第3話 輝く夜の邂逅


 私が十二歳の頃――


 王都ラホコの北にある、魔封まふうの森林。別名、禁忌の森。そう呼ばれる森がある。


 始まりの守護騎士姉妹が『この世ならざる異形』と呼称された存在を封じたとされるほこらが設置されている森だ。


 五メートル前後の大きさを持つ巨鎧兵騎リーゼ・ルストンよりも背の高い木々によって鬱蒼としているこの場所に、私たちはやってきている。


 生身ではなく、光加減では白く輝いて見える薄紅色の装甲を持った女性的なシルエットの巨鎧兵騎サクラリッジ・キャリバーンという愛機に搭乗して、だ。


 ここに熊の厄災獣デザストルが率いる巨魔獣ジガンベの群れが出現したという報告があったので、その対応に来ている。


 巨鎧兵騎と同じ大きさの熊の厄災獣デザストル。そしてそれが率いているのは、手が異様に長いサル型魔獣ビッグスパンモンク。その巨魔獣の群れ。


 ビッグスパンモンクの巨魔獣は、サイズとしては三メートルほどと小型だったが、数が多いのが難点だ。


 ちなみに厄災獣デザストルは通常の巨魔獣ジガンベをより凶悪にしたような魔獣のこと。

 基本、通常種が巨大化しているだけの巨魔獣と異なり、厄災獣デザストルは黄昏色と呼ぶような不思議な色をした禍々しい魔力を纏い、肉体も禍々しい変化をさせている。


 しかも独特の魔力をまとっていて、これのおかげで攻撃が通用しない。

 これを抜くには守護騎士のみが使える特殊な魔術か、纏っている魔力を上回る強力な攻撃だけだ。


 右手の肘から先が凶悪な爪そのものと化している熊の厄災獣デザストル――通称デッドクローを討伐するべく隊を率いてるヨーシュミール殿下が声を荒げて、私の名を呼ぶ。


「イェーナ! 何をしているッ! 早く厄災獣デザストルを倒せッ! 倒せばサル共の統制が取れなくなるのだろうッ!?」

「無茶を言わないでくださいッ!」


 その頃はまだまだ殿下の性格を熟知してなかった私は、思わず言い返す。


「私の破浄術はじょうじゅつは、剣に付与して使うモノですッ! なのでまずはデッドクローを囲むテナガザルの巨魔獣ジガンベをなんとかしてくださいッ! その為の騎士たちでしょうッ!?」


 私と殿下を除いても、新型の巨鎧兵騎リーゼ・ルストンであるキノコ頭のアッシーソルダット弐型の先行試作機が六機。


 我が国主力アッシーソルダット壱型が十機。


 同じく制式採用され、少数の運用されているシェンコ帽がそのまま頭部になっているような外国製の機体エタンゲリエが四機。


 合計二十機の巨鎧兵騎リーゼ・ルストンを揃えておきながら、彼らは周囲のテナガザルの巨魔獣ジガンベをロク抑えてくれないのだ。


「本当に使えない女だなッ! お前の妹であればここからでも攻撃するだろうッ!」

「同じサクラリッジという名前の機体でも、私のキャリバーンは剣がメインですッ! 特殊な形状の杖による中距離戦を得意とする妹のリヴォルバーと一緒にしないでくださいッ!」

「ならば使えない機体ではないかッ!」


 こんな単純なことをなんで理解してくれないのだろうか。


 機体ごとに得意不得意がある。それは巨鎧兵騎リーゼ・ルストンでなくとも、人だって同じはずなのに。


 剣が得意な人や、弓が得意な人、魔術が得意な人。

 異なるそれらを上手く組み合わせて運用し、最大の結果を出すのが指揮官の仕事ではないのだろうか。


「ではどうして妹の出撃を許してくれなかったのですかッ!?」

「まだ十一歳だぞ! 子供を戦場に連れてこれるワケがないだろうッ!」

「私は十二でッ、殿下もまだ十五ですッ!」


 理解できない。意味が分からない。


「なら大人だッ! だから連れてきたッ!」

「じゃあ私たちよりも大人が乗っている二十機の巨鎧兵騎リーゼ・ルストンはどうして巨魔獣ジガンベとすらまともに戦ってくれないんですかッ!」

「オレの護衛に決まってるだろッ! サルどもと戦わせて貴重な機体の数が減ったらどうするんだッ! まだ試作段階の弐型まで持ってきてるんだぞッ!」


 その瞬間、私はキレた。


「だったらもう帰ってくださいッ! 役立たずは必要ありませんのでッ!」


 冷静になってこの当時のことを振り返ってみると分かる。

 きっと殿下は、私からこの言葉を引き出したかったのだろう。


 ともあれ、私はそう宣言をし有言実行した。


 私は愛機サクラリッジ・キャリバーンを繰り、十五匹のテナガザルの巨魔獣ジガンベビッグスパンモンクたちと、熊の厄災獣デザストルデッドクローを、たった一人で討伐してみせたのだ。


 それからだ。

 魔獣ベードだろうが、巨魔獣ジガンベだろうが、厄災獣デザストルだろうが――単体だろうが、群れだろうが……ほとんど一人で立ち向かわなければならなくなったのは。


 手が欲しいと言っても、「足手まといは邪魔だから一人でいいんだろ?」といって、手を増やすことも増援をよこすこともない。


 うっかり一匹倒し損ねて王都へと近づこうものなら、とにかく嫌味を言われる。


 それも殿下や、騎士や兵だけじゃない。


 叔父夫婦はここぞとばかりに文句を言うし、国民からすら「一人で戦えるとかイキって、単騎駆けすんなッ! 町へ魔獣を近づけるんじゃないッ!」と文句を言われたこともある。 


 どうやら殿下の根回しで、私は天才を鼻にかけ一人で戦おうとする歴代の守護騎士でも一番のワガママ娘という扱いらしい。

 そうだとしても、フォロー役が全くいない状態に疑問を持てと思うのだが、大衆というのはそこまで気が回らないらしい。


 あるいは、そういう発想を持つ人も、私を擁護しようとすると周囲から村八分にでもされてしまうのだろう。

 だから、周囲と迎合しているに違いない……そう思わないとやってられない。


 なんであれ、私は失敗すると些細なことでも詰められる。


 だから私は完璧でなければならない。

 誰かに何か言われたことをイチイチ気にしていては、僅かなミスが発生する。


 そのミスは私にとっては致命的だ。嫌味が連鎖を始める起爆スイッチでしかない。

 故に粛々と、淡々と、可能な限り最小の労力で、最大の戦果を出す。


 合理を極めすぎてただの機械だの、些細なミスもしない可愛げのない女などと言われるけれど、そうなった原因は周囲のせいである。


 そうやってがんばって来たのに――

 気がつけば、増援どころか物資すら怪しくなってきた。


 私の愛機であるサクラリッジ・キャリバーンは、旧時代に作られた機体だけど、現代の技術で改修もされている。

 なので、現行機であるアッシーソルダットなどの武装も使うことができるのだけれど……。


 いつの頃からか、魔力を矢に変えて撃ち出す中距離武器マギー・ボウガンの予備が支給されなくなった。それどころか、魔力の矢を打つ為に必要なマギー・ボウガン用の魔力カートリッジすら支給されなくなってしまった。


 キャリバーンには自動修復機能があるから――という理由で、メンテナンスの技術者がいつの間にか来なくなった。


 だから私は自分の魔力でキャリバーンの自動修復能力を高めた。だけどそれじゃあ間に合わないから、巨鎧兵騎リーゼ・ルストンを自分でメンテナンスできるように勉強した。


 こんなことが続いていけば、いやでも心も凍り付く。いや凍り付かせなければやってられなかった。


 そんな私を妹のクシャーエナはすごいと言ってマネをしてくる。

 マネしきれないときは教えを請うてくるので、丁寧に教えてあげたりもした。


 気がつけば、妹も私と同じくらい色んなことをできるようになったのだけれど――


「お姉様と一緒に戦いたいのに、殿下が許可してくれないんだよね……。

 お姉様が戦っている時、護衛とは名ばかりの騎士たちが急に数を増やしてつきまとわれて、リヴォルバーにも近づけないから勝手に出撃も出来ないし……」


 そういって悔しそうな顔を良くしていたのを思い出す。


「大丈夫。貴女のお姉様は、完璧であるコトを求められてるから。

 だから大丈夫、今回の仕事も完璧にやってきてみせるわ」


 クシャーエナに良いところを見せたいから、私はずっとがんばってきた。


 他の誰でもない妹の為に。

 だって、妹以外は私を人間として見てくれないから。

 すり切れて、凍てついていく私の心の、唯一のよりどころは、妹だけだったから――


 きっと私は――誰かから褒められたかったのだろう。

 以前は良く褒めてくださっていた国王陛下も、病床に着かれてからは、時々お会いする程度。

 話し相手として呼ばれはするけれど、陛下のお加減はあまり良くないので、先立たれている王妃様の代わりにベッドサイドで寄り添うくらいのことしかできなかった。


 だから結局、両親がアラトゥーニの門の先へと旅立ってしまってからこっち、クシャーエナと陛下以外に褒められたことは、ついぞ無かった。


 がんばりの果てに待っていたのは国からの追放で、追放先の隣国の地を踏む前にクレバスの底へと落ちるというどうしようもない末路。


 私の……イェーナ・キーシップという人間の人生とは、いったいなんだったのだろうか?


  ・

  ・

  ・


 どうやら夢に見ていたようだ――



 目を覚ます。

 どれだけ意識を失ったのかは分からないけれど。


「ここは……?」


 上を見ると、天井の隙間のようなところから光が差し込むのが見える。


「遺跡……?」


 国境のクレバスにこんなところがあったなんて……。

 恐らくはあの天井の隙間から落ちてきたのだろう。


「天井から脱出は不可能、か」


 あそこへ行くためのとっかかりがない。

 魔力で身体能力を強化したジャンプをしたところで届かないだろう。


「とにかく出口を探そう……」


 うめくようにそう漏らして、私は立ち上がる。


 全身が痛い。

 擦り傷と切り傷。そして青あざ。

 それらが体中のあちこちに出来ている感じがする。


「アラトゥーニの門を潜り損なったかな……」


 それが良かったのか、悪かったのかは分からないけれど。

 私は嘆息混じりに独りごちて、痛む身体を引きずるように遺跡の中を歩き始める。


 天井から差し込む光の他に、光源不明の青い灯りがあちこちに灯っている。

 その青い灯りが、天井の亀裂から差し込む陽光と組み合わさって、遺跡全体が、まるで青く輝く夜のようだ。


 そのおかげで、暗くて何も見えないということはなく、足下のがれきなどを気をつけながら進んでいくことができた。


「この遺跡……今まで誰も見つけられてない?」


 手つかずの遺跡の気配に、少しだけワクワクする。

 自分にもそんな感覚があったのかと驚きながらも、私は遺跡を進んでいく。


 ややして、大きく開けた場所に出た。

 元々は巨大な倉庫――あるいは、巨鎧兵騎リーゼ・ルストンの格納庫かなにかを思わせる場所だ。


「広いだけで、何もないか……」


 スクラップ同然でも、動かせる機体があれば脱出に使えたかもしれないのだけれど。


 キョロキョロ見渡しながら、その空間を歩いていると、妙な扉を見つけた。

 遺跡の灯りとは別に、扉そのものが薄らと青く輝いているようだ。

 その大きな縦開きの扉は、酷くひしゃげていて、その隙間から中に入れそうだった。


 脱出する道を探すにも手がかりがない状態だった私は、僅かな希望を求めてその扉の隙間に身体を滑り込ませる。


 その先にあったのは――


「綺麗……」


 ――女性が分厚いドレスを着たようなシルエットで、背中に大きな輪っかのようなモノを背負った巨鎧兵騎リーゼ・ルストンだった。


 輝く夜のような灯りを受けて、なお自分の色をしっかり放っているように見える。


 黒にも見える濡れた緑色を基調とした機体が、赤と金そして緑をあしらったドレスを何層も纏っているような姿の巨鎧兵騎リーゼ・ルストン


 見た目だけなら、どこか高貴な女性のようにも見える。

 巨鎧令嬢きょがいれいじょう淑女兵騎しゅくじょへいき……そういう言葉が似合いそうな雰囲気だ。


 そんな機体が、封印や保持という内容の古代語で書かれた黄色と黒の包帯のようなもので封印されていた。


「……動くかしら、これ?」


 五メートル近い機体に近づきながら、私はそれを見上げて独りごちる。

 動いてくれるのであれば、ここから脱出できるかもしれない。


 私は動くことを期待しながら、その巨鎧兵騎リーゼ・ルストンへと近寄っていく。


 すると巨鎧兵騎リーゼ・ルストンのツインアイに光が灯った。

 そして、その巨鎧兵騎リーゼ・ルストンは、その月明かりのような金を宿した双眸を私の方へと向ける。


 見られてる――封じられていた存在に目を向けられるという不気味さに、思わず足を止めて息を呑む。


 どうすればいい。何が最善?


 私が迷っていると、巨鎧兵騎リーゼ・ルストンの方から声を掛けてきた。


《あー☆ 生きてる人間だぁ! ひっさびさに見たヤッター! 会いたかったぜー!》


 部屋に響き渡った声は、妙に陽気で明るくて、人なつっこい、愛らしい少女の声だった。



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 本日はここまで٩( 'ω' )و

 どうでも良い話ですが――

 作者の脳内において、封印されし巨鎧令嬢のcvはファイルーズあい女史のイメージだったり


===


 カクヨムコン開催中というコトで

 本作も参加しております٩( 'ω' )و


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