなに美しいものだとは知らなかった。
一連の動作には無駄がなく、足さばきは流れるように滑らかだ。
対して腕から振り下ろされる片手剣は素早く、それでいて力強い。
スウェンくんが元騎士の先生にもあこがれていると話してた。この人がブレク先生なのだろう。
見とれていたので、ここが魔法のある世界だということも、いつの間にかキラキラが視野に入っていたことも失念していた。
ずいぶんと長く剣を下段に構えているな、と首をかしげていたら、
「えっ」
時が動き出したらしく、俺は吹き飛ばされていた。
「げふっ」
「お疲れさまでした」
飛ばされた先にいた雪村さんが言う。俺を見下ろす彼を見つめながら意識がだんだんと遠のく……わけもなく、俺は痛む背中をさすりながら起き上がった。人間そう簡単には気絶しないものだ。ジェットコースターにでも乗らない限り。
「一人パンケーキやって落ちたのを思い出した」
「何ですか、それ?」
「知らない? ブランコの技でさ……」
俺の思い出話はどうでもいい。
「それより、なんで落下地点に?」
「確認のためです。どうらやシナリオ通りの午後を過ごされたみたいですね」
すでに迷子の段階で、俺は物語の舞台上にいたのだろう。それに俺の行動を無理やりシナリオにはめ込んだ、と考えれば、つじつまの合わない点も納得がいく。
「警告ぐらいは欲しかったですよ」
「すみません。デフォートルートを確定させておきたかったので」
どうやらこのまま話すらしく、雪村さんは近くの切り株に腰かけた。あるのか、切り株。
次々に現れるキラキラしたイケメンたちに、シナリオとルートという単語は、どれも俺の推測を裏付ける。雪村さんの言葉で、それが確定してしまった。
「先にお伝えしておきますが、僕はこの恋愛コミュニケーションゲーム『同じ季節で恋をして』のシナリオライターです」
ちなみに「季節」と書いて「とき」と読ませるらしい。いらん情報をどうも。このゲーム名を二度と耳にする機会はなさそうなので、供養のために心の中で三回唱えておく。
『同じ季節で恋をして』
『同じ季節で恋をして』
『同じ季節で恋をして』
成仏しろよ。
「製作側の人だったのか」
ゲーマーを思わせる節がないのもうなずける。見た目が九割の判断で、何の根拠もないのだが。
それから俺たちはお互いの情報をざっと開示しあった。雪村さんは俺より十年下の享年二十五歳。生まれ変わってからの十年間は俺と同様に、自意識が昏睡と覚醒とを繰り返すような日々を過ごしたという。自意識を完全に取り戻してから約五年の歳月が経った、という認識も一致した。やはり俺は現在四十歳なのだ。
小説家志望の雪村さんは、執筆の傍らアルバイトと両親の援助を受けて生計を立てていたそうだ。シナリオライターとしての経験はない。大学時代の先輩に誘われ、途中からゲームの製作に関わったという。彼の命日から半年後がゲームの発売予定日だった。
雪村さんに訊かれた。
「ゲームにはお詳しいですか?」
「最低限の知識ぐらいは持ち合わせているかと――」
俺はプレイしたことのある有名どころのタイトルをいくつか挙げた。
「――でも恋愛シミュレーションゲームには、手を出したことないですね」
「シミュレーションではなくコミュニケーションです」
「えっ?」
「プレイヤーが自由に探索できるよう設計されたオープンワールドを採用したコミュニケーションゲーム、です」
今のは明らかに棒読みというか、文章は覚えているけれど内容を理解していないような……。今のところ雪村さんは立て板に水のような受け答えをしているが、妙にちぐはぐな印象をぬぐえないでいた。見た目と中身との
俺のいぶかしむ気配を察したのか、彼は白状した。
「すみません。ゲームやアニメやライトノベルに疎いという点が気に入られてオファーされたので……」
何が基礎知識で、何がこのゲーム特有のものなのか区別ができないそうだ。彼は「転生者」という言葉も知らなかった。知識があるように見えて事情通に見えないのは、知識がこのゲーム限定のものだからか、と納得する。
「ひょっとして、さっき俺が挙げたゲームも……?」
「ほとんど聞いたことのないものばかりです。ですが、このBLゲームについてなら何でもお答えできると思います」
今さらっと「BL」って言わなかったか?
詳しく説明する前に俺の疑問点を解消しておきたい、とのことなので何から訊こうか考える。本当にBLゲームなのか確認するべきか。いや、下手な質問して「BLとはボーイズラブの略称で……」などと説明を始められても身の置き場に困る。そして目の前の雪村さんという男は、真顔でそれをやってのけるタイプと見た。
午後はいろいろとありすぎて、なんだか頭がうまく働かない。そういや昼飯を食べ損ねたんだった。
ぐぅ~っ
しばしの沈黙を俺の空腹が破く。間の抜けた腹の音に、何かがプツンと切れた。
「米はあるか?」
「はい?」
「お宅、貴族でしょう?」
「コールドコースト子爵の三男です」
「それじゃ、いいもん食べてんでしょう?」
「わが家の料理長は、素材にこだわりがあるようです」
「元日本人として米が無性に食べたいときとかあるでしょう? 料理長にお願いとかしてたでしょうがよぉぉぉぉっ」
もし相手が光っていなかったら、肩を揺さぶっていたかもしれない。雪村さんは俺の精神崩壊など気にした様子もなく冷静だった。
「その質問、僕にじゃなくてもよくないですか?」
「うちパン屋だから、よそじゃ聞けねーのっ!」
十歳の時に某サバイバルバラエティ番組を再現しようとして、厨房を出禁になったのは言うまでもない。
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