女桃太郎は鬼退治そっちのけで儲け話にニヤリと微笑む

桃鬼之人

【1話】桃太郎はBカップ!? 想像とかけ離れた桃太郎現る!!

「桃太郎さん! 鬼退治に向かいましょう!」


 白い犬が、美しい少女の前に立ち、まるで当たり前のように言葉を交わしていた。


 犬は白く美しい毛並みを持ち、どこか狼を思わせる気品をただよわせつつも、ほんのりと柔らかく愛らしい表情を浮かべていた。普通なら犬が喋るなどありえないはずだが、桃太郎と呼ばれた少女は驚く気配すら見せず、むしろ、げんなりとした表情を浮かべ、大きくため息を吐く。


「はぁぁぁ……… ホント、マジ面倒だわ……… オニだるね……」


「え? あれ? だ、ダジャレかな? ははは……」


 初夏の空は雲ひとつなく澄み渡り、どこまでも続く青空が清々すがすがしい。昼時が近づく頃合いだが、暑さも寒さも感じさせない心地よい気温が、季節の穏やかさを肌に伝えてくれる。


 周囲を広々とした畑が囲み、人影まばらな田舎道。白い犬の乾いたような笑い声が一瞬だけ風に乗り、やがて景色に溶け込むように消えていった。


「それにしても、まさか、喋るワンちゃんが仲間になるとは、驚きね」


 桃太郎と呼ばれた少女は、りんとした佇まいに少し鋭さを宿しながらも、全体的に整った顔立ちで、一目見た者を魅了せずにはおかない美しさを持っていた。赤と黒が鮮やかに交差する着物に身を包み、脇には一本の日本刀を携えている。

 その赤く聡明な瞳は、心の奥底を見透かされてしまうような鋭い輝きを放ち、気を抜けば吸い込まれそうな深い魅力を秘めていた。艷やかな長い黒髪には桃花の髪飾りが飾られ、それはまるで彼女の名を象徴するかのように揺れている。


「まったく驚いている感じが無いですけど…」


 白い犬は、桃太郎の言葉とその表情があまりにも食い違っていることに納得がいかない様子を見せながらも、恐縮した面持ちで言葉を続けた。


「しかし、桃太郎さんが、まさか女の子だったとは…!」


 桃太郎は、その言葉にピクリとほんの少し反応した。


「あなた、ジェンダーレスって言葉を知らないの? 桃太郎が男だと決めつけるような発言をしたら、社会的に抹殺されかねないわよ、気をつけることね」


「え? じぇ、じぇんだーれす? 抹殺って… 怖いんですけど…」


「そうよ、コンプライアンス委員会に突然呼び出されて、根掘り葉掘り状況を確認された挙句、二度と社会復帰なんてできなくなるんだから」


「よ、よく分かりませんが、鬼よりも怖そうです…汗」


 白い犬は、桃太郎が発するよく分からない言葉に戸惑いながら、助けを求めるように左右を見渡した。しかし、その視線の先には誰の姿もない。


「あ! そうだ、桃太郎といえば、ちょっと聞いてよ」


 桃太郎は突然、何かを話さずにはいられない衝動に駆られたのか、唐突に話題を変えた。


「え? あ、はい…」


「私は女なのにさ、おじいちゃんがどうしても『太郎』って名前がいいって言い張るのよ」


「そ、そうなんですね…」


 白い犬は、先ほどの「じぇんだーれす」という言葉を思い出し、(女の子でも太郎という名前は問題ないのでは…)と心の中で考えたものの、その思いを口にするのは控えることにした。


「もちろん、私はイヤだイヤだと反対したの! そしたら、まぁ確かに、女だから仕方がないかなって、おじいちゃんも渋々と妥協したんだけど…」


「なるほど、おじいさん、妥協してくれたんですね! 良かったじゃないですか!」


「そしたら、どう妥協したと思う? じゃあ、女の子っぽく『桃』を付けようってことで、結果的に『桃太郎』よ! 『太郎』を残したままにするなんて、ありえなくない?」


「えーと… その… そうかもしれないですね…」


「まぁ、キラキラネームよりマシだけど…」


「きらきら?」


「『桃太郎』なんて、そんな名前を付けちゃうからさ、なんか、、みたいな噂が広まっちゃうのよね」


「え…!? 桃から生まれていないんですか…!?」


「そりゃそうよ、


「!!!!!」


 白い犬は思わず大きく息を飲み、目をまん丸に見開いた。これまでの話の中で、最も衝撃的な内容だったようで、しばらく呆然とその場に立ち尽くし、思考停止となってしまう。


「あれ? ワンちゃん、どうしたの?」


「えええーーーーー!」


「なによ! いきなり驚かないで、びっくりするじゃない!」


 白い犬が突如として驚きの声を上げたが、桃太郎は動じずに言葉を続けた。


「いや、まぁ、桃から人が生まれないっていうのは、それは、そうなんですが、なんか…、ちょっと、がっかりというか…、夢がないっていうか…、やっぱり、桃から生まれるから桃太郎、っていう憧れがあるじゃないですか!」


「人は信じたいものを信じるのよ」


 桃太郎はズバリと言い放ち、ニヤリと微笑む。白い犬はまだ衝撃から立ち直れていない様子であったが、必死に力を振り絞り、言葉を続けた。


「なんか、良いこと言った、みたいなドヤ顔は止めてください…」


「後世に残る名言よ、よく覚えておきなさい。それよりもさ、ワンちゃんの名前はなんて言うの?」


「名前ですか? はい、犬です!」


「え?」


「え?」


 互いにキョトンとした表情で困惑しつつも、桃太郎は間髪入れずに言葉を続けた。


「いや、犬なんだろうけどさ、名前は無いの?」


「名前… そうですね… そう言われると無いのかもしれませんね」


「そうなんだ…」


 桃太郎は少し考えを巡らせる。


「じゃあ、あなたの名前は、シロちゃんね」


「え… もしかして、名前を頂けるんですか?」


「そりゃ名前があったほうが呼びやすいじゃない、いつまでもワンちゃんとか、犬ちゃんとか言うのも変だし」


「えーと… なんか… ものすごく嬉しいです…」


「ふーん、そうなの? 名前を付けるなんて普通じゃない、変わった子ねぇ」


「シロ、シロかぁ、えへへ」


 桃太郎は不思議そうな表情を浮かべたが、シロは嬉しげに自分の名前を何度も繰り返し呟いている。


「それにしてもさ、シロちゃん、きび団子ひとつで、よくお供するよね。危険な旅になるかもしれないのに」


 シロは先ほど食べたきび団子の味を思い出したのか、うっとりした表情を浮かべる。


「それはもう、絶品のきび団子ですから。命をかける価値があります」


「ふーん、そんなに美味しいの?


 そうなんだ…


 へぇ…」



 桃太郎は少し上を見上げつつ、何かを思案している。



 ポクポクポクポク

 ポクポクポクポク

 チーン



「この効果音は何ですか?」


 シロは不思議な表情を浮かべ、桃太郎は怪訝な表情を浮かべ言葉を返す。


「効果音? 何を言っているの?」


「あれ? なにかの音が聞こえたような気がしたけど、気のせいかな?」


「それよりもさ、いいこと思いついちゃった!」


 桃太郎は、ドヤァ、とでも声が聞こえてきそうな、まさに悪巧みを思いついたような表情を浮かべた。


「あれ? 桃太郎さん… なんか… 悪い顔になっていませんか?」


「なによ、何も悪くないわよ、失礼ね!」




 *****




 ここ、日ノ本ひのもとくにを治めるのは幕府である。

 その中枢たる城内。将軍家の威厳をこれでもかと誇示する大広間には、将軍とその側近たちが数名集まっていた。威風堂々とした将軍の前で、側近たちはこれでもかというほどに畏れ多そうにひれ伏している。


松平元信まつだいら もとのぶ、その方の働き、誠に見事であった。ゆえにこれより、将軍直属である鬼ヶ島所司代おにがしましょしだいに任ずる」


 松平元信と呼ばれた眼光鋭い初老の男は、将軍に「ははぁ!」とうやうやしく頭を下げた。床に顔を向けながら、ニヤリと怪しい笑みを浮かべたが、その微笑みに気づく者は誰一人としていなかった。

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