第12話 謝罪と、命名と


 フェンデレオンの毛皮や角は素材として需要があるらしい。

 知っていれば、ファイア・マウス・ヴェールで毛皮を刈り取るのも最小限にしたんだけど……。


 ともあれ、戦闘終了したのは間違いないので、解体は慣れてる人たちに任せて下がる。


 護衛の途中の戦闘だから素材は無視してもいい――というのがある一方で、これだけ大きな死体を放置してても良いことはない……というのもある。


 なので、殿下の許可の元、解体して適切な保存処置を施した上で、近くの町のハンターギルドに売ることにするそうだ。


 王都まで持ち帰るには少し荷物になるからだろう。


 ちなみに私が一人で巨魔獣とやりあっていた時は、放置してても邪魔なので、炎系の術で炭にしていた。


 余力があった時は持ち帰っていたけど、持って帰ろうが持って帰るまいが怒られるから、途中からどうでも良くなっていたのだけれど。


 あんだけ群れていたのにそれしか持って帰ってこないのか――とか、多方面から怒られた時は、じゃあ誰か取りに来い。戦闘は無理でも素材回収くらいは手伝えるだろ。一人で全部解体して持ち帰るとか無理に決まってると逆に怒り返したことはある。


 だけど、みんなそれが気に食わなかったのか、結局は『素材を剥がせず殺すしか脳のない無能』なんてレッテルが貼られたっけ……。


 それ以来、レッテルをありがたく受け入れて、必要な時以外の大半は燃やしたり消滅させたりと、処分させてもらったけれど。


 あの頃はまだ心や感情を殺し切れてなかったな。


 ……などと、フェンデレオンの雷毛種を解体する様子を見ているうちに、想い出が色々と蘇ってきて憂鬱な気持ちになってきた。


 そんな私の気分を吹き飛ばすように、箱形ボクシーズ姿のカグヤが明るい声で話しかけてくる。


《ちゃんマス~! 最後の技すっごかったねー! なんか名前ある?》

「特には。魔力強化を施した突きから、周辺環境の影響を受けないようにしたマジックブラストの強化版を螺旋状に発射しているだけなんだけど」


 普通の剣を使ってはいたけれど、キャリバーンでも似たような技は使っていた。

 今回使ったのは、それをグロセベア用に、思いつきで改良したモノだ。


 カグヤに返答している時、ふと私は戦闘中に考えていたことを思い出した。


「そうだ。よかったらカグヤが名付けてくれる?」

《いいの? それなら名付けた上で、モーションパターンの一つとして登録しておこーっと☆》


 どんなのが良いかな~とふよふよ漂いながらぶつぶつ言っている姿は愛らしい。


 う~ん……と悩み顔で漂っているカグヤを眺めていると、ニーギエス殿下が声を掛けてきた。


「イェーナ」

「どうかされました?」

「お礼を言いに。我が騎士たちを守って頂きありがとう」

「いえ。そんな……無駄に散ってしまうのを見たくなかっただけですから」

「それでもだ。騎士や巨鎧騎兵を失わずにすんだのは貴女のおかげだ」

「はぁ……」


 どうにも、お礼を言われるのに慣れない。

 お礼なんて、妹以外から言われた記憶が全然ないから。


「そして改めて分かった。我がハイセニア王国は王都に近いほど巨魔獣の出現率が低い。

 だからこそ、我が国では対巨魔獣に対する知識も、巨鎧騎兵の運用もあまり上手くないと」


 真剣な表情で、ニーギエス殿下が告げる。


「やはりイェーナは我が国に必要な人材だ。

 まだ王家からの正式な依頼ではないが、是非とも指導と技術向上への貢献をお願いしたい」

「……それを望まれて買われたのですから当然です。

 私は、その金額に見合った働きをしなければならないのですから」


 どう返して良いのか分からず、そんな言葉が口から出る。

 ニーギエス殿下は悪い人ではないけれど、私は買われた人間であることに変わりはない。


 なのに、ニーギエス殿下は酷く苦しそうな、申し訳なさそうな顔をし、頭を下げた。


「すまない……藁にも縋る気持ちがあったとはいえ、キミという人間の尊厳を傷つけるような扱いをした自覚はある。貴女という人間の尊厳を傷つけた共犯者と言われればそうだろう」


 ……!

 王族の方が頭を下げるなんて……!


 私が驚いている間に、ニーギエス殿下は顔を上げた。


「そのコトは後日、父と兄からも謝罪があると思う」


 それでも――と、ニーギエス殿下は続ける。


「先にも言ったコトだが……。

 守護騎士イェーナ殿。我々は貴女を無碍に扱うつもりはない。一人の人間として貴女を歓迎したいんだ。

 都合が良いと思われるのは間違いないが、それでも――是非とも貴女にはこの国を好いて頂き、その上で、チカラを貸して頂ければと思う」

「…………」


 どういう顔をすればいいんだろう。

 確かに私は売られたかもしれないけれど、祖国にいるよりもよっぽど人間として扱ってもらえそうな感じにどうにも戸惑ってしまう。


「えーっと……」


 ニーギエス殿下に声を掛けた方がいいのは分かってるんだけど、何も言葉が出てこない。


 私がうまく言葉を返せないことをどう思っているのか――何となく、怒っていると勘違いされているような気もするけど――ニーギエス殿下は、何も言ってこない。


 私たちの間になとも言えない空気が流れ出す。

 どうしよう――なんて思っていると、カグヤが場違いに明るい声を上げた。


《決まったぜイーちゃん!

 ……って、二人ともなんか神妙な顔をしてない?》


 良いタイミングなのかなんなのか。


 ニーギエス殿下との間にあった空気が霧散していく。


「すみません殿下……その、ちゃんと褒めてくれたり一人の人間として扱われるのも久しぶりなもので……反応に困ってしまって」

「え?」


 殿下が何を言ってるんだ……という様子で目をしばたたく。


《マスターってさぁ、実は話に聞いていた以上にやっべぇ生活送ってたんじゃない?》

「?」


 カグヤまでそんなことを言ったきたのだけれど、私はよく分からずに首を傾げる。


《ニギちゃん殿下。これ、あとで徹底的に聞き出すべきだと愚考しまーす!》

「同感だ。買っておいていうのもなんだが、そもそもシュームライン王国が自国に貢献してきた守護騎士の片割れを売るという行為に至った経緯が気になってきた」


 あれ? カグヤもニーギエス殿下も、何か怒ってる?

 二人のやりとりの意味がよく分からずにいると、話題を変えたいのかニーギエス殿下がカグヤに訊ねる。


「そういえばカグヤ。何が決まったんだ?」

《そうそう。ちゃんマスに名付けを頼まれていた必殺技の名前がキマったんだよねー☆》


 どうやら、ニーギエス殿下と話をしているうちに、カグヤが名前を付けてくれたようだ。


《まずあの強化版マジックブラスト。螺旋状に放たれるからスパイラルブラスト!

 それからあの容赦ない二段突き! 双絶刃ソウゼツジンッ!》

「魔術だけじゃなくてただの二段突きにも名前付けたのね」

《あれは魔力を込めて威力強化してる上に、二段目は抜けづらくなる魔力補強されてる時点でただの二段突きじゃないんだけどなー》

「一段目でダメージを与え、二段目で動きを止める突きってだけのつもりだったんだけど」

「そもそもあの初段と二段目の僅かな時間に、強化術式を切り替えられているコトがすごいんだからな?」

「そうなんですか?」


 殿下の補足に首を傾げる。

 生き延びるのに必死で編み出した技なので、よく分からない。


《そしてスパイラルブラストと、双絶刃を組み合わせたコンビネーション!

 モーションパターン、スパイラルブラストアーツ

 名付けて、絶双ゼッソウ螺旋刃ラセンジンッ! カッコよくね?》

「じゃあそれで」

《反応薄ッ!?》

「何故か心がうずくネーミングだ。カグヤには是非とも今後オレの使う武器や技にも名付けをして欲しい」

《おっけー!》


 名付けで妙な盛り上がりを見せている。

 よく分からないけど、二人が楽しそうだから、いいかな。


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