第18話 新しい生活の始まりと最初の会議


 窓から入ってくる日差しを感じて、私はゆっくりと目を開ける。


「……朝?」


 身体を起こして周囲を見回すも状況が把握できない。


「……ああ、そうだ。ハイセニアに来たんだ……」


 私の為に用意されたお屋敷の寝室。

 今、いるのはそこだ。


 まずはこの国の生活に慣れる為――ということで、しばらくは仕事が入らない予定になっている。


 あの地下格納庫でのやりとりから三日も経っているのに、まだ目覚めた時に新しい自宅にいるという実感が湧かなくて困る。


 それにしても、地下格納庫で自分について語った時のみんなの反応は大袈裟だったと思う。

 あんなに愕然とするものだろうか。

 ラシカに至っては大泣きしながら格納庫を走り回ってたくらいだし。


 ……本当に、あんな大騒ぎするほどだったかな?


 そうは思うのだけれど、そういうことを口にしたらカグヤ辺りに、

《マーちゃんさぁ、自覚ないみたいだけど、一般的にはマジヤバ案件だからね?》

 とか言われそう。


 言われそうなんだけど、私一人でなんとかなってきたことなんだから、そんな大袈裟じゃないと思うのだけれど。


 ともあれ、もう三日も経っているのだし、あの時のことをもやもやしてても仕方がない。


《ちゃんマス~! 起きてる~?》

「ええ。起きてるわよ、カグヤ」


 扉の外からカグヤの声がして、それに返事をする。

 すると、コンコンというノックのあとに、カグヤと一緒にラシカが入ってきた。


「おはようございます。イェーナ様。ごゆっくりお休みになられましたか?」

「ええ。おかげさまで」

「それは良かったです。では着替えなどを致しましょうか」

「お願いするわ」


 なんてやりとりをして、ラシカの為すがままにされてはいるここ数日。

 でも、これまでずっと一人でやってきたことだから、なんだか馴れないのよね……。


《――って、イーちゃんは思ってる》

「重傷ですねぇ……とはいえ、イェーナ様が嫌でしたら最低限にさせて頂きますが」

「いえ。少しずつ馴れていきたいの。それに髪の手入れとか、服選びとかは苦手だから、むしろやってもらいたいわ」

「かしこまりました。任せてください!」


 そうして身だしなみが終わると、ラシカの案内で食卓へ。

 そこには美味しそうな朝食が並んでいる。


 パンとサラダと卵焼き、そしてスープという簡素なラインナップながら、どれもが丁寧にしっかりと作られているのが分かる。


「今日は私が腕によりをかけ作らせて頂きました」

「アギトロスが作ったの?」

「はい。現状、この家にいるのは私とラシカだけですので」


 昨日、一昨日はラシカが作ってくれていた。

 アギトロスも料理が上手なようだ。


 しかし、確かに屋敷にいる人の数が少ないのも確かよね。


「人を雇った方がいいかしら?」

「して頂けると助かりますが予算などもございますでしょう?

 まずはこの国での基本的な生活スタイルを確立してからでも遅くないかと」


 確かにアギトロスの言う通りだ。

 仕事で出張などが多いなら、あまり使用人などを増やしすぎるのも良くないか。


「わかったわ。二人には迷惑を掛けてしまうけれど、しばらくは様子を見させて」

「かしこまりました」


 食事を終えたら王宮だ。

 仕事前に、紹介したい人が居るので顔を出して欲しい――そういう理由で陛下に呼ばれているので、ラシカに着付けをしてもらう。


 登城用のしっかりしたドレスなんて、随分と久しぶりな気がする。


 そしてちょうど着付けが終わったタイミングで、王宮からの迎えの馬車が到着したことをカグヤが伝えにきた。


 ……って、カグヤ。もしかして結構好き勝手してる?

 他の人に見られて騒ぎになったりしないかしら……?


 ともあれ、馬車を待たせるワケにもいかないので、ラシカを伴って出発だ。

 昨日のパーティ同様に、カグヤは鎧箱ボクシール化して私の腰元にぶら下がっている。


「こうして見ると、カグヤは本当にボクシールですね」

《だろ~? まぁボクシールなんだけど》

「ちゃんとグロセベアは収納してきてる?」

《もちろん》


 さすがにそういうヘマはしないようだ。


「あ、巨鎧兵騎リーゼ・ルストンといえば……。

 ラシカとアギトロスも乗れるのよね? 念のために用意してもらおうと思うけど、機体の希望はある?」

「どんな機体でも使わせて頂けるだけありがたいですけど……強いていえばエタンゲリエが良いですかね。シュネーマンはどうにも相性悪くて。アギトロスさんもそうだと思います」

「ふふ」


 その答えに、思わず笑ってしまった。


「えっと、どうかなさいました」

「ごめんなさい。ウサギの獣人アニマであるラシカは、どっしりと構えたシュネーマンと確かに相性悪そうだなって」

「そうなんですよ。生身でも巨鎧兵騎でも飛んだり跳ねたりするのが好きなので」


 ラシカがそう笑ってから、少しだけ真面目な顔をする。


「あの……イェーナ様は、獣人アニマに偏見などはないのですか?」


 その質問に対して、当然の問いだなと思う。

 私がシュームライン出身だからなおさらだ。


 だから私はラシカの問いに、真面目に答える。


「そうね。シュームライン王国自体は偏見が多いけれど、私はそこまででもないわ。むしろ不当に差別して傷つける人を止める側だったし。

 ただまぁ……獣人はあまり良い思いはしないと思うので、シュームライン王国には、目的もなく行かない方がいいと思うわ」

「ヨーグモッツとどっちが不味いですか?」

「ヨーグモッツ……と言いたいところだけれど、正直なところどっちもどっち。

 認めたくはないけれど、シュームラインの役人は国内で起きているヨーグモッツ人による獣人誘拐を見て見ぬフリをしてる一面があるので」

「ヨーグモッツはヨーグモッツで人族ヒム以外の人間は実験動物としか見てないって噂ですしねぇ……」

「ええ。だからラシカは、シュームラインとヨーグモッツには余り近寄らないようにね」

「わかりました」


 うなずいてから、ラシカは安堵したような笑みを浮かべる。


「昨日の時点でそうだろうとは思ってましたけど、獣人や魚人への偏見のないご主人様で本当に良かった」

「そうね。貴方たちからしてみれば死活問題だものね」


 ましてや私はシュームライン王国出身だ。

 偏見が強いと諸外国に知られている以上は、こういう反応をされても仕方がないだろう。


「少なくとも二人の信用を裏切るようなコトはしないように、務めてみるわ」

「はい。お願いします」


 そんなやりとりをしているうちに、馬車は王宮へと到着し、私たちは陛下の元へと案内されるのだった。




 案内されたのは会議室。

 中に入ると、陛下と殿下兄弟の他にも、何人か待っていた。


「慌ただしく呼び立ててすまないな、イェーナ殿。ゆっくりできているかね?」

「はい。あのような大きな屋敷を用意して頂き、感謝しております」

「うむ。さて、君の仕事に関する話をしたいと思っていてな。そこの空いている席に着いてくれるか」

「かしこまりました」


 一礼してから、席に着く。

 それを確認したニーギエス殿下が私に――というかカグヤに声を掛けた。


「ああ、そうだ。

 カグヤ。ここにいる面々なら問題はないはずだ。動いていいぞ」

「――だそうよ。カグヤ」


 呼びかけると、カグヤは私の腰元から元気よく飛び立った。


《おっけー! 意志のあるボクシール、カグヤちゃんだよー! みんなしくよろ~》

「なんと……!」

「そのような存在が……!?」


 ざわつく周囲に対して、自分自身を見せびらかすようにくるりと一周飛んでから、カグヤは私のところへと戻ってくる。


「カグヤは、イェーナが使用している機体グロセベアとセットで覚えておいてくれ」


 ニーギエス殿下の言葉に、ヒゲの豊かな男性が首を傾げた。


「サクラリッジではないのですか?」


 思わず――といった感じかな。

 口にしてから、しまった……という顔をしたし。


 とはいえ、当然の質問よね。


 チラリと陛下や殿下の方へと視線を向けると、「答えて良い」という感じで視線を返されたので、私は逡巡する。


 なんと答えようかな――と考えていると、カグヤがパタパタと羽を動かしながら、私の頭の上に乗っかった。


《キャリバーちゃんはね。最前線で災厄獣とバトってるとはいえ国宝だからさ。

 さすがにシュームライン国外への持ち出しはちょいと難しかったワケだぜい》

「ああ、なるほど。そういうコトでしたか」


 カグヤの言葉に、ヒゲが豊かな男性が納得したようにうなずいた。

 そんなあっさりと納得してくれるんだ……。


「他にも事情はあるのだが――その辺りの話を共有しておくのと、イェーナ殿の仕事についての相談もあったので、皆に集まって貰ったのだ」

「事情……ですか?」


 痩せ型の神経質そうなメガネの男性が、訝しげに目を細める。

 それに、陛下はうなずく。


「ああ。優秀な人材であるイェーナ殿を我が国に迎え入れるだけでなく、シュームライン王国から救い出すという意図もあったのだ」


 え? そうなの?

 思わずニーギエス殿下を見ると、彼は片目を瞑ってみせる。


 ……なるほど。そういう事情にしたのか。


「救い出す……とは?」


 先ほどの神経質そうなメガネ男性の問いに、陛下は重々しく口を開く。


「シュームライン王国はイェーナ殿を不要な汚物という扱いとし、二束三文で売りにだしていた。ヘタをすれば大陸外の奴隷商や、犯罪組織ですら購入できそうな価格でな」


 会議室の皆が一斉に私を見る。

 実際、犯罪組織などが購入できたかどうかは分からないけれど、二束三文だったのは間違いないと思う。


「陛下はそれを購入した、と?」


 ヒゲの豊かな筋肉質の男性が、震える声で問う。


「そうだ」


 うなずく陛下に、メガネ男性が厳しい表情をして問う。


「人身売買です。彼女の尊厳を穢しているというご自覚は?」

「ある。だがな考えてもみろ。

 我らハイセニア王国。商国ポート・アオーノ。タスカノーネ将国。一応ナイトース王国も含むか?

 我らのうち四国いずれかかがイェーナ殿を手に入れる分には無体なコトはないだろう。優秀な人材だ。母国で受け入れ厚遇すればいい。どの国も優れた人材は喉から手が出るほど欲しいからな」


 陛下は一度そこで言葉を切る。


 私も気がついた。

 確かに、私を買ったのがハイセニア王国で本当に良かった、と。


 ……あれ? だとしたら、そういう事情になったのではなくて、本当にそういう事情だったの……?


「もし、ヨーグモッツであったなら?」

「守護騎士姉妹が持つという厄災獣を祓うチカラを利用するべく、非人道的な人体実験の素材にされたコトだろう」


 陛下の言葉に続いて、ハヤギニス殿下が補足する。


 それを想像するとゾッとする。

 アラトゥーニの門を潜った方がマシだと思うような目にあい続けた可能性がある。


 最後に、ニーギエス殿下がしめる。


「娼婦や奴隷も合法ならまだマシだ。犯罪組織の絡む違法奴隷や違法娼婦だった場合はどうだろうか。

 あるいはヨーグモッツを上回る非人道的な違法組織などなど……彼女を購入する者が、最悪の相手であった場合を思えば、例え彼女の尊厳を傷つけるような人身売買とて、こちらから手を出さざるを得なかったんだ」


 思わず俯き、下唇を噛みしめる。


 ……可能性は充分にあう。

 他国が買わなければ、私を辱めるためだけに、そういう相手に売りつけていた可能性が十二分にある……。


 祖国が――それを、想像できてしまうような国であったという事実が、嫌だ。


「だからといって、彼女を尊厳を傷つける人身売買という形になってしまったコトは謝罪するべきコトだろう。しかし、優秀な人材を得られたのは間違いない。

 故に、謝罪を兼ねた、厚遇を持って迎え入れたいと思っている」


 陛下がそう告げれば、会議の参加者たちが再び私を見た。


「わかりませんね……」


 神経質そうなメガネ男性が、小さく息を吐いて首を振る。


「守護騎士の二つ名を持ち、生身での戦闘はもちろん、巨鎧兵騎の操縦も出来る優秀な騎士をどうしてシュームライン王国は売りに出したのですか?」

《と~ぜんの疑問だよね》


 私の頭の上で、カグヤがうなずく。


《ぶっちゃけると、うちのちゃんマスが優秀すぎたってとこじゃないかな》

「優秀すぎた?」


 興味深そうにメガネのブリッジに手を添えながら、男性がカグヤへと訊ねる。


 それにカグヤは真面目な声のままうなずいてみせた。


《そう優秀すぎた。優秀すぎたから鼻についた。だから自分たちに泣きつく姿が見たくて冷遇して……だけど、ちゃんマスはその冷遇された環境に適応して、あらゆる状況を一人で対処できちゃったワケだ。

 だからもっと冷遇する。そしたら巨鎧兵騎のメンテも自分で出来るようになっちゃうし、一人で魔獣ベード巨魔獣ギガンベも、厄災獣デザストルも群れ単位を壊滅できちゃう腕を得た。

 そんなすごい人が貴族から冷遇されてるんだから、平民だってあの女は冷遇して良いと思ったんだろうね。あるいは、そうなるように噂が流れたか》


 恐らく、カグヤの言う通りだ。

 私が置かれていた状況というのはそうやってできあがったモノなのだろう。


《そこまで行くとさ、もう泣きつくくらいじゃ許さない――とかってなるんじゃないかな。

 ぶっちゃけ冷遇してた連中が抱えている。ただの意地だよね。意地。無意味なプライドから生まれた無価値な意地ってやつさ。

 冷遇を主導してた人からすりゃねぇ、その意地によって自分の溜飲を下げる為にも、一回の小さなミスをあげつらって、バツとして裸で犯罪者がたむろする路地裏歩けとか言い出したかもね》


 参加者の皆さんが露骨に顔を顰める。

 けれど、私はカグヤの言うことを簡単に想像できてしまう。


 ヨーシュミール殿下と、キーシップ当主代行夫妻なら、間違いなくするだろう。


《でも、ちゃんマスはその小さなワンミスすらしなかった。

 やがて、成人式が近づいてくる。その成人式を終えれば、ちゃんマスは正式にキーシップ家の当主にもなるし、そうなると冷遇状況を一気に捲られてしまう可能性もあるワケさ》


 ガンと、ヒゲが豊かな男性が机に向けて拳を叩き付ける。

 思わず私がビクっと身体を震わせると、とても申し訳なさそうに頭を下げた。


「だから……売りに出したと?

 国に貢献し続けた彼女を? 二束三文で?」


 メガネの人ですら、歯ぎしりするような表情で、務めて冷静にだけど、声を震わせながら。


「だとしたらッ、その価格の真意は……ッ!」

「ええ。我々四国以外に買われて絶望するイェーナ殿の姿が見たかったのでしょうね」

「ふざけているッ!」

「全くです!」


 ヒゲの人とメガネの人がエキサイトしている。

 でも、他の参加者も同じような様子だ。


 私がショックを受けるのはともかくとしても、どうして彼らはこんなにいきどおっているのだろうか?


《イェーナちゃん。この光景をちゃんと見て、ちゃんと覚えておくんだよ?

 真っ当な感性を持っている人からすれば、貴女のおかれていた状況っていうのは、聞いただけでも大なり小なり怒るモノだから》


 カグヤらしからぬ真面目で優しい声。

 どうしてカグヤがそんなことを言うのかあまりピンと来なくて、だけど言われた通り、何故か怒ってくれている人たちを、私はぼんやりと眺めていた。





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