第2話 魔法少女の迷走7


 星一つない漆黒の空の下、地面に敷き詰められた黒晶石の花が灯篭のように妖しく輝いて世界を照らす。

 黒晶花が風に揺れるように揺らめき、次の瞬間にはモンスターとなって襲い来る。人を寄せ付けぬ幻想的な暴力ひしめくそこは、幽世の如き深層への入り口そのもの。

 本来四層でしかないはずの"黒晶石の花畑入り口"は、今現在深層と見紛う脅威となってリオへと牙を剥いていた。


「なんだこれ、マジでヤバいんだけど。乳頭巾ちゃんに安請け合いしちゃったかな、こりゃ」


 既に変身済みのリオは、鬼型モンスターの核を槍で突き砕くと、乱れた呼吸を整えながら脇に浮かんだスマホのディスプレイを眺める。


 "リオちゃん、無理しないで。もう軽く三十は倒してるよ"

 "これもう奥にある深層の方に来ちゃってない? 黒晶石の花畑入口ってこんなんだっけ?"

 "昼に潜ってた冒険者パーティの配信だとこんなに花咲いてなくて、もっと普通に四層っぽい感じだったはず"

 "噂に聞く昼夜で危険度激変するタイプの階層だったのか"

 "前に夜配信してたパーティも居たから、そんなことはない……と思う"


 四層とは到底思えぬ緊迫した状況に、配信を見に来た視聴者達も動揺を隠せず、コメント欄でガヤガヤと議論をし始めていた。


「街近くの階層だけど、視聴者の諸君は決して興味本位で近づかないように。見た目通りガチでヤバいから、ここ」


 リオは画面に向かってそう語りかけると、再び三方向から押し寄せる鬼のようなモンスターを迎え撃つ。

 危険域に進んで斬り込み、未知の部分が多いダンジョン情報を広め、必要とあらばモンスターを間引き、注意喚起する。

 事情を知らぬ者は配信の亡者だの、特別待遇だのと文句を言うが、政府公認魔法少女であるリオが常にダンジョン配信しているのには相応の理由があるのだ。実際、この配信後にここで無謀な配信を目論む輩は激減するだろう。


 無論、配信以外にもダンジョン外に出てきそうな大型モンスターの排除など、国家公認魔法少女は特別待遇をされるに相応しい責任を負っている。

 いくら規格外の戦闘力を持つクラスである魔法少女とは言え、単なるアイドル扱いのお飾りではレベル30など超えられるはずもないのだ。


「ま、こんな状況を見て飛び込んでくるのは、余程の大馬鹿者か正義の味方ぐらいなもんだと思うけど、さっ!」


 赤鬼が振り下ろす棍棒を槍で受け止め、そのまま弾き飛ばすと同時に脇から迫る青鬼を刺し貫く。

 更に素早く引き抜いて、黒鬼を薙ぎ払うと、赤鬼をかかと落としで蹴り潰す。

 リオは手際よくモンスターを撃退するが、乱れた呼吸を整える暇もなく、その量を倍に増やして再びモンスター達が迫り来る。


「……くそっ、際限ないじゃん。いい加減、引き際かな」


 見ればコメント欄にも撤退を促す書き込みが増えてきている。公認魔法少女として全国各地、更には各国合同作戦にまで招聘され、ある程度修羅場を潜り抜けているリオの判断も同じだ。恐らく、今このエリアは準深層ラインである三十層を超えている。撤退が妥当だろう。


 だが、黒装束達が逃げ込もうとしている先の目星は付いている。昨日失敗したばかりな上、誘拐された知人の救出まで引き受けているリオとしては、すっぱりと諦めきれないのもまた事実だった。


 "リオちゃん、遠くからも狙ってきてる!"

 "逃げてーっ!"


 されど、ダンジョンとはその僅かな未練が重大な危機を招くもの。

 初心者がきつく叩きこまれるその鉄則を思い出すのに、そう時間は要らなかった。


「あぐっ!?」


 死角から打ち込まれた矢が左足に刺さり、リオがよろめく。

 リオは炎の魔法を使って矢を放った赤鬼を撃退するが、その隙を衝いて黒鬼が金棒を勢いよくスイングしてくる。


「っ!」


 リオは咄嗟に腕を交差させて身を守るが、ベキベキと凄惨な音と共に両腕が折れ曲がる。

 瞬く間に風前の灯火となった命運。死を覚悟するリオが、恐怖で震える体を抑え込み、まだ戦意を見せるのは、画面の向こうに視聴者が居る故のやせ我慢に過ぎない。

 そして、その最後の矜持すら奪い取り、一面の恐怖で塗りつぶそうと、青鬼が丸太のような巨腕をリオへと伸ばす。


 "ああ、これ詰んだわ……"

 "救援要請の緊急アラート出てるんでしょ。誰か来てくれないの……?"


「人の助けを呼ぶ声あらば、燐光纏いて私は来よう」


 誰もが諦めかけたその時、絶望の大地に銀の閃光が走り、燐光の吹雪が吹き荒れる。

 白く塗りつぶされた配信画面が再び花畑入り口を映し出した時、大量に居たモンスター達は全て跡形もなく霧散していた。


 "スゲェ、一発で全部消し飛んだ"

 "え、え、ご登場? ここでエリュシオンちゃんのご登場なの?"

 "いつも通り、狙いすましたナイスタイミング"

 "流石は元祖鬱クラッシャー。顔良くて本当頼れる、しゅき"


 驚きのコメントが滝のように流れる中、白いレオタードのような戦闘服ドレスに燐光纏い、銀のツインテールなびかせて、その少女はリオの前で悠然と腕を組む。


「エリュシオン、本物かよ……」

「君、大丈夫?」


 呆気に取られていたリオだったが、エリュシオンに声を掛けられたことで正気に返る。


「はっ、見ての通り大丈夫じゃないし。でも、文句言いたかったから丁度よかった。最強魔法少女様が大暴れしてくれたおかげで、こっちもプレッシャーかけられて散々だっての」


 そして、いつも通りの調子を取り戻し、気怠そうな態度でそう言った。


「その余裕があるなら大丈夫そうだね」

「はぁ情けな、我ながらダサ過ぎるでしょ。強がってみても、最初からクソガキあやす大人の対応されてんじゃん」


 エリュシオンの対応に毒気を抜かれたリオは、拗ねた顔で折れた腕をぷらぷらと揺する。


「……あのさ、情けないついでにもう一つ手を借りたいんだけど、ウチの代わりに怪しい連中から女の子助けてくんない? 助ける約束してたんだけど、今のウチは見ての通りだからさ」


 言いながら、リオはくいと顎を動かす。視界の先には建設中の拠点が小さく見えていた。


「わかった。君一人で拠点まで戻れる?」

「そこまで心配してくれなくても大丈夫。足の方はまだマシだし、二層ならこんな状態でも余裕だから。……悪いね」


 リオは悔しそうにそう呟くと、エリュシオンに背を向けて二層との境界へよろよろと走っていく。

 エリュシオンはその行く手にモンスターが居ないことを確認すると、前方にひしめくモンスターを瞬く間に蹴散らし、この騒ぎの元凶達が待ち構えているであろう建物へと駆けるのだった。

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