第17話 国王陛下と、守護騎士の選択(妹side)
国王陛下は病に伏せている。
だからこそ、ヨーシュミールなんていう馬鹿な一人息子が好き勝手やっているのだけれど。
その国王陛下は、あたしたち姉妹に優しかった。
面会する度に、守護騎士という面倒な役割を、適性があるからというだけで背負わせていることを申し訳ないと言ってくるような人だ。
陛下が病に伏せられてからは、わたしは会えてない。
お姉様は、時折お会いしていたようだけれど……。
そのお姉様がお会いしにいって何をしていたのかは知らないけれど、恐らくは国王陛下の元で、何らかのお役目を果たしていたのではないかと思う。
なんとなくだけど、そういうものを感じていたから。
そして、今日――わたしは陛下に呼ばれた。
本当はお姉様を呼びたかったそうだけれど、お姉様はすでにこの国にはいない。
だからこそ、そのお役目を引き継がなければならないのだと思う。
……わたしに出来ることなら、良いのだけれど……。
「失礼します」
指定された時間に、陛下のお部屋に入る。
「ああ、来たか……」
ベッドの上に横たわる陛下は随分とやつれていらっしゃる。
元々痩せぎすの方ではあったけれど、武人だけあって精悍な雰囲気を持っていたのに――今は、見る影もなく……。
失礼ながら、まるで全身が枯れ枝になってしまわれているようだ。
「ご無沙汰しております陛下。皆から遠ざけられておりましたゆえ、しばらく来訪できなかったコトお詫び申し上げます」
ベッドサイドに向かい謝罪を口にすると、陛下は横たわったままゆるゆると首を横に振る。
「構わぬ。人に
「恐れ入ります」
声にも覇気がなく、掠れている。
今の陛下にとっては誰かとお喋りすることすら重労働なのだろう。
「本来はイェーナを呼んでいたのだが捕まらぬようでな。お前を呼び出す形となった。
急に呼びつけてすまぬな、クシャーエナ」
「いえ。問題はございません」
「そうか。しかし、最近イェーナが捕まらぬのだが、その理由はなんだ?」
「……え?」
首を傾げる陛下に、わたしは目を瞬く。
「陛下は、ご存じない……のですか?」
陛下は何も知らされていないの?
「……何があった?」
陛下の
身体をベッドに横たわらせながらもなお、王たらんとする意志がみなぎっていくのが分かる。
「……事情はわたしも聞かされてはおりません。ですが、姉はすでにこの国にはおりません。何らかの理由によって追放されております。ハイセニアに売られたという噂も……」
「なん……だと……!?」
驚愕と、怒りと、そして――恐らくは嘆きと、落胆。
「うちの馬鹿息子は?」
「……申し上げ辛くはありますが、恐らくは追放の首謀者の一人かと」
「そうであろうな。他に心当たりは?」
「我が両親ながらキーシップの誇りを持たぬ愚か者で恥じ入るばかりです」
ギリリと、陛下が歯ぎしりをする。
「……クシャーエナよ。他に何かあるか? 余が知らされておらぬ話は多そうだ」
「まず陛下が倒れられ玉座から離れられたあと、姉の両親がアラトゥーニの門を潜ったコトはご存じですか?」
「ああ。それは聞いている」
「そしてわたしの両親がキーシップを継ぎました。それ以降、キーシップから誇りは失われました。姉だけがその責務と誇りを理由にあらゆる戦いにかり出され、わたしの出撃は危険だからという理由であらゆる手段で防がれました」
ぽつり、ぽつりと……涙の代わりに愚痴がこぼれる。
不思議と、涙が出てくるような感覚はない。
「その上で、この国の者たちは上から下まで、お姉様を虐げておりました」
お姉様のひとりぼっちの戦い。
手助けしたいのにリヴォルバーの周囲を殿下が兵を使って囲んでいるせいで、出撃させられない。
それならその辺で持て余されてるエタンゲリエやアッシーソルダットでも……と思ったけれど、それすらも使うのが難しい。
わたしが出撃したいという思いは、お姉様とともに戦いたいという思いは、殿下の優しさとやらにひたすらに妨害されつづけた。
「そして最近、生意気で一人きりで戦いたがる馬鹿な女はもはや不要だと、追放されたのです」
「なんと――いうコトだ……」
だけど、ことはお姉様の追放だけでは終わらない。
「この国から、お姉様の痕跡がどんどん消えているとわたしが気づいた時と重なって、サクラリッジ・シスターズは王家によって接収されました。
サクラリッジ・キャリバーンは解体され、リヴォルバーはわたしに何の確認もなく改造されました」
「…………すまぬ。余が、病に伏せたばかりに……」
陛下が自分の顔を両手で覆う。
「もう余命は幾ばくかであると覚悟はしていたが……それほどまでに、この国は……」
「恐らくですが、有能で口うるさいタイプの人材はみなクビにされたり、左遷されたりしているかと。そうでなければ説明の付かないコトも多いですので」
「……そうであろうな」
弱っている陛下に追い打ちを掛けるのは申し訳ない気持ちはある。
けれど、陛下はそういう正しい報告や推測などを、求めているはずだ。
「クシャーエナよ」
「はい」
「お前には話しておく必要があるだろう。それを聞いた上で、お前にはお前の意志で――キーシップ家の守護騎士として判断をして貰いたい」
重々しく、陛下が告げる。
何となくだけど、これがシュームライン王国の最後の国王による、キーシップ最後の守護騎士たるわたしへの命令になるのだろうと、直感した。
「あの馬鹿は、封印の
「……は?」
思わず変な声が漏れる。
始まりの双騎士が、この地に現れた『この世ならざる異形』を封印する為に建てたと言い伝えられている祠を――壊した?
「クシャーエナの気持ちも分かる。余とて同じ気持ちであった。
だがあの馬鹿は言ったのだ――いつまでもカビの生えたような言い伝えを守り続けるコトに意味があるのか、と」
「だから、壊した――と?」
「そうだ。あの祠があるから厄災獣が現れるというのならば、壊わせばいい。壊したのだから出現しなくなるだろう。これで問題解決だと高笑いしておった」
馬鹿なのだろうか。
むしろ、祠の影響で厄災獣が出現するというのであれば、あの祠に『この世ならざる異形』を封印した話に信憑性があると考えないの?
「『この世ならざる異形』と戦うコトのできるサクラリッジ・シスターズの片割れは失われた。
乗り手姉妹の片割れは不当に扱われて追放された。
故に、キーシップ最後の守護騎士よ。貴女の意志を尊重する。この国を見限るというのであれば、それも受け入れよう。
守護騎士クシャーエナよ。どのような選択をするのか聞かせてはくれぬだろうか?」
「…………」
即答はできない。
どんな答えでもきっと陛下は受け入れてしまう。
この腐敗しきった国の上層部において、良心とも言える陛下。
病に伏せているこの人は、わたしがどんな選択をしようとも、それを踏まえた上で、為政者として責任ある選択をすることだろう。
「わたし、……わたしは……」
お姉様の元へと行きたい。けれども、陛下には申し訳ないけれどあのクソ王子はボコボコにしないと気が済まない。
陛下はとても穏やかな表情で、まるで本当の親のような表情で、わたしの答えを待っている。
ああ――そうか。
そう何度もお会いしたワケじゃないけれど、わたしは実の両親よりも陛下の方を、親のように感じていたのかもしれない。
だからこそ、どんな選択をしようとも陛下とはお別れせざる得ないというこの状況が、とても辛くて悲しいんだ……。
だけど、それでも――陛下の、王としての意志と覚悟を無駄にするわけにもいかない。
故にわたしは、それらを踏まえた上で、お姉様の為になるだろう選択をすることにした。
零れそうな涙を堪えて、わたしは背筋を伸ばす。
そして、わたしの選んだ答えを口にしようとした、その時だ――
「その解答、少し待って貰おうか」
「ヨーシュミール……」
どこからともなく、ヨーシュミール殿下が現れた。
扉の開いた気配はなかったはず。ならばどこから?
わたしは訝しんだのもつかの間、ふと異常に気がつき、陛下を背にしてヨーシュミールからかばうように立ちはだかる。
ヨーシュミールが纏い、その身体から漏れ出す魔力が、普段のモノとは異なり、淀んだ黄昏色――つまり、厄災獣と同じモノになっているのだ。
「……貴方、殿下じゃないわね?」
「なに?」
背後で、陛下の気迫が増す。
寝たきりでもう動けないはずなのに、臨戦態勢のような空気だ。
「さすがは守護騎士。その通りだ。
この身体はヨーシュミール王子のモノだから、傷つけるのはオススメしない……が、守護騎士殿はそうでもないのかな?」
「…………」
こいつ――わたしが殿下に対して殺意を抱いているのを知っている?
「まずは名乗ろうか。
我は――我々は、『この世ならざる異形』と称されし群霊体。数多の霊が混ざり合い異形となり神に迫る存在へと至った者。
かつて、始まりの双騎士より『黄昏の意志 ヨモツレギオン』と呼ばれた封印されし
ああ……最悪だ。
あの馬鹿に取り憑いているという存在の口にしたことが本当ならば……。
祠に封印されていたとされる『この世ならざる異形』。
それが、復活してしまったということになる。
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カクヨムコン開催中というコトで
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