【2話】桃太郎は夢を見る、鬼退治はまさかの保留…!?

暗闇の中、ぼんやりと明かりが浮かび上がり、その中心には一人の女性が静かに立っている。その女性は穏やかに微笑みながら、優しい眼差しをこちらに向けている。


「桃ちゃん」


その女性の柔らかな声は、まるで心の奥深くに直接染み渡るようだった。

ああ…、これか…、これが、お母さんの声なんだ…、と本能が告げていた。


桃太郎は女性に向かって手を伸ばした。

だが、届かない。


桃太郎は力の入らない足に鞭打つように立ち上がり、「お母さん!」と声を出そうとする。

だが、声が出ない。


桃太郎は全身の力を振り絞り歩みを進め、そして、女性に向かって走り出す。

だが、女性に近づくことができない。


どんなに足掻いても、目の前に佇む女性との距離は少しも縮まることがなかった。


再び、「お母さん!」と声を出そうとする…




*****




「……ぁさん!!」


桃太郎は布団を勢いよく跳ね飛ばし、一気に身を起こした。

その赤い瞳からは、涙が静かにこぼれ落ちていた。


「夢か…」


桃太郎は憂いを帯びた表情で呟いた。


「また、こんな夢を見てしまうなんて……」


その時、ふすまが勢いよく開け放たれた。


「桃太郎さん! おはようございます! よく眠れましたか?」


続いて、シロが朝から元気いっぱいの声で挨拶をしてくる。


「あれ? 桃太郎さん、泣いています…?」


「ば、ばか!

あんたが勢いよく入ってくるから、埃が舞い上がってるじゃない!

だから目にゴミが入っちゃうのよ!」


「え…、そ、そうか… そうだったんですね、本当にごめんなさい…!

朝ご飯の用意ができているんで、待っていますね」




*****




昨日、犬のシロと出会った後、桃太郎たちは宿場町で宿を取った。

朝、桃太郎とシロのテンションはまるで天と地ほども違い、桃太郎はどこか機嫌が悪そうだ。とはいえ、このまま布団の中でくすぶっている気分でもなく、仕方なく身支度を整えて朝食を取ることにした。

まったく期待していなかった食事だったが、焼き魚の塩加減がこれまた絶妙で、思わず感心するほどだった。そのおかげで桃太郎の気分も少しずつ和らぐ。


食後は宿の外にある縁台に腰を下ろし、茶を啜りながらゆったりとしたひとときを過ごす。ふと目を上げると、そこには愛嬌たっぷりのシロの顔が、にこやかにこちらを見つめていた。


「桃太郎さん、昨日おっしゃっていた『良い案』とは何ですか?

具体的には検討中だと言って、詳しい話はまだでしたよね?」


「ああ、それね

まずはさ、きび団子屋を開店して資金調達しようと思うの」


「え? きび団子屋?」


「そう、きび団子屋 

あ、大丈夫よ、おばあちゃんからレシピは教えてもらっているから、私でも作れるし」


「あ、いえ、そうではなく、鬼退治はどうするんですか?」


「ばかね

今、手元には、数個のきび団子と、僅かな駄賃しかないのよ」


「きび団子があれば仲間を増やせますよ」


「ばかね

仲間がさらに増えたら、さらに経費ばかりかかるでしょ!」


桃太郎は鋭い視線を向け、鋭い口調できっぱりと言い放った。


「えーと…、うーん、まぁ、確かにですね…」


「おじいちゃん、ケチだからお小遣いはほんのちょっとしかくれないし…

だから、お金が全然足りなくて、このままだと、シロちゃんのエサ代も買えなくなるのよ!」


桃太郎は少し困った表情を浮かべ、その様子に影響されるように、シロも不安げな顔を見せ始めた。


「な、なるほど…、一気に現実的な問題が浮かび上がってきましたね…」


「聞けば、鬼ヶ島は思ったよりずっと遠い場所にあるらしいじゃない

道中の旅費や交通費もかかるでしょ、野宿なんて絶対にイヤよ!」


「はぁ… 大丈夫かな…」


「大丈夫よ、金が無いなら生み出せばいい、目指せ『ガッポガッポ』よ」


シロは、こんなはずでは…、と困惑した表情を浮かべながら呟き、あたふたと焦り始めた。その一方で、桃太郎は涼しげにという思いを隠すのに必死だった。




*****




桃太郎たちは、淡之江あわのこうという町を目指すことに決めた。

幕府が開かれた都からは少し距離があるが、淡之江は複数の主要街道が交差する地点にあり、経済の中心地として多くの商人が集まり、活気に満ちている。

商売を始めるには、まさにうってつけの場所だ。


桃太郎が歩く足元で、シロがちょこちょこと小さな足取りでついていく。


「桃太郎さん、きび団子屋を開くにしても、そんなに簡単にうまくいくものですかね?」


「まぁ、普通に開店するだけじゃダメよね

でも、シロちゃんも言っていたじゃない、私のおばあちゃんのきび団子は絶品だ!って、美味しいスイーツは正義よ」


桃太郎はと言わんばかりに自信に満ち溢れ、胸を張った。


「はい、まさに絶品です!

あのきび団子をもう一度食べられるなら、死んでも構いません!」


「あ、いや…

そこまで言われちゃうと、非合法っぽいヤバい食べ物になるから、やめて…

そうだ、きび団子屋を開店すれば、毎日まかないできび団子を食べられるよ」


「ホントですか! やったー!!」


シロは瞳を輝かせ、思わず満面の笑みを浮かべるほど嬉しそうな表情を見せた。


「まぁ、もちろん、その分、ビシバシ働いてもらうけどね」


桃太郎がニヤリと悪戯な笑みを浮かべると、シロはその笑顔が一瞬で消え青ざめる。


「え…!? 桃太郎さんがそう言うと、なんだか恐怖しか感じないんですが…」


「ばかね

そ、そんなわけ、な、ないじゃない…」


(あ、これ、絶対にこき使おうと思っていたな…)


シロは心の中でそう思ったものの、これ以上桃太郎に無駄な刺激を与えぬよう、黙っていることに決めた。


「ま、まぁ…

とにかく、きび団子の味はクリアしていると思うのよね…

あとは、それをどう売るかなのよ

シロちゃんにはたくさん協力してもらう予定だから、よろしくね!」


桃太郎はこれまで見せたことのない、とびきりの笑顔を浮かべた。


「えー、嫌な予感しかしないなぁ…」


桃太郎とは対照的に、シロは不安げな顔を浮かべ、ただ空を見上げるばかりだった。




*****




松平元信まつだいらもとのぶは座卓に向かい、和紙を広げて筆を走らせながら、満足げに呟いた。


「くくく、我ながら完璧な計画だな」


微笑みを浮かべた松平元信は、部下を呼び寄せた。


「計画はこの通りだ

あとは人員と物資の調達を急ぎ進めよ」


「はっ! し、しかし、この計画は、さすがに…」


部下は不安げな表情を浮かべたが、松平元信はその顔を一瞥することもなく、変わらぬ決然とした表情で言葉を発した。


「構わぬ、幕府の安泰のため、準備を進めよ!」


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