第11話 vs フェンデレオン<雷毛種>


 グロセベアの蹴りが雷毛らいもう種を捉える。

 ただ毛量が多くて長い毛が、衝撃を散らしたような感じがする。


 それでも、私たちが放った蹴りはそれなりの成果はあった。

 不意打ちを避けられなかった雷毛種を大きく弾く程度には。


巨鎧兵騎リーゼ・ルストンで蹴りを……!?」

「あの機体は武器無しの白兵戦ができるのか……!?」


 驚くのも無理はない。

 巨鎧兵騎の手指や足先は、結構繊細に出来ているから。

 だからこそ、現行機でこれをやるのは難しい。


 まぁ、それはともかくとして――


「下がって立て直してください。今のあなた方ではじり貧で敗北します。

 殿下の守りを優先し、守勢メインの立ち回りをお願いします」

《ぶっちゃけちまうと邪魔なのさ~! 見てらんなくて乱入しちゃうくらいにはね☆》


 私は丁寧に言ったのに、カグヤが容赦なくそう口にする。


「で、ですが……! 雷毛種との戦いには我々の方が……!」

《そりゃあ、あのにゃんことの戦いだけならそうかもだけどさー……》


 体勢を立て直した雷毛種が、グロセベアを睨む。同時にバチバチと、周囲にスパークが発生し始めた。恐らくは怒っているのだろう。


《うちのマスターはさ、あのにゃんこ以外との巨魔獣ジガンベ戦なら百戦錬磨なんだぜ? 経験値とレベルは、キミたちより頭一つ以上は飛び抜けてるワケさ》


 彼らからすれば私はポッと出。

 不要品として国を追い出された女という認識も、どこかにあるのかもしれない。


 けれど、カグヤの言う通り。

 私は彼らよりも、巨魔獣との戦いに慣れている。


 初めて遭遇する巨魔獣と手探りしながら退治するのも初めてではないのだ。


 巨鎧兵騎ごしでも騎士たちの悔しさや歯がゆさが伝わってくる。

 けれど、間違えてはいけない。彼らがするべき仕事は、ただ巨魔獣と戦うだけではないのだ。


 私は、グロセベアを操りその右手の甲からブレードを伸ばす。


「あなた方の仕事はなんですか? 巨魔獣と戦い、無駄にその命と巨鎧兵騎を散らすコトですか? あなた方は何を守る為に、騎士になられたのですか?」

《本分を見失うなよー、ナイトさんたち! 魔獣退治は仕事の一環であって、それだけが仕事じゃないんだろー?》


 ガントレットブレードを構えて、雷毛種を睨み返す。

 グロセベア越しでは、私の睨みが届いてはいないだろうけれど。


 雷毛種が前足にチカラを込めるのが見えた。

 これ以上は、お喋りする余裕はなさそうだ。


「来ますッ! カグヤ!」

《らじゃってるッ!》


 直後、雷毛種はその場で空を見上げて咆哮ほうこうをあげた。

 直後に、その身体から電撃が撒き散らされる。


 雷毛種の体毛からやや上空へと放たれた電撃が、弧を描きながら地面に落とされる。

 不規則に飛び交う電撃の合間を縫うように、私はグロセベアを走らせた。


「もうちょっと間隔を狭めて撃つべきね」

《電撃にも穴があるんだぜッ、ガバガバななァ!》


 カグヤが何を言っているのか分からないけれど、とにかく私たちは電撃をかわしながら雷毛種に肉迫する。

 右手のブレードを構えて、左下から右上へと切り上げた――


「……浅い?」

《思ったよりも毛深かいにゃんこだったかー!》


 ――カグヤの言う通りだ。想定以上に手応えが浅い。


 見た目以上に毛が長くて深かった為に、刃の切っ先くらいしか身体に届かなかったらしい。

「ジャアアアア――……ッ!」


 掠った程度とは言え痛かったのだろう。

 雷毛種は怒ったようなうなり声を上げると、右の前足を振り上げる。


 可愛らしい肉球を中心に、飛び出た凶悪な爪が雷を纏う。


「悪いけど、当たってはあげられない」


 グロセベアの身を翻させつつ、後方へと一気に下がる。

 雷毛種の手が地面を叩くと、小さな雷が四方を弾けた。


 そのカケラの一つがグロセベアを掠る。

 バチンという音とともに、機体が軽く揺れた。


「カグヤ?」

《だいじょーぶいッ! 掠っただけだよッ! 損傷ほぼ無しッ、運用に支障ゼロッ!》

「それなら安心」


 とはいえ、厄介な魔獣だな――とは思う。


「カグヤ。ガントレットブレードとムーンフラッシャー以外の武装解析は?」

《ええっとねぇ……あ、あるある! これも名称よくわかんなくなってるけど……手首の袖みたいな飾りが展開するみたい》

「展開してどうなるの?」

《……さぁ? なんとか起動は出来そうなんだけど、どういう武装かまでが分からなくて……》


 困ったようなカグヤの声に、私は小さくうなずいた。


「使えないならすぐに仕舞えばいいから、とりあえず展開してみましょう」

《マスターちゃんのそういうところ大好き~☆》


 嬉しそうな声を上げて、カグヤがシステムを起動した。

 私に絡みつくケーブルを通して、グロセベアの手首にある飾り袖のようなモノに魔力が流れていくのが分かる。


《飾り袖――展開ッ!》


 両手の飾り袖が少し長くなる。それから縦半分に別れると、片方を手首のところに置いたまま、もう片方は二の腕の中程までスライドしていく。


 その内側からは、鳥の羽を無数に束ねたような袖下が展開する。

 その羽根の一枚一枚が、金属製で鋭い刃のようにもなってるみたいだけど……。


《高い対魔力コーティングされた金属羽根の袖……?

 魔力を流せば、硬度が増すし、これ自体で攻撃も出来そうだけど……使い道あるのこれ?》

「あると思うわ」


 右手のガントレットブレードを収納し、長く伸びた袖下でグロセベア自身を傷つけないように構えた。


《どうするの?》

「せっかく優雅な袖だもの、優雅に舞えばいいのよ」

《結局白兵戦かぁ……》

「そういう武装ばっかりの機体なんでしょう?」

《軽装なのに白兵戦装備ばっかなの、どういうコンセプトでつくられたんだろうね、アタシちゃんッ!》


 カグヤの愚痴を聞きながら、私はグロセベアを走らせる。

 袖下の刃は柔軟性も高いのか、グロセベアの動きを阻害するようなことはない。


《とりあえず仮称ファイア・マウス・ヴェール!》

「いざッ!」


 雷毛種の電撃が飛んでくる。

 モノは試しと、ファイア・マウス・ヴェールを広げるようにしてそれを受け止める。


 すると、電撃はヴェールの表面でチカラを失ったかのように弾けて消えた。


「この対魔力コーティングすごいわ」

《なるほど、攻防一体の武器ッ!》


 ならば――


「蝶のように舞うとは言うけれど、まさにそういう動きが出来そうね」


 私は羽根を広げ、踊るように雷毛種の横を通り過ぎる。

 雷毛種そのものにダメージが通らずとも、グロセベアの動きに合わせて波打つファイア・マウス・ヴェールが雷毛種の毛を刈り込んでいく。


「ブジャァァァァ――……ッ!!」


 苛立ったように、再び電撃を撒き散らす雷毛種。

 けれど、それは先ほど言ったように密度が薄い。


「芸がない!」


 その中を私は進み、躱し、弾き、再びすれ違い、毛を刈り、時に肉も裂く。


「ジャブゥ――……ジャブゥ――……」


 こちらを見る目に殺意が増していく。

 けれど、私は特に気にすることなく、ファイア・マウス・ヴェールについての所感を口にした。


「遠心力を掛けるとヴェールの向きが横になるようね」

《開発者マジなにを思ってこんな装備つけたんだか》


 呆れとも感心とも取れるカグヤのうめきを聞きながら、私はグロセベアのくるくると回転させる。


《優雅な回転――まるでバレリーナじゃん》

「バレリーナ?」

《うーんっと、メモリにある……お芝居? セリフはほとんどなくて、情報の大半を音楽と踊りで表現するやつなんだけど》

「へー」


 興味はあるけれど、今は後回し。


「その動き、グロセベアで出来そう?」

《うーん……大丈夫そうかな》

「なら、動きの補正をそれでお願いしても?」

《おまかせあれ!》


 そうして、グロセベアを滑るように動き出させる。


 雷毛種は雷を纏って飛びかかってくるけど、グロセベアはくるくると回転してヴェールを横向きにしながら、それを躱す。


 すれ違いざまにヴェールの羽根が雷毛種を切り裂く。

 短くなった毛の分だけ、視覚的に深く踏み込めるようになった為、今度は確実に入った。


 ファイア・マウス・ヴェールの先端が、切り裂くというよりも抉るような傷を連続してつけていく。


 続けて私の操作ではなく、カグヤの動きの補正によって、右足だけで爪先立ちをしながら、手を下から上へと振り上げた。


 それもまた雷毛種を切り裂いていく。

 爪先を軸にして回転。後ろへと伸ばした爪先からも短いブレードが伸びた。


《グロセベアちゃんって、もしかしたら全身刃物人間なのかも》


 思わずと言った調子でカグヤの声が漏れたので、想定外だったのかもしれない。


「言いたいコトは分からなくもないけど、元々人間じゃないからね?」


 そんなやりとりしつつも、爪先を軸に回転するグロセベアのヴェールと、爪先のブレードが雷毛種を切り裂いていく。


「ジャァッァァァァブゥゥゥゥ……」


 低く呻きながら、雷毛種が間合いを取る。

 雷毛種の戦意は低下している。その上で戦闘を継続するか逃げるかを悩んでいるようだ。


 けれど、ここで逃がす気はない。

 弱腰になり始めたここで、たたみかける。


「カグヤ。とどめを狙うわ。ファイア・マウス・ヴェールを閉じて。左手の魔力放出機構へ術式展開」

《らじゃー! 術式変換! 巨鎧化展開!》


 使う術は、マジックブラストと似たような魔力衝撃波。

 こちらは周辺の属性に影響されず、無属性のまま螺旋を描くように衝撃波が放たれる術式だ。


 効率よく巨魔獣を討ち倒す為に編み出したオリジナルの魔術。

 特に名前は付けてないので、あとでカグヤにでも付けてもらってもいいかも。


 ともあれ、そんな魔術の術式をケーブルを通してグロセベアの左手に展開。

 そのまま魔力をチャージしながら、私は右手のガントレットブレードを再展開させる。


 魔力を込めれば硬度と切れ味が増すガントレットブレードにも、魔力を送った。


「ジャブゥゥゥゥ……」


 雷毛種も逃がしてもらえないと悟ったのか、前傾姿勢を見せる。


 それでも構わない。むしろ逃げないなら好都合。


「ジャアアアアア――……ッ!!」


 私が動くよりも先に、雷毛種が飛びかかってくる。


 だけど――


 体当たりするように前足を振り下ろしてくる雷毛種をかわし、横合いから拳を叩き付けるように、右手のガントレットブレードを突き立てる。


 刃が肉を貫き、身体へと潜りこむ。それでも死ななかった勢いが、拳と共に雷毛種の身体を叩く。


「ジャアァァァガァァァ……ッ!?」


 その拳の衝撃で雷毛種が勢いよくよろめき、そのせいで剣が抜けた。

 だけど、気にせず私はもう一歩、同じ勢いで踏み込んでいく。


 二度目の刺突と、拳打。


「ガァァァァァァァァァ――……!!」

 

 雷毛種が悲鳴を上げる。

 今度は、刃が深く食い込んだまま、抜けることはない。

 そうなるようにガントレットブレードに魔力を纏わせている。


 もがく間も与えず、私はグロセベアの左手を振りかぶる。

 グロセベアの手を開き、準備してきた術式を展開。


 掌の前に術式の刻まれた魔術陣が広がる。


《準備は出来てるッ! やっちゃえッ、ちゃんマスッ!》


 剣を引き抜き、その刺突穴へ魔術陣を叩き付けるように、グロセベアの左手を雷毛種に押しつけ――


「術式解放ッ! 吹き飛びッ、なさい――……ッッ!!」


 ――そこから、強烈な魔力衝撃波が螺旋状に解き放たれた。


 魔力衝撃波は、雷毛種の内部に抉るように潜り込むように進んでいきながら、雷毛種を勢いよく吹き飛ばす。


 雷毛種は吹き飛んでいく中で、体内に潜り込んだ魔力衝撃波で、内臓がズタズタになりながら地面を転がり――木々を巻き込んで倒していきながら、やがて止まる。


「ジャ、ガ、ア、アァ……」


 なんとか立ち上がろうとするも、それも叶わず。

 私へ――グロセベアへ、恐ろしいモノを見るような視線を向けながらゴプリと血を吐く。

 直後、雷毛種の瞼が落ち、四肢を投げ出すように地面に伏せると、そのまま絶命したようだった。



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 夜にもう一話更新予定です٩( 'ω' )و

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