第16話 お屋敷の地下の格納庫にて


 ラシカ、アギトロスの案内で、私とカグヤ、殿下は屋敷の中を見て回る。


 ひとしき見て回ったあとで、地下にある格納庫へとやってきた。


「見ての通り、最大で五機ほどまでならここに置くコトが可能です」


 アギトロスが示すとおり、この格納庫には巨鎧兵騎置き場が五つある。


 そして、この格納庫はとても広い。

 個人宅で、軍務的な目的のある家屋でもないのに、これはかなりすごいことだ。


 個人宅を持つ魔獣ハンターの中には、パーティメンバーや客人用の格納庫が用意してたりするらしいけれど……。


 でも、明らかに貴族が持っていたと思われるこの家が持っているというのがとても不思議だ。


 私兵用とかで保有している貴族はいるけれど、その場合はもっと大きな軍事施設や工場のような規模になるものだし……。


 五機なんていう何とも中途半端な感じなのは、完全に私用なのではないだろうか。


「外からの入り口はどちらに?」

「あちらです。坂になっておりまして、登り切ると池の近くの建物に出ます」

「……ああ」


 池の奥に見えたあの中途半端なサイズの建物が、ここに繋がってるのか。

 確かに、地下への出入り口としてならあの程度の大きさで良いのかも。


 一緒に周囲を見回している殿下が、ひときわ目立つ格納スペースを示す。


「アギトロス。格納スペースがあの一カ所だけ枠が赤くて派手になっているが、あれはなんだ?」

「あの置き場だけ、緊急出撃機構がついております。あそこの真上の天井が開き、外へと機体を射出し、庭に飛び出すコトが可能です」

「なるほどな。確かにあの出入り口は一機ずつしか出入りできないようだしな。

 緊急で腕利きを出撃させたり、あるいはすぐに逃げ出させたい者などを射出したりするという手段が執れるのか」

「恐らくは敷地の中で最大限に出来るコトをやるべく作ったのかと」

「ふむ」


 確かに、この格納庫――というかお屋敷全体がそんな感じがする。

 見て回った限りだと、なんとも巨鎧兵騎が好きな……あるいはコダワリのありそうな人が前の家主だったのかもしれない。


《この射出機構――池パカな気がする……!

 緊急射出以外にも、見栄え重視ののんびり昇降機能もあると見た!》

「すごいですねカグヤちゃん! 実はその通りなんです! 何の意味があるのか分からないんですけど」

《ちっちっち。まだまだだねラシちん! 池パカもったいつけのんびり昇降はロマンだよロマン!》


 ……カグヤとラシカがなんだか変な会話しているのは聞こえなかったことにしておこう。


 あ、そうだ。


「カグヤ。せっかくだし機体化したら?」

《おお! そうだね! ラシやんとアギとんにも、アタシちゃんの勇姿やつを見て貰わないと!》


 そう告げると、カグヤはノリノリで赤い格納スペースへと移動すると、元の姿に戻る。


《これぞカグヤちゃんの真なる姿!

 サイシス・ラインブーセシリーズの七号機! グロセベア! 以後よしなに!》


 いえい! とピースしてみせるカグヤ。

 搭乗者がいないと最低限しか動かせない身体を、最大限に使ってアピールしてる。


「ええっと、カグヤちゃん。

 その姿の時はグロセベアちゃんと呼んだ方がいい?」


 ちょっと困ったようにラシカか訊ねると、カグヤは少し考えてから答えた。


《んー……この機体身体の名前はグロセベアなんだけど、アタシちゃんはカグヤかな。

 人間に例えるなら、心と体に別々の名前が付いてる感じ? あるいは、メイン操縦者のマスターと、サポーターのアタシちゃん……みたいな?》


 その言葉に、アギトロスは静かにうなずいた。


「理解しました。では機体のメンテナンスなどの話をする場合は、グロセベアと。

 人格を持つ個人としてお呼びする場合はカグヤさんとお呼びすれば良いのですね」

《それそれー! そんなカンジでよろー!》


 嬉しそうにそう返事をしたあと、カグヤはグロセベアを格納スペースに置いたまま、箱の姿となって戻ってくる。


「……どういう原理?」

《アタシちゃんという人格だけを機鎧箱ボクシール化して見ました☆》


 なんでもありなのかしら、この子……。


《あ、あとマスターこれをどうぞ》

「え?」


 パカっと頭が開くような動きのあと、そこから私のトランクが飛び出してきた。

 私は慌ててそれを抱き止める。


 明らかにサイズが違うはずのカバンが、どうしてそこから出てくるのかしら?


 そんな疑問を口にするよりも先に、ニーギエス殿下が訊ねてくる。


「イェーナ。それは?」

「ええっと……」

《ちゃんマスの唯一の荷物らしいぜ?》


 答えあぐねていると、さらっとカグヤ答えてしまう。

 それに対して、殿下もアギトロスもラシカも、いぶかしげに私を見てくる。


 いくら売られてきたとはいえ、持ち物がこれだけというのは不審がられるものね……。

 どうしたものか――と思っていると、カグヤがあっさりと口にする。


《護身用の武器はなし。最低限の服飾品と、一部の私物以外はほとんど入ってなかったんだよね、そのトランク。

 指輪とかネックレスみたいな装飾品はなかったし、お財布にもあんまりお金なし。宝石類や魔獣素材のようなお金目のモノもない》

「カ、カグヤ……中を見たの……?」

《モチのロンよ! 話を聞く限り、そのトランクに何か仕掛けがある可能性もあったしね》

「……え?」


 どこか怒ったような様子で、カグヤが続ける。

 表情を表すモニタにも映る絵も、怒っているようなモノになっている。


《ちゃんマスの話を聞く限り、着の身着のまま国を追い出されたような状況。しかも、ご丁寧にそのトランクと馬車を用意してあった。

 馬車に何も仕掛けがなかったなら、トランクにあるんじゃないかなって思ったけど、特になかったから安心してね?》

「…………」


 トランクに仕掛け……。

 言われてみれば可能性はあった。それに思い至らないくらいには参ってたのかもしれないけど……。


「イェーナ」

「は、はい……!」


 ニーギエス殿下が真面目な声色で声を掛けてくる。


「道中で、表面上には聞いていた。だが決定的なところを君はボカしていたな?」

「えーっと……」

「今この場で、話せるコトを全部話してもらおうか?」

「それは……その……」


 どうしよう……。


 助けを求めるようにカグヤに視線を向けると、カグヤはその表情を示すモニタに、口笛を吹いているような絵が表示された。


「カグヤ……」


 あ、これは助けてくれない。

 それどころか、カグヤはむしろニーギエス殿下たちの味方ようだ。


《ぶっちゃけさ マスターは抱え込んでる気はないかもだけど、傍目から見るとそうじゃないんだよね。

 なので、アタシちゃんとしては理解者を増やしとけって感じかなぁ? 変に隠しすぎるよりゲロっとけばいいんだって》


 うそぶくようにそう言ってから、カグヤはモニタの絵を目だけにして、私を真っ直ぐに見る。


《イェーナちゃんが黙ってるコトで、他人と変にすれ違ったり拗れたりするのも面倒だしさ。

 ここにいるメンツくらいには共有しておいた方が、絶対にあとあとラクだぜ?》


 カグヤにしては珍しく、かなり真面目な口調でそう告げる。

 周囲を見回せば、殿下もアギトロスもラシカも、カグヤの言葉に同意するような表情だ。



「…………」


 しばらく悩んだけれど、私は降参するように両手をあげてカグヤにうなずく。


「それじゃあ、カグヤには一度話したコトですけど、少し――話をしますね……」


 そうして私は、両親がアラトゥーニの門を潜ったところから始まった守護騎士生活を、語り始めた。


 合間合間で、四人からされる質問に答えながら――


「イェーナ。ところどころに詳細な妹情報が入るが、重要か?」

「とても重要です。むしろ、妹が私の支えでしたので。今も心の支えかもしれません」


 それは間違いない。

 可能ならば、クシャーエナと連絡が取りたいのだけれど。


「イェーナ様は妹君を大事にされておられたのですね」

「どうでしょう。私が大事にされていた――が正しいかもしれませんね。

 だからというワケではありませんけど、戦う理由も、生きて帰る理由も、がんばってこれた理由も全部妹なんですよ」


 アギトロスの言葉に、私は力強くうなずく。


《今までのイーちゃんの中でもっとも力強さを感じる……! こいつぁマジですよ……ッ!》

「なので妹が気がかりなのは間違いありません。いずれは妹と会いたいのですけれど……」

「そうだな。再会させてやりたいが、シュームライン王国の最近の様子はあまり良く無さそうだからな……」


 ……うーん。

 私が追放されてから、何か良くない方向に動いているみたい?

 いや、そもそも追放された時点で祖国にいるクシャーエナとコンタクトをとるのはかなり厳しいというのは理解している。


「はい。難しいのは承知の上なのですが……せめて、私の無事くらいは伝えられたらと思うのですが……」

「その方法は考えておこう。妹以外に、気がかりなどは何かないのか?」


 妹以外の気がかり……。

 ああ、それならばもう一つ。


「気がかりといえば、陛下でしょうか。病床に倒れてから時折、話し相手に呼ばれた際などに、治癒の魔術を掛けておりましたので」

「おや? 国王陛下には専属の医術師や薬師などはいらっしゃらなかったので?」

「いたのですけど、一向に良くならず。私が使う治癒術をうけた時、気休め程度に身体がラクになると仰っていて。

 なので、話し相手として呼ばれた際に治癒の魔術を掛けるのが当たり前になっていたのですよね」


 アギトロスとそんなやりとりをしていると、なにやらカグヤとニーギエス殿下が難しい顔と声でやりとりしてるしているのが聞こえてくる。


《……あのさぁ、ちゃんニギ殿下ァ……》

「言うなカグヤ……きっと同じコトを考えたとは思うが」


 その内容は、ちゃんと聞き取れずよく分からなかった。



 ――こんな感じで、色々と聞かれては色々と語ったりして、なんだかとても疲れる時間でした。

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