第2話 魔法少女の迷走6
境界前に立ち塞がる狐怪人に襲ってくる様子はない、値踏みするようにじっとこちらを向いたままだ。
見た目からして妖怪系の怪人? 前にそれ系の組織を壊滅させたことがあるから多分そう。
ただ、前回のジャッカーみたいにオーラは出ていないから、まだ人間を辞めてはいない。なんとか会話が通じると良いんだけれど。
「あ、あの、そこを通してくれませんか。お友達が攫われたみたいなんです」
「くふふ、これは愉快なことをのたまう小娘じゃ。この妾がその一味であると思い至らぬ訳でもあるまいて」
ふさふさな尻尾をばっさばっさと振って愉快そうに笑う狐怪人。
まあ通してくれるわけないよねと諦めつつ、私はじりじりと間合いを取る。
「おお。押し通るつもりか、なんと豪儀な。げに友人想いな若人じゃ……その友情が身を滅ぼすとは悲劇的で涙が止まらぬわ」
狐怪人はわざとらしく泣き真似をすると、懐から取り出した何かを地面に投げつける。それは黒晶石の核を持つ彼岸花のような花、黒晶花だった。
黒晶花は地面に落ちるなり黒く根を張り、黒いオーラを纏って変形していく。そして、私がさっき倒したのと同じ、イノシシモンスターへと変化した。
「……モンスター!?」
私は驚きに目を丸くしながらイノシシの首を撥ね飛ばす。召喚じゃない、変化した!
ダンジョン内のモンスター出現プロセスは未だ解明されていない。まさかお花から生えてくるなんて、妖精さんみたいな生態をしてるのは意外過ぎる。
「なんと、あれを瞬殺するか! 人と言う生き物は稀に種の枠からはみ出た異能者が出てくるが、お主の恐れ知らずも枠からはみ出た異常者の類じゃの。ダンジョンに潜り始めてすぐにその立ち回り、いやはや見事なものよ」
それを見た狐怪人は私の戦闘に舌を巻いた様子で、愉快そうに笑って拍手を送る。
あの狐怪人、私がダンジョン初心者だって知っている? ううん、真新しい制服を着てダンジョンの浅層を潜ってるんだからわかる、よね?
「こんここんこ、実に見事。その蛮勇には相応の褒美が必要じゃの。妾は大怪獣連合に属する妖狐華恋。この名、三途の渡し賃として持って逝くがよい」
それを口火として、カレンが次々黒晶花を投げてくる。植物モンスター、イノシシモンスター、ゴブリン、黒晶花が次々とモンスターに変化する。
私はそれを順々に倒し、倒し終えた頃を見計らってカレンが次の黒晶花を投げて増援を出す。カレンは私とモンスターの戦いを、まるで愉快なショーを見るかのように眺めていた。
随分と余裕があるね、完全に遊んでる。いや、こっちが変身していない以上、圧倒的に格上なのは間違いないけれど。
現状、私の勝ち筋は変身するか、相手が相手が遊んでいるうちにすり抜けるかの二択。この後起こる展開が読めない以上、前者は選びにくい。だから油断してくれるのなら、遠慮なくそこにつけ込ませてもらう。
「これで……全部っ!」
私がモンスターのお代わりを倒し終え、すり抜ける隙を窺おうとしたその時、体全体にざわざわとした感覚が走り、肌が粟立つ。
それが害意を察知した本能であると熟知している私は、危機感の命ずるがまま、転がるように全力でその場を離れる。直後、私の真後ろが真っ青に燃えた。
「よもやよもや、どうしてこれが躱せる? ……お主、捨て置くには少々怖いの」
少し肌寒い森エリアが凍てつくようなカレンの声音。私の頬に冷や汗が流れる。
失敗した、少し派手にやり過ぎた。愉快な観察対象だった私の評価が、放置できない厄介な相手へと引き上げられてしまった。
敵意を露わにしたカレンが両手を影絵の狐に構えると、その周囲に無数の青い火の玉が浮かび上がる。
「流石に全部は避けられない、かな……」
私は身構えてカレンの一挙手一投足を注視する。その間にも青い火の玉の数はどんどん増え、私を確実に圧殺しようと揺らめいている。
こうなった以上、出し惜しみはできない。私がエリュシオンへの変身を覚悟したその時だった。
「そこまでです。その戦い、私が代わりに引き継ぎましょう」
私にとって聞き慣れた声が聞こえ、黒晶石の仮面に杖剣を手にしたピンク髪の女の子が姿を現した。
「お主……テラーニア殿の同格、ラブリナ殿じゃったかな?」
「はい。大怪獣連合とやらに与しているのなら、戦うのは得策ではないとご理解頂けるかと思います」
ラブリナさんは凛とした佇まいで私の前に立つと、カレンを真似て自らの周りに無数の火球を浮かべてみせる。
カレンは暫し動きを止めて、どうするか迷っていたようだったけれど、
「こんこ、是非もなし。かような戦で果てるは本位にあらず、この場は退くしかなかろうよ」
影絵の狐の形をしていた両手をパーにして、ひらひらと手を振りながら森エリアの何処かへと姿を消した。
少しの間、こちらを覗き込む気配があったけれど、ラブリナさんと私が警戒を解かないのを理解したのか、その気配も程なくして消え去った。
「ふぅ、どうやら戦わずに済んだようですね。貴方の無事を安堵するのは、少々高慢でしょうか」
私の方へと向き直り、ラブリナさんが穏やかな声音で言う。
でも、その正体を知る私は少し怒っていた。
「ラブリナさん、私を庇って立つのは止めて。セレナちゃんの体になにかあったら困るから」
「こりすはセレナのことを大切にしていますね。ですがどんな宝物も、大事に箱の中にしまったままでは触れることはできませんよ」
言いながら、ラブリナさんが黒晶石の仮面を外す。
仮面の下の素顔は当然セレナちゃん。ただし、黄金色のその目だけが今は妖しく紫に輝いている。
「でも、しまっておけば壊れないから。わざわざ危ない所に持って行かなくても、家に帰った後に開ければいいだけの話だよ」
「そうですね。セレナの心情を伝えるには例えが不適切でした」
言って、ラブリナさんが苦笑いする。その顔と体は間違いなくセレナちゃんなのに、持っている雰囲気も、表情も明確に違う。なんとも不思議な感じだ。
ラブリナさんの正体はセレナちゃんの体内に入った黒晶石の欠片、その意志がセレナちゃんの体を借りて出てきたもの。
七割方浄化されて侵食が弱まったためなのか、足りない部分をセレナちゃんの意志や記憶で補っているからなのか、黒晶石なのにモンスター達とは違って友好的だ。黒いオーラもない。
曰く、セレナちゃんを宿主として共生関係を築いている、らしい。
……ただ、たとえ本人が望んでいなくとも、ラブリナさんがセレナちゃんの体調不良の原因なのは間違いない。
私にとっては親友を傷つけた罪と失敗の象徴でもあり、正直言って複雑な感情を抱く相手だ。
「でも、ありがとう。おかげで変身せずにすんだよ」
それでも、この場を助けてもらったのは事実だから、私はちゃんとお礼を言う。
ただ、少し感情的な口調になってしまった気がする。
「はい。セレナも貴方の助けになれたことを喜んでいます。ただ、変身しないで事態を収拾するのは困難ではないかと思います。黒晶石の花畑の主はテラーニアと呼ばれる者、私と同種の存在です。エリュシオン以外の人間では止められないでしょう」
そんな子供っぽい私の態度を、大人なラブリナさんは笑って流してくれる。
その代わり、ラブリナさんはどう考えても一択しかない選択を平気で突き付けてくる。ここはセレナちゃんと同じやり口だから、もしかしたらセレナちゃん成分なのかもしれないけれど。
「私に資料を送り付けたのもそのため?」
「はい。貴方の行動を促すため、セレナと結託させてもらいました。あの黒晶石こそがテラーニアです」
そう、私が入学を決意した黒晶石が写っている資料、それを送って来たのはラブリナさんなのだ。
「ズルいやり方」
「同感です。セレナ共々、申し訳なく思っています」
言いながら微笑んで、ラブリナさんはセレナちゃんのスマホを見せてくる。
画面ではリオちゃんが四層の様子を配信していて、四層だとは思えない凶悪そうなモンスター達に苦戦していた。私の見立てでは、このままだとリオちゃんはモンスターに圧殺される。つまり死ぬ。
本当にズルいやり方。選択肢なんてないのに、わざと私に選ばせる。
「シリウスチェンバー、イグニッション」
リオちゃんの危機だと判断した私は、反射的にエリュシオンへと変身する。
「こりす、私もお手伝いしましょうか? 今の私でも、あのモンスター程度ならば戦力になれるかと思います」
「その必要はないよ。これ以上、セレナちゃんを危険に晒したくないから!」
ラブリナさんの提案を断り、私はリオちゃんを助けるべく、猛スピードで四層へと続く境界を越えていく。
「あれだけ嫌だって言っていた癖に、誰かが窮地に陥れば迷いなく変身して助けにいくんですね、こりすちゃん。やっぱり貴方は骨の髄まで魔法少女なんですよ……それを確信してしまった以上、私は貴方を魔法少女に戻さないといけません。胸を張って貴方の親友だと言えるために」
その後ろ姿を、ラブリナさんではなく、セレナちゃんがそう呟きながら見送った。
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