p2
「たく、いつになったら起きてくるのよ」
イライラと声を荒げて机をコツコツと叩きながらミカコは言った。
冬にも関わらず短いタイトスカートを履き、スラリとした長い足が伸びている。服はオフショルダーのセーター。室内は暖房がきいているのをいいことに露出が多いラフな格好をしている。
プライベートな時間なので化粧は薄くしかしていないが肌艶もよく、年齢にしては若々しい。
ちなみに年齢を尋ねることは御法度である。
「全くだぜ、こっちは腹減ってんのによ」
若い男が毒づく。
下げたズボンにはジャラジャラとチェーンの類の飾りがつき、革のジャケットを着ている。いかにもチンピラ然とした容姿だ。
「み、皆さん落ち着いてくださいよ。きっと仕事が立てこんでいるんですよ」
ねえ、と言う声は緊張で震えている。
安物だがきっちりスーツを着て眼鏡をかけている様子は生真面目な印象を受ける。
様子がおどおどしているのは生来の気質によるものだ。
「それにしてもいつまでも待たせるというのは我が息子ながら失礼です。まあいつもどうしようもないですけれどね」
女性にしては低い声で威厳たっぷりに言ったのはこの中で一番年かさの老女である。着物を隙なく着こなした姿はしゃんとしていてこの中で一番しっかりして見える。
「おい母さんどうすんだよ。昼飯の時間はとっくに過ぎているぜ」
男が時計を指差すと老女はじっと睨むように男を見る。
「へえへえ、俺が呼びに行けばいいんだろ。いつも貧乏くじだぜ」
そうぶつぶつ言いながら男は書斎の兄を呼ぶべく階段を上っていった。
「私も行く。厳しく言ってやらないときかないんだから」
女もそれに続いた。
二階にたどり着いてしばらくしてから、男の叫ぶ声と女の悲鳴が聞こえる。
「ど、どうしたんでしょう」
眼鏡のつるをおさえながら男は言った。
「貴方も見ていらっしゃい」
老女はそう言った。いくらしっかりしているとはいえ、歳には勝てない。膝が悪いのですぐには立ち上がれないのだ。
「し、失礼します」
男が上って行くと女よりも高い悲鳴が聞こえた。
「し、死んでる!」
続いて絶叫する。
「トウジさんが死んでいます!」
慌てて眼鏡の男の介助を受けながら老女も階段を上った。
そこには頭から血を流して倒れている男の姿がーー、この山荘の主人である霧谷トウジの姿があった。
「なによこれどうなっているの……」
女の派手な赤いマニキュアを塗った手がわなわなと震えている。
「俺じゃねえぞ。開けたらもうこうなってたんだ」
どうやら扉を一番先に開けたのは男のようだ。
「落ち着きなさい」
「……本当に死んでいるの?」
トウジはピクリとも動かない。
仰向けに寝たまま、腕が何かを求めるように投げ出されていた。
「触らないようにしましょう。とりあえず警察を……」
そう言って携帯電話を取り出して眼鏡の男はハッとした。ここは山でも特に奥まった所のため圏外であることを思い出したのだ。
「失礼します」
そう言って男は下に行く。
すぐに戻ってきた。
その顔は青ざめている。
「駄目です。固定電話も繋がりません」
「どういうことなの」
外は猛吹雪だ。視界が完全に白で染まっている。
「大雪の影響で断線したのかもしれません。この吹雪の中外に出るのは危険ですから朝まで待つしかないかと……」
「冗談じゃない。この中に殺人犯がいるかもしれないのに」
女はそう言った。
「おいおいそうとは限らないだろう。兄貴はただ転んで頭を打って死んだのかもしれない」
「あの状況で?だとしたら後頭部を打って仰向けになっているなんておかしいでしょう。誰かに殴られたとしか思えない」
「ちょ、ちょっと落ち着いてくださいよ」
眼鏡の男はヒートアップする女と男の言い合いを手を広げることで抑えた。
「ここまでのことを整理しましょう」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます