第15話 パーティと新居と従者
隅っこで壁の染みに擬態して、お酒と食事だけ楽しみたい――
そんな私の願いは叶うことなく。
入れ替わり立ち替わり、この国の貴族の方たちが挨拶にやってくる。
その都度、錆び付いた愛想笑いに油を差すような気持ちで笑顔を浮かべて挨拶をする。
本来、その油というのはお酒や食事のことなのだけど、それらを口にする余裕がないくらい人がやってくるのだけれど。
なので私はひたすらに挨拶をするだけの機械になるよう自分に言い聞かせて、それを乗り越えていった。
(ニーギエス殿下、お願いします……助けてください。私を解放してください……)
思わず殿下へと心の中で懇願しながらも、挨拶を続けていると、ようやく波が引いてきた。
ずっと手にしたまま口に出来なかったグラスを傾けて喉を湿す。
何とも言えないぬるさになっていたけれど、とても美味しいお酒だった。
「お疲れ様」
「ニーギエス殿下……」
我ながら非難がましい視線を向けてしまう。
「すまない。本当はもっと早く助け船を出すつもりだったんだけど、こちらも色々と捕まってしまったんだ」
そう口にする殿下もだいぶ疲弊しているようだ。
そんな姿を見ると、私としても何も言えなくなってしまう。
「とはいえ、みんな悪意があるワケではないんだ。
基本的にこの国の人間は、貴族も平民も穏やかで人懐っこい気質を持っているからね」
ニーギエス殿下はどこか誇らしげに口にする。
きっと、そんな気質を持つこの国の住民たちが大好きなのだろう。
それに、言われてみると確かに悪感情を向けられた感じはなかった。
ゼロではなかったけれど、シュームライン王国にいた頃と比べれば可愛いものだ。
「我々も挨拶の嵐から解放されているはずだ。
多少、間の悪い者がやってくるかもしれないが、ここからは自由に飲み食いできるはずだよ」
「それは助かります。これだけのお酒とお料理を用意してもらって、口に出来ないのは勿体ないですから」
「食事やお酒は好きなのかい?」
「はい。妹の次に大事な、私の心の寄りどころでした」
あれ? 殿下がなんとも言えない顔になってる?
それどころか腰元のカグヤも、口には出してないけど似たような様子な気が……。
「そういうコトなら存分に楽しんでくれ。
ただ、このパーティを終えたあとで、もう一組紹介したい者がいるので、酔い潰れないで欲しいな」
「大丈夫です。生まれてこの方、お酒を飲んだ時、多少の高揚はあれど酔えたコトはありませんから」
なんなら飲酒が禁止されている年齢の頃から、周囲から進められて無理矢理呑まされてたし。
ただ、自分でも思っていた以上にお酒には強かったようで、特に問題は起きていない。
まぁ飲酒年齢云々で揚げ足をとったかのように喧嘩を売ってくる人がいなかったワケでもないのだけれど。
その場合は、なら拒絶の意思を見せた未成年に無理矢理お酒をすすめた人をどうして注意したり叱ったりしないんですか? というと退散していった。
本当になんで注意してくれないのか分からない。
ともあれ、そうやって飲まされても基本的には酔うことはなかった。
最初こそは多少のほろ酔いにはなっていたけど、飲み続けるにつれ、それもなくなっていったのよね。
何より――
「そういう体質かい?」
「それもありますけど、酔っ払うなんて隙を見せたら何をされるか分かりませんでしたので」
――ある時、これに気づいて、絶対に酔うまいと誓ったワケで。
「…………」
何故か殿下が固まった。
腰元のカグヤも固まってる気がする。
……私、何かおかしなことを言っただろうか。
ともあれ、ニーギエス殿下の言う通り、あれ以降は挨拶もまばらとなったので、だいぶお酒と食事を楽しめた。
好奇を含む妙な視線はあれど、悪意や敵意のある視線少なく、多少気の抜いて美味しいものを口にできるという環境はとてもありがたい。
やがて、私の紹介を目的としたパーティはお開きとなった。
私は再びニーギエス殿下と馬車に乗り、どこかへと連れていかれるようだ。
「今度はどちらへ?」
「この国でのキミの住居だ。重要だろう?」
「はい。それは確かに」
殿下の言うとおりだ。
もっとも、買われた立場故に、野宿のような生活を強いられても仕方ないと思っていたところがあるのだけれど。
これを言うと、殿下とカグヤがまた変な顔をしそうなので黙っておこう。
私だってそういうことも学習するんだから。
そうして、馬車が城からほど近い場所にあるお屋敷に到着した。
「ここだ」
「え?」
馬車から顔を出し、殿下が示す方を見て私は驚く。
それは、実家――すでに元実家と呼ぶべきかもしれない――と同じくらいの規模の敷地を持つ、庭付きの邸宅だった。
「よろしいのですか?」
「すでに持ち主の居ない家だ。多少古くさいが君が来る前に掃除をさせていたので、中も綺麗だと思うぞ。巨鎧兵騎がメンテナンスできる格納庫もあるしな」
「いえ、そういう意味では……」
私が戸惑っていると、殿下は私の腰元へと声を掛ける。
「カグヤそろそろ動いていいぞ。
ここの屋敷の使用人たちくらいには、挨拶しておいた方がいいだろうしな」
《やったー! 開・放・感☆サイコー!!》
言われるなり、カグヤは私の腰元から自分で外れて飛び上がる。
そしてうるさい。
《ニーちゃん殿下があたしちゃんに求めるのは、翻訳係ってコトだろうけどネ☆》
「ははは。さすがよく分かってる」
「翻訳?」
おかしな会話が繰り広げられている気がする。
けど、首を傾げる私に、二人は何の説明もしてくれない。
馬車が庭を進んでいく。
「お庭に大きな池があるんですね
「ああ。なかなか風情のある池だな」
円形の綺麗な池だ。
元々の持ち主が大切にしていたのだろうか、随分と周囲も水は綺麗な状態が保たれている。
ただ、魚やカエルのような生き物などを飼っていたワケではなさそうなのが不思議。
あと、池の向こうに見える大きな扉のついた、あまり大きくない建物が見える。
サイズ的には巨鎧兵騎用に見えるけど、建物そのものは一機入るか入らないか程度の大きさだ。
……巨鎧兵騎用の兵装置き場とか、かな?
《んんー?》
「どうしたのカグヤ?」
《いやちょっと……あの池に、あたしのロマンスセンサーがにわかに反応している気がしただけ》
「ロマンスセンサー?」
《意味や価値はともかく何らかのロマンが詰まった何かに反応する気がするセンサーだぜ!》
「内容も意味も性能もずいぶんと曖昧なのね……」
私が何とも言えない顔をしていると、逆に殿下は何かに気づいたようにうなずいた。
「使い勝手二の次のロマン武器とかロマン機能に反応するセンサーかな?」
《ニーちゃん殿下せいか~い! いつか使ってみたいよね!》
「うむ。使う際には是非とも特等席で見たいものだ……」
「どうして二人がそれで盛り上がれるか分からないのだけれど」
なんだか仲間はずれにされている気持ちのまま、馬車はお屋敷の玄関の前に到着する。
私たちが馬車を降りると、馬車の御者が扉を開けてくれた。
「ようこそご主人様」
「お帰りをお待ちしておりました」
そこには、侍女らしき女性と、執事らしき年配の男性が待っていた。
ウサギの
女性にはウサギの耳が。
男性は耳の辺りに魚人の共通の特徴であるヒレのようなものがある。
ただ、魚人は獣人と違って分かりやすい特徴が少ないので、何の魚人かまでは分からないけれど。
なんであれ、シュームライン王国だと、彼らへの差別が強いのもあって見かけなかったから珍しく感じる。
「イェーナ。紹介しよう。
君の専属侍女兼メイドのラシカ・イナバール。
同じく君専属の家令兼執事のアギトロス・ハイランドだ。
どちらも貴女の護衛を兼ねているので、戦闘力が高く、巨鎧兵騎も扱える」
二人を紹介したあとで、殿下は私を二人に示す。
「そしてこちらが二人の主人となるイェーナ・キーシップだ。良く仕えるように」
「はい。お任せください」
「誠心誠意仕えさせていただく所存です」
とても丁寧な仕草で頭を下げる二人。
私には勿体ないくらい出来る人たちっぽいのだけど、いいのかな。
「それともう一人。
世にも珍しい、喋って動く
《どもども~! カグヤで~す! ラシカちゃんとアギ爺! しくよろ~!》
「ほ、本当に
「なんと……このようなコトが……」
「驚くのも無理ないと思うが受け入れてくれ。
カグヤもまた自身の主をイェーナと定めている。ある意味でキミたちの仕事仲間となるワケだしな」
《正直、マスターは育ってきた環境とこれまでの生活環境の問題で、変なとこ常識に疎かったりするんで、おかしなコトを言い始めた時は通訳するZE☆》
「さっき殿下としてた通訳って話題、そういうコトなのッ!?」
ちょこまか飛び回りながら、機嫌の良い口調でなにいってるのかしらカグヤは!
思わずツッコミを入れた上で、ふと思う。
私は恐る恐る殿下に訊ねる。
「殿下……私って何かズレてます?」
「あー……」
言いあぐねて視線を逸らす時点で、答えているようなもの。
なるほど。
でもまぁ、殿下とカグヤの危惧は理解しました。理解できたと思う。たぶん。
「ラシカ、アギトロス。今日からよろしくお願いしますね。
それと――殿下とカグヤの言うとおり、私は無自覚に変なコトを言ったりしてしまうようです。
気になったり、おかしなコトがあったりした場合――その都度、質問したり指摘したりして頂けると助かります」
「かしこまりました。こちらこそよろしくお願いします」
――と揃って頭を下げる二人に、私はちゃんと主人として振る舞えるだろうか……なんて不安を覚えるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます