第10話 ハイセニアの巨魔獣


 私たちが休憩中した場所は、ハイセニア王国の中央に広がるハイサウザンズ大平原の中腹やや北側だ。


 その広大な平原が終わる頃、今度は平原と王都を隔てるように、ホウェイブ大林帯だいりんたいとよばれる横に広い林が現れる。


 日が暮れてから林を突っ切るのは危険な為、私たちはその手前にある町で一泊した。


 今日は、この町と王都を繋ぐべく、ホウェイブ大林帯を中を縦断するように作られた街道を進んでいく。


 道は切り拓かれているので、開けた雰囲気はあるものの、左右は林がずっと続く。

 森というほど鬱蒼としていないけれど、やはり木々が多くて、正面以外の視界はあまり良いとは言えない。


 そんな林の中の街道は、通り抜けるのに馬車でも一日近く掛かるらしい。

 その為、街道の途中には、小さな小屋がいくつかあり、薪や魔獣除けのお香などが、その中に用意されているようだ。


 旅人などはそこでキャンプしたり、休憩したりするらしい。


 それは私たちも同じで、一つ目の小屋は素通りしたあと、二つ目の小屋のところで、休憩することとなった。


 昨日と同じく特にやることはない。

 それでも、この時間に、カグヤや殿下と雑談するのは、そう悪くないな――と思い始めている自分がいる。


 そんな風にのんびりとお茶をしていると、なにやら周囲に慌ただしい空気が広がっていくのを感じた。


「……殿下」

「ああ。何か起きているな」


 とはいえ、私たち二人はすぐには動かない。

 こういう時は、だいたい伝令が走ってくるからだ。


 案の定、装備のよさげな騎士が一人、私たちの元へと駆け寄ってくる。


「ご報告します!」

 

 慌ただしい中でも丁寧な敬礼をしてから、騎士が告げる。


「二本角の巨魔獣ジガンベが出現しました! 殿下とイェーナ様は、馬車の中へ!」

「お断りします」


 騎士の言葉を私は、申し訳ないと思いつつピシャリと言い返す。

 そもそも、考えと認識が甘すぎる。巨魔獣が出たなら、その対応は減点だ。


「お伺いしますが、この国ではそれが基本的な巨魔獣出現時の対応なのでしょうか?」


 二本角と呼ばれる魔獣がどのような姿をしているのかは分からないけど、巨魔獣の出現に対して、馬車の中に逃げるというのは、あまり良い手とはいえない。


「――と、申しますと……?」

「まず巨魔獣相手にする場合、逃げる場合も避難する場合も、手元にあるのであれば巨鎧騎兵リーゼ・ルストンへ搭乗するのが一番安全です。馬車での避難は、巨鎧騎兵が無い場合の手段となります」


 告げて、私はカグヤを見た。


《まかせろ、マスター!》


 カグヤは私の視線の意味を読み取って、即座に離れた場所で、その姿を巨鎧騎兵へと変じさせる。


「殿下も。戦闘に参加しない場合でも、その方が安全です」

「了解した」


 私に言われるがままに、殿下も自分のボクシーズを取り出すとそれを放り投げて、巨鎧騎兵を呼び出す。


「私が殿下の直衛に回ります。

 あなたは巨鎧騎兵に乗っていない者たちを」

「いや、ですが……」


 戸惑う騎士に、殿下が告げる。


「彼女の言う通りに。こういう場面での適切な動きが鈍いからこそ、我が国は彼女を指導者として迎え入れるコトとなったのだ」

「はっ!」


 騎士が走っていく姿を見ながら、私は内心でやらかしてしまった……と反省する。


「申し訳ありません。差し出がましいコトを」

「何を言う。キミは間違った動きを指摘して正しただけだ。そしてそれこそが、我が国がキミに求めている仕事でもある。ともあれ、まずは巨鎧騎兵に乗り込むとしよう」


 ニーギエス殿下の言葉にうなずいて、私はグロセベアに乗り込んだ。


 操縦席のハッチが閉じ、どこからともなくケーブルが伸びてくると私の身体に巻き付いていく。


《準備OK!》

「戦闘はないかもしれないけど、よろしくねカグヤ」

《いわれなくても任せておきなさいって!》


 エヘン――と胸を張るような勢いのカグヤに、思わず笑みが零れる。

 こういう頼もしさみたいなのって、今まで感じた覚えがないから新鮮だ。


 そんな風に思っていると、すぐ側でエタンゲリエに乗った護衛騎士が、慌てた様子で殿下に話しかけてきていた。


「で、殿下!? なぜ巨鎧騎兵に搭乗を?」

「馬車の中より安全だからだ」

「し、しかし……」

「キミは、俺を一番安全な場所から遠ざけたいのか?」

「い、いえ! 申し訳ありません!」


 一応、理由ぐらいは話しておきましょうか。


「あの……質量の大きい巨鎧騎兵と巨魔獣の戦闘の余波って、操騎士ライダーが思っているよりも大きいのですよ」

「イェーナ様?」

「それに巨魔獣のサイズや動きによっては馬車は簡単に踏み潰されてしまいますし」


 そう告げれば、騎士のエタンゲリエも、殿下のエタンゲリエもどこか納得した様子だ。

 顔は分からないけど、なんかそういう空気がある。


「馬車で逃げる場合――不慮の事故による死亡率は、巨鎧騎兵の中にいるより圧倒的に高かったりもします。

 なので巨魔獣に遭遇した場合、巨鎧騎兵に乗れるのであれば、操縦技能がなくとも乗った方が安全です」


 この辺りについても疎いということは、この国ではあまり巨魔獣の出現がないのかもしれない。


《ねぇねぇニーちゃん殿下。この辺りって巨魔獣被害少ない?》

「ん? ああ。シュームライン王国に近づけば出現率は増えるが……この辺り――国の真ん中より北へやってくると、かなり下がるな。

 魔獣ベードはそれなりにいるが、巨魔獣となると、あまり数はいない。

 なによりこの林が壁にでもなってるのか、ここより北は巨魔獣の出現率がさらに下がる」

《それでかぁ》


 カグヤが納得した様子を見せる。

 つまりは、平和ゆえの経験の無さが動きの鈍さの原因なのだろう。


 加えて、魔獣はそれなりにいるという点から、巨鎧兵騎による戦闘よりも、一般騎兵による戦闘の方が得意な国なのかもしれない。


《とりあえずマスターの言う通りにした方が安全だぜ。

 騎士のキミはニギちゃん殿下の護衛で近くにいるか、他の機体と一緒に巨魔獣と戦うか、ここでサクっと選んでおくれ》

「いや、護衛はイェーナとカグヤがいるからいい。キミは戦線へ戻れ。今、護衛の中にある巨鎧兵騎は六機だけなのだ。いたずらに戦力を減らす必要はない」

「……はっ!」


 僅かな葛藤があったのだろう。

 それでも、エタンゲリエは敬礼するとここから離れていく。


「殿下、一つ聞いても?」

「なんだ?」

「二本角とはどのような魔獣なのでしょうか?」

「そういえば、他の国ではあまり見ないと聞くな」


 ニーギエス殿下はそう言って一つうなずき、教えてくれる。


「我が国にはフェンデレオンという種類の魔獣がいる。

 一言ってしまえば、角を持ち、全体的に毛量が多い猫だ。しかも結構大きなサイズのな。

 二本角とは、そのフェンデレオン種の中でも危険度の高い、雷毛らいもう種のコトを言う。その呼び名の通り、角を二本持ち、そして体毛をバチバチと帯電させ、角から電撃を放つ」


 話を聞くとかなり危険そうな魔獣だ。

 元々大きいサイズの魔獣となると、巨魔獣としてのサイズも大きそうだが、実際のところはどうなんだろう。


「来たぞ! 巨魔獣だ! フェンデレオンの雷毛種! 明らかに我々に狙いを付けているッ!」


 誰かの声が聞こえてくる。


《マスター! あっち!》


 カグヤが示してくれた方向にグロセベアを向けると、雪だるまのようなシルエットをしたずんぐりとした姿の巨鎧騎兵――タスカノーネ将国製のシュネーマンが大きな盾を構えている。


 その正面、そこに猫がいた。

 殿下の説明の通り、山羊や羊を思わせるようなねじくれた角が二本生えた猫だ。


《わーお、もっふもふ! 生身があれば埋もれたいぜッ!》

「毛がバチバチしているので抱きつくだけで痺れてしまうのでは?」

《もふもふとパチパチを楽しめるなんて贅沢じゃんッ!》


 ただ、その大きさがとてつもない。

 全高は巨鎧兵騎の腰くらいだが、全長は六メートル近いのではないだろうか。巨鎧騎兵と同じくらいの全長がありそうだ。


《もふパチはともかくさぁ……あのにゃんこ、見た目は可愛いけど、デカすぎんしょ! 巨鎧騎兵サイズに合わせて大きくなったメインクーンみたいじゃん》

「メインクーン?」

《めっちゃ大きい猫。サイズだけなら世界一とも呼ばれてるやつでね、縦に伸ばすと人間より大きかったりするんだけど。大人しい系の性格らしくて、家で飼ってる人もいるらしいぜい》

「なるほど。それが巨鎧騎兵サイズに合わせたとなると、この大きさになりそうね」


 もっとも、カグヤの語るその猫と違って、目の前の雷毛種は明らかにこちらを捕食対象として見ているようだ。

 大人しく人に飼われるようなタイプではないのだろう。


「ジャアアアアアアッ!」


 雷が猫の鳴き真似をしているような声を上げて、雷毛種は素早い動きで目の前のシュネーマンに襲いかかる。


 さすがは重量級の巨鎧騎兵シュネーマン。よろめくことなく、どっしりと攻撃を受け止めた。

 ただ、雷毛種が動くたびに、毛が纏っている雷がバチバチと飛び散って、それに触れるだけで、巨鎧騎兵が小さくダメージを負っているように見える。


《さすがにゃんこ。デカくても早いぜ》

「大きくて早い。それだけで充分驚異ね」

《それなー! あのサイズじゃあ上に乗られたら馬車ぺちゃんこだったねー》

「何より、大した威力ではなさそうだけど、纏っている雷が厄介そうよ」


 恐らくは馬が全力で駆けても逃げれなかっただろう。

 やはり、巨鎧騎兵に乗った方が安全だったのは間違いない。


 エタンゲリエや、もう一機のシュネーマンもやってきて、合計六機が雷毛種と向かい合う。


 だが、お世辞にも上手いとは言えない戦い方だ。

 すぐにやられることはないだろうけど、なんというかやられないだけでしかない。


《ちゃんマス、あれってじり貧じゃね?》

「同感です。最終的には押し切られるでしょうね」

《……ってコトは?》


 カグヤの期待通りだ。

 ここまで護衛してきてくれた彼らを失いたくないという思いもある。


 だから――


「殿下。前に出てもいいですか?」

「……直衛してくれるのでは?」


 雰囲気的に分かってて言っているな。

 出会った時もそうだし、今もそうだけど――殿下の操縦は滑らかだ。


 恐らく、単純な腕前は下手な騎士よりも上に思える。


 もちろん、それを理由に放置するわけじゃないのだけれど――正直、見てられなくなってきたというのはある。


「このままでは彼らは負けます。彼らを下げますので、私が出ます」


 こちらの発言に殿下は考える素振りを見せたあと、仕方が無いという空気で、乗っているエタンゲリエに首肯させた。


「……分かった。すまないが皆を頼む」

「はい」

《よっしゃッ! 出番じゃ~い!!》


 やる気まんまんのカグヤの声と共に、私は操縦桿を握る手にチカラを込める。


「雷毛種と戦っている親衛隊ッ、下がれッ!! 代わりにイェーナが前に出るッ!」


 殿下のエタンゲリエがこちらを見た。

 それにうなずき返すと同時に、私はグロセベアを前に出す


「さぁカグヤ。仕事の時間よ」

《オーライ、マスター! やったるぜー!》


 気合いをいれた私たちは、なかなか下がってこない六機の隙間を縫って前に出る。


「まずは一撃ッ!」

《グロセベアン・キ~~ック!!》


 そして、前に出ると同時に雷毛種に向かって、魔力を込めた飛び蹴りを放つのだった。

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