3
一人の部屋で、シャワーを浴びる。頭からお湯をかぶっていると、涙が出そうにはなるけれど、そんなトレンディドラマみたいなダサいことはしたくないので、ぐっと腹に力を入れてこらえる。彼がこの部屋で、シャワーを浴びていったことはない。というか、ベッド以外のどこかに腰を下したことすらない。はじめの夜から、一度も。
はじめの夜も、やっぱり冷たい雨が降っていた。大学の二年生に上がる少し前の話だから、もう二年前になる。彼とはその頃、語学のクラスが一緒だった。
大学での彼には、影がない。強すぎる日差しで飛ばされてしまったみたいに。彼はいつも人の輪の真ん中にいて、俺はそれを教室の端っこから見ていた。はじめて見た時から、好みの外見ではあったけれど、いかにも女好きがしそうな彼には、俺なんかがつけ入る隙はなかった。だから本当に、見ていただけ。誰にも気が付かれないように、ひっそりと。俺は物心ついた頃から、男しか好きになったことがない。小学生五年生の時にそれがクラスの同級生たちにばれて、ひどくいじめられたことがあるので、とにかく自分の性癖を隠すことには慎重になっていた。だから誰にも、俺が彼を見ていたことなんて、気が付かれてはいなかったはずだ。
それなのに、あの夜、彼は、あんた俺のことずっと見てるよな、と言った。確かに。驚きすぎて、俺は咄嗟に否定することすらできなかった。
語学のクラスが二年に上がると同時にばらばらになるので、その打ち上げと称してクラスの全員で飲みに行った夜のことだ。その日は、一次会が始まった後で小雨が降りだしていた。細いけれど、雪に変わりそうな冷たい雨。
一次会が終わり、俺は二次会には出ずに家に帰ろうと支度して、居酒屋の前の細い道に出た。二次会に行くメンバーはもうとっとと店を移動していたので、居酒屋の前はがらんとしていた。そこに、彼が立っていたのだ。俺はそのことに、少し驚いた。彼は酒宴の席でも話の中心にいたし、そのまま二次会に行ったのだと思い込んでいたからだ。
『二次会、行かなかったの?』
そう、どぎまぎしながら声をかけてみると、彼はかったるそうに首をめぐらして、真っ暗な空を見上げた。
『雨だから。』
その言葉を聞いたときはまだ、俺は彼が雨の夜をひどく嫌うことも知らなかったので、ただ、この人は少し面倒くさがりなのかもしれないな、などとぼんやり思った。彼と口をきくのは、そのときがはじめてだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます