【閑話】

第13話 斜陽と黄昏の王国(妹side)


【Side : クシャーエナ】


 わたしことクシャーエナ・キーシップが気づいた時には、イェーナお姉様の姿形も、気配も、それどころかこの国にいたという痕跡すらも、大半が消えてしまった後だった。


 お姉様の愛機にして、キーシップ家に代々受け継がれてきた双子の古きアルト・巨鎧兵騎リーゼ・ルストンであるサクラリッジ姉妹シスターズ


 その姉機であるキャリバーンがよく分からない理由で、王家に接収された。それに文句を言うことなく、喜んで差し出す両親が、よく分からない。

 キーシップの名を名乗り、現キーシップ家の当主でありながら、伝統も、国を守る守護騎士としての使命すらも無視した行いだ。


 どうすればいいのか――そう悩んでいる内に、わたしの愛機でもあるサクラリッジの妹機リヴォルバーも、接収されてしまった。


 そして、そのタイミングでヨーシュミール殿下に呼び出された。

 ちょうど良いから、理由とか諸々を聞き出そう。


 そう思って、殿下の執務室へと顔を出すと、彼は急に花束をわたしに差し出してきた。


「…………これは?」


 理解が追いつかないまま、精一杯の言葉を絞り出すと、殿下はとても楽しそうに告げる。


「サプライズプレゼントというやつだ。

 クシャーエナ。此度、キミと婚約するコトことになったのでな」

「…………」


 今度は、さすがに言葉が出なかった。

 先日までお姉様の婚約者であったはずのヨーシュミール殿下が、わたしの婚約者?


「……お姉様はどうされたのですか?」


 乾きかけの布を強く絞り上げて、なんとか水滴を落とすかのように――わたしはその質問をなんとか零した。


 それを彼がどう思ったのかは分からない。

 けれど、どこか楽しそうな様子で口にする。


「急にいなくなってしまったからな。あちらを破棄する代わりにキミと婚約するコトになったのだよ。無論、キミの両親も承知している」

「いなくなった?」

「ああ。実際、消え失せてしまっただろう?

 まったく何が誇り高い守護騎士なんだか。突然、姿を眩ませるコトのどこに責任があるというのだろうな?」


 その顔の良さが帳消しになるような、気持ちの悪いねっとりとした流し目をしてくるヨーシュミール殿下。

 きっと、普段のわたしならば鳥肌くらいは立てていたかもしれない。


 だが、今のわたしはそれどころではない。

 わたしの胸の裡に、ドス黒いと表現しても良いような怒りが渦巻きだしている。


「ひとつ、確認したいのですが」

「なんだい?」

「どうしてお姉様が姿を眩ましたのか――考えたコトはございますか?」


 殿下は――いや、このクソ野郎は、許しがたい暴言を吐いた。


「知らんな? 無駄にプライドが高く、全てのコトを一人でやってのけ、こちらに頼るコトもしない可愛げのカケラもない女だ。姿を眩ます理由なんぞ、知ったコトではないな」


 ……ああ、コイツ本気だ。本当に、心の底から、マジでそう思ってる顔と声だ。


 敵だ。間違いなく。わたしにとって、大事なお姉様にとって、完全なる害悪。

 薄々とそうじゃないかと思っていた。だけど、確証がなかった。


 でも、ここで確証が湧いた。実感した。理解した。


 ――このクソ野郎が、お姉様を追い詰めていた、元凶。その一つ。


「お姉様はどこへ行ってしまわれたんでしょうね?」

「さぁな。ハイセニア辺りかもしれんな」

「そうですか」


 どうしてここでハイセニア王国の名前が出た?

 何となくか? いや、違う。恐らくは、何らかの理由でお姉様をハイセニアへと追いやったんだろう。


「ところで話が変わって恐縮ですが」

「構わん。興味のない女の話よりも、別の話題の方が有意義だしな?」


 死ね。

 シンプルに死ね。

 お姉様を蔑ろにし、追い詰めておきながら、興味のない女とかほざくな。


 でも、この感情は表に出してはダメだ。

 このクソ野郎にも、両親にも、絶対に気づかれないように、この殺意は隠し通せ。


 貴族として教育されてきた全てを使って、この怒りと殺意と憤怒を隠し続けろ。


「サクラリッジ・シスターズを接収したのはどうしてですか?」

「キャリバーンに関しては乗り手がいなくなったのだ。せっかくだから解体して、研究に使った方が有意義だろう? サクラリッジ・シスターズでしか厄災獣に有効な攻撃が通らないというのも、どうかと思っていたところだしな」


 ……一応、その部分は理解しないでもない。

 しかし、乗り手がいなくなった時点で、過去よりキーシップ家に受け継がれてきた機体を感慨なく壊そうとする精神はどうなんだ?


 そもそも乗り手がいなくなっても、機体が新しい乗り手を探そうとするはずだ。あれは、そういう機体なのだから。


 それすらしないということは、このクソ野郎にとって、この国を守り続けたキーシップ家はどうでも良いということなのだろう。


「では、リヴォルバーは? 乗り手のわたしはまだ健在ですが」

「少し改良してやろうと思ってな。せっかくキャリバーンを解体するんだから、リヴォルバー強化に使うのも悪くはないだろう?」

「今代の乗り手である、わたしの意見を、聞かずに、ですか?」

「キミの両親が許可を出したのだ。問題なかろう」

「…………」


 問題しかないんだけど。

 そういう視点をコイツも両親も持ってないんだろう。


 ……コイツも両親も――キーシップという血筋も、チカラも、伝統も、誇りも、キーシップ家にまつわる全てはどうでもよいのだとしたら、わたしは、コイツにとっての何なんだ?


「どうしてわたしと婚約を?」

「今日のキミは聞いてばかりだな……だが問題はない。今の俺は機嫌がいいからな。

 そして質問の答えだが――俺がキミを欲しかった。

 あのような巨鎧兵騎よりも詰まらない面白みのない女よりも、キミが良かった。それだけだ。

 まぁあの男ウケするような身体を堪能する前にいなくなってしまったのは、勿体なく思うがな」


 ようするに、わたしはただコイツにとっては横にいて欲しいだけの置物。あるいはアクセサリってことか。


 ああ、分かった。よく分かった。

 やっぱ殺そうコイツ。絶対に殺す。殺さないとダメだ。

 だけど、でも、それは、今じゃあない。


「そう思うと勿体なかったな。いっそ、大きなミスでもしてくれれば、その責任として裸にでもして、貧民街にでも投げ捨ててやったモノを。

 そのまま慰み者にでもなって泣き叫んでくれれば、あんな女に煩わされた俺の溜飲も下がるというモノよ。

 ついでに、貴族の女に手を出したという理由で、汚らわしい愚民の集まる貧民街を焼き払う理由にも出来たのにな」


 ……我慢しろ。我慢しろ自分。

 いつか殺すにしろ、今殺すのはまずい。


 殺意を殺せ。このドス黒い感情を抑え込め。


 笑え。貴族らしく。

 優雅に振る舞え。貴族らしく。

 本心を悟らせるな。貴族らしく。

 本音を隠せ。貴族らしく。


 そう。わたしは貴族だ。

 お姉様から、もっとも貴族らしく振る舞えるように、いっぱい教えてもらった貴族だ。


 お姉様から教えて貰ったこと。

 敬意を持てる他家の貴族の皆様から教えて貰ったこと。

 家庭教師など尊敬できる先人たちから教えてもらったこと。


 その全てを生かせッ!

 貴族として生きる為に教え込まれたその全てを、この殺意と怒りを確実に燃やせるように費やせッッ!!

 両親よりもちゃんと出来ていると、他の家の人たちから褒めて貰えた自分の振る舞いを思い出せッッッ!!!


「さて、質問はもういいかい? 改めてこの花を受け取り、俺の婚約者となってほしい」


 ふざけんなカス。死ね。


「……わかりました。そのお話お受け致します」

「違うぞクシャーエナ。行っただろう。キミが受ける受けないではない、決定事項だ」

「失礼しました。改めて、わたし自身の意志で承諾した意味をもって、その花を受け取らせて頂きますね」

「ああ、そうしてくれ」


 気持ち悪い。今すぐ投げ捨てたい。だけど我慢だ。


「今日は下がっていいぞ」

「はい。では失礼します」


 花束を持って、執務室を出る。

 来るときは気にならなかった周囲の声が耳に届く。


 それが本当にわたしの耳に届いている言葉なのかどうかはわからない。

 もしかしたら幻聴なのかもしれない。だけど、この声の正体なんてどうでも良い。


 ――ようやくあの女がいなくなりましたな。

 ――完璧主義がいきすぎて邪魔でしたからな。

 ――予算をどれだけ削っても一人でがんばり切るなんて異常でしたよ。

 ――いやあハイセニアに売れてよかった。

 ――しかし姪とはいえ正当な次期当主を売るとはあの両親もクズですなぁ

 ――何も知らない妹君は完璧主義でないことを祈りますよ


 ……売られた?

 そう聞こえたのが幻聴でなければ、それを嬉々として話している連中が許せない。


 そういえば――町の人たちも、お姉様が一人でがんばってるのに、石を投げるようなことばかりしてたな……。


 ……ああ、ダメだなこの国。

 あの王子を殺し、両親を殺し、最後には滅ぼすべきかもしれない。


 だけど、そのためには我慢が必要だ。

 あと、お姉様が今、どういう状態にいるかの確認もしたい。


 その内容次第では――わたしはかつてこの世界に魔獣と巨魔獣を解き放ったという魔王に、魂を売ってしまうことだろう。


 あるいはいっそ、魔王に魂を買ってもらいたいほどだ。


 例え、この身が勇者に滅ばされることになったしても、この国へ、クソ王子へと復讐する。


 でもその前に、まずはお姉様の無事を確認しないと。

 どこにいて、何をやっているのか。


 ハイセニアで不遇な扱いをされていないか。

 ハイセニアは大好きなお姉様を穢すようなマネをしていないか。


 なんとかしてお姉様の居場所を見つけて、なんとかしてお姉様の現状を知ることはできないだろうか――


 そんなことを考えながら歩くわたしは、自分自身に起きている変化にまったく気づいていなかった。


 普段なら綺麗な桜色をしているわたしの魔力の色。

 それに、僅かながら厄災獣デザストルたちの纏うモノと同じ――仄暗ほのぐら黄昏たそがれ色の魔力が混ざり始めていたことを。



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