鎖の中

かけふら

鎖の中

「起きたの? 気絶させたつもりだったけど」

「そっか。なんか眩しい」

「ここは湖だからね」


「君みたいな子が持てるんだね」

「あなたよりは力持ちよ? 多分」

「俺をどうしたいんだ?」


「食べるつもり?」

「お腹が空いてて」

「その様子だとしばらく食べていないってこと?」

「まあね」

「そっか」

「抵抗しないの?」

「無駄なんだろ。きっと」

「逃がすつもりはないよ。に、しても」

「良いんだよ。食物連鎖みたいなもんだから」

「そう」


「ごめんなさい」

「何が?」

「食べること。痛いだろうし、家族、大事な人を悲しませるから」

「それで食べてなかったの?」

「そんなところ」


「洞窟?」

「ここなら声が多少漏れても大丈夫だからね」

「人間に見つかるから? 強いのに?」

「捕獲されたらおしまいでしょ? 何か実験されるかもしれないしね」


「洞窟だからかだいぶ涼しくなってきたね」

「人間の住む所が暑すぎるのよ。今日も暑すぎて死ぬかと思ったわ。で、覚悟はできた?」

「別に。いつ食べても良いよ。俺は痛くないから」

「痛くない?」


「なんか生まれつきのものだってさ。だから別に辛く無いんだ。ただ意識が遠のいて、死ぬだけだと思う。どれくらい食べれば大丈夫なんだ?」

「腕1本ぐらいで、2か月は持つよ」

「長生きなの?」

「ほとんど動かなければね。その分消費も遅いんだ」

「ごめん。食べる前にお願い聞いてくれる?」

「何?」

「包帯と消毒液を買ってきてくれないか? 1本ずつ、俺のことを食べてくれ。俺が死ぬ、その時まで喋っていたい」

「良いよ。いっつもこの姿じゃないからね、体力使うし、バレたらその時はもうどうしようもないけど。あなたの財布借りていい?」

「ああ。もうそれぐらいしかお金も残ってない」


「じゃあ、食べるね。どこから食べて欲しい?」

「左腕かな、右利きだから。しばらく身の回りは自分でどうにかしないと。最期は運んでね」

「うん。もう、抑えられない……。頂きます、していい?」


「美味しい?」

「空腹も相まってね。美味しいよ」

「それは良かった。マズかったらあんま嬉しくないからさ」

「どうしたの? そんな幸せな顔して」

「なんでもないよ」

「言って」


「昔、食べてる俺の姿を家族が嬉しそうに見てたから。今になって、多分こういうことなんだろうって」

「ごめん」

「君が気に病まなくても良いんだ」

「でも、でも……人間だって『食べ物に感謝しろ』って言うんでしょ? だから私は敬意を払わなきゃ」

「それを意識しない奴も多いさ。自分が食べ物にならないって思ってるから」


「お腹いっぱい?」

「うん。消毒液塗れば良いの?」

「痛みは感じないはずだから。それで傷口を包帯で縛って。そうすればちょっとは大丈夫」

「これから、こうやって2人? で過ごそう。私には何もできないかもしれないけれど」


「こういう生活してる仲間ってどれくらいいるの?」

「決して多くは無いよ。だいたいはみんなで集まって人間を分け合って食べるんだ」

「じゃあ君は、どうして?」

「怖くなったから」


「私たちは人間を食べないと生きていけない。それはどうしようもないこと。でも、それぞれに人生があることを知って、それだけなら良いんだ。でも、最期の最期に自分以外の人を想うのを見るとどうしてもやりきれなくなるの」

「優しいな。それを忘れている人間も今は多いよ。まあ俺もそうだったけど」


「ごめん。昨日まで我慢してたけど、ダメかもしれない」

「良いよ」

「どこ食べれば……良い?」

「どっちの脚でも」


「ごめん、そこの湖まで運んでくれない? 顔洗いたくて」

「うん」

「軽くなった?」

「うん。とってもね」

「そりゃそうだよね。死なない程度に果物ぐらいしか食べてないし、君の方も基本俺の傍だから」


「水美味しい?」

「最後まで右腕を残してて良かったよ。がぶ飲みはなんか自然に悪いし」

「そこまで倫理が残っているのも凄い話ね」

「そういえば、初めて会った時から1年ぐらい経ってるような気がするけど」

「それがどうしたの?」

「1本で2か月なんでしょ? あの時は夏、今は……」


「君と紅葉を見た。初雪も見た。あの時は君と身体を寄せ合った」

「春になって、芽吹きを感じて」

「だから……君は限界じゃないのか? 本当なら半年しかもたないはずだ」

「あ、あ、あ……」


「……ごめん、さっきは」

「ちょっと動転してた。食欲思い出しちゃった、て感じ。でも、それは事実。ちょっとずつ引き延ばしてきたんだ」

「そっか。じゃあそろそろ全部食べてよ。もう腕と内臓しか残ってないから。内臓も食べるならまた別だけど」

「一応全部食べられるよ。でも」


「今まであなたと一緒に過ごしてきて、楽しくて……今までは凄く痛いだろうから、それ以上苦しまないように殺してきた、ずっと1人だった」

「情が湧いた? それは嬉しいけど……やめてよ。正直なことを言えば、俺も君に情が湧いた。だから君と離れるのは、寂しい」

「私に全て食べられても、それでいいの?」


「思うんだ。俺も君もずっとこの世界にいるわけじゃない。俺が食べられて、そして君もいつかは死ぬんだろう? その後にはたくさんの命が繋がっていく。それで良いんだ、きっと」

「でも私はあなたを食べた後、ずっと生きなきゃいけない。私たちはずっと長生きで、これから生きてても別れは来る。それを分かっていたのに……こうやって、あなたと来ちゃったの」


「だから」


「今日も洞窟は涼しいね」

「そうね」

「決めた?」

「ごめんね。私が言ったことなのに、私に覚悟が決まらなくて」

「君でもこうやったら死ぬの?」

「死ぬよ。でもこれが本能に勝つだけの理由が今まで無かったから」


「私たちが死ぬことは無駄じゃない。どこかは分からないけれど未来の命に繋がるのだからってね」

「俺は君のことを想うことにするよ」

「うん。最期に手繋いでよ。あなたの温度を感じたいから」

「君と手を繋げてよかった。悪いけど、繋いだまま抱えられる? 出会った時みたいに」


「水面がきれいだな」

「今かここに混ざって旅立つのだからからね。これぐらい美しく無きゃ」

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鎖の中 かけふら @kakefura

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