第2話 魔法少女の迷走8
黒装束の一団を追いかける私が辿り着いたのは建設途中で放置されている拠点だった。
ダンジョンでの拠点立ち上げは当然簡単じゃない。転移装置が置ける魔力集結点を発見し、そこにモンスターの攻撃に耐えられる防壁を築き上げ、その中に転移装置を設置する。あるいは転移装置を防衛しつつ、防壁の素材を転移で運んでその場で組み立てる。そんなプロセスを経て初めて拠点として稼働する。
防壁は階層が深いほど強度と量が必要となり、転移装置を扱える技術者や転移系のスキルを持つ能力者は直接戦闘が苦手な場合が多い。必然、護衛の冒険者の質も数も高水準で要求される。
故に、深層に近く目新しい資源がないここみたいなエリアは、取捨選択で後回しにされやすい。多分、黒装束の一団はその隙を衝いて勝手に居座っているのだ。
「中、明るい」
私は作りかけのホールから明かりが漏れるのを確認し、動きを止めて様子を窺う。
「我らが怪獣王テラーニア様。貴方様が命じた通り、地上侵食の準備は着々と進んでおりますぞ」
本来転移装置が置かれるだろうホールの中心、黒装束達が黒い祭壇に向けて恭しく首を垂れていた。
その祈りに応じたのか、僅かな灯りしかない薄暗いホールの闇が蠢き、黒い祭壇へと集い、ダークブロンドの髪をした少女の姿を形作った。多分、あの子がテラーニアだ。
「おお……」
テラーニアの姿を見た黒装束達が歓喜し、祈りを捧げると、祭壇の上に様々な供物を並べていく。
その中にはミコトちゃんも含まれていた。どうやら、ミコトちゃんは捧げもの扱いらしい。危なくなったら即座に動けるよう準備を整え、情報が欲しい私はそのまま様子を窺う。
「ん、珍しい供物があるじゃねぇか」
「この女。古き神が敗れた隙に鳥籠から逃げ、こともあろうに大敵エリュシオンを選んだ愚かしき背教者にございます」
「されど、異能の姫巫女として力は確か。清らかな体のまま黒晶石と薬香にて意思を沈めてあります故、テラーニア様が思うがままに汚し、蹂躙し、取り込み、その力を地上侵食の助けにしていただければと」
黒装束の言葉を聞いて、テラーニアがミコトちゃんを値踏みする。
祭壇の上で正座しているミコトちゃんは、意思のない人形のように儚げな姿で俯いているだけだった。意志を沈めてあるってことは意識がないのかもしれない。
「好きにか……恐怖のない顔なんて、なんの腹の足しにもなりゃしねぇよな。まずはぶっ壊して恐怖を絞れるだけ絞り取るか」
テラーニアの周囲からピシピシと氷の割れるような音が聞こえ、周囲に尖った黒晶石の塊が幾つも生成されていく。
流石に限界だ。そう判断した私は、ミコトちゃんに向けて黒晶石を放とうとしたテラーニアに割って入り、黒晶石全てを纏った燐光で消し飛ばす。
「この子は返してもらうよ」
その隙にミコトちゃんを抱き上げ、ついでに祭壇を蹴り潰しておく。経験上、祭壇を放置しておくと変なものを召喚される恐れがあるからだ。
「バカな!? エリュシオンだと!?」
「くそっ! 外のモンスター共も役に立たんな! かくなる上は……!」
私の姿を見た二人の黒装束が衣装を脱ぎ捨て、その姿を露わにする。
その姿はリザードマンのような緑色のトカゲ人間と、赤いイエティみたいな毛むくじゃらの怪人。しかも、当然のようにモンスターと同じ黒いオーラを纏っていた。
「ククク、我等はネオジャッカーのようにはいかんぞ!」
「貴様に恐怖を植え付けてくれるわ!」
そう叫んで襲い掛かろうとする怪人二人。
でも、今の私はミコトちゃんを抱えている、相手をしている暇なんてない。
「両断する銀の腕」
だから、容赦なく二人まとめて瞬殺した。
「キシシシッ! 相変わらずだなぁ、エリュシオンッ!」
私の両脇で怪人達が灰色の砂となって消えていく中、壊れた祭壇の上に立ったテラーニアが愉快そうに笑う。
「君がテラーニア?」
どよめく黒装束達に睨みを利かせつつ、私はテラーニアと対峙する。
間違いなくこいつが親玉だ。でも、ミコトちゃんを抱えている今、できることなら戦いたくはない。
「あぁ? ん、ああ、思い出した。人間ってのは肉の形で個体を識別するんだったな、ラブリナの奴もそう言ってたはずだ」
私が歯牙にもかけていないと勘違いしたのか、テラーニアは不愉快そうに私を睨みつけていたが、やがて得心したようにそう言った。
反応から鑑みるに、どうやら私とテラーニアは一度別の形で会っているらしい。
「そうだな、ちょっと前にテメー等の領域まで出てきた白竜、覚えてるか?」
その言葉に自然と私の顔つきが厳めしくなり、それを見たテラーニアが楽しそうに頷く。
「そうだよ。アレの核だった黒晶石、あれがオレの一部だ」
「つまり、君もモンスター?」
「あー? テメー等の定義、わかんねぇんだよなァ。そうだな……その親玉とか、魔王とか、そんな感じじゃねぇのか」
テラーニアは困ったようにそう言うと、
「つまり言いてーのは、だ。テメーはオレの計画を台無しにして、恐怖を喰らう黒晶石であるオレを恐怖させた。ぜってー許さねぇ、心の底から恐怖させてブチ殺す」
私に向かってとびきりの殺気をぶつけてくる。
それと同時、テラーニアの体から黒い闇が吹き荒れ、黒装束達を闇に溶かして飲み込んでいく。
多分、あの体はテラーニアの本体じゃない。闇か黒晶花辺りで作られた紛い物だ。
「その偽物の体でできるの?」
だから、私はカマをかけてみる。
「キシシ。なんだ、その程度はわかるんだな」
テラーニアは特に隠すことなく愉快そうに笑って言う。
思った以上にあっさりと肯定した。どうやら、これが本体じゃないことは、彼女にとって隠すようなことじゃないらしい。
「オレは近いうちに再び地上を侵食する、だが前回のようにテメーに不覚は取らねぇ。これは宣戦布告って奴だ。覚えておけ、オレが恐怖で、恐怖がオレだ! 恐怖は断じてテメーじゃねえ!」
テラーニアはもう一度とびきりの殺気を私に向けると、その体を再び闇に溶かしていく。
そして、闇を波打たせて拠点の壁を破壊。空いた穴から闇が漏れ出し、外で咲く黒晶花を巻き上げ吸い上げながら巨大化していく。
宙を舞う無数の黒晶花、そして黒いオーラを纏った黒装束達が黒い闇によって繋ぎ合わされ、拠点の外で巨大な黒竜を形作った。
「じゃあな。テメーの恐怖の味、楽しみにしてるぜ」
テラーニアの声だけが聞こえ、黒竜が耳をつんざく咆哮をあげる。
「くる……!」
穴から見える黒竜は建設中の拠点を踏み潰せそうなほどに巨大。流石にこのままミコトちゃんを守り切るのは難しい。
私はテラーニアが空けた穴から急いで外に脱出する。直後、暴れる黒竜の尻尾によって拠点の一角が粉々に砕け散った。
危なかったと安堵する暇もなく、私は周囲から押し寄せる殺気に気付く。見れば、四層のありとあらゆる場所から、私目指してモンスター達が押し寄せていた。
全部のモンスターがそうかはわからないけれど、これでテラーニアがモンスターを使役できるのはほぼ確定。あのモンスター達は統率された魔王の軍勢みたいなものなんだろう。
「……奥の手、切るしかないよね」
この状況でミコトちゃんを守るなら、受けに回るのは不利だ。こちらから攻めに転じて数を減らすしかない。
咆哮する黒竜が私を狙い定め襲い掛かる中、私は抱き上げていたミコトちゃんを小さく放り投げる。
「認識時間制御<アクセラレーション>」
呟くと同時、私の魔力が世界を満たす。
ぐにゃりとした感覚と共に周囲の全てが超スローモーションになり、そのまま停止する。
全てが停止した世界の中、私だけがいつも通りの速度で駆け、竜の首を蹴り落とし、階層を埋め尽くすモンスターの大群を銀の腕で斬り裂いていく。
モンスターを全滅させた私は認識時間制御を解除し、元の場所に戻ってすかさずミコトちゃんをキャッチ。
同時、黒竜を含めたモンスター全てが灰色の砂となって溶け消えた。
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